レオとつばさの出番が終わり、メロウの出番がやってきた。
「変わらないもの~♪ 探していた~♪」
メロウの歌唱力は圧倒的だった。
企画の参加者達も全員が言葉を失い、メロウの歌声に酔いしれている。
透き通るようなメロウの歌声とバラード曲の相性は抜群だったのだ。
レオとつばさの熱く盛り上がる歌の後にこれである。
誰もが思った。
これもう紅組の勝ちだろ、と。
この後に歌うのはVacter所属である清澄奏だ。
レオは少しばかり気の毒そうに奏を眺める。
奏には悪いがこれも勝負である。
そう思っていたのだが、当の奏は挨拶の後に飄々とした態度でステージに立った。
「にひっ」
レオは奏の不敵な笑みを浮かべていることに気が付いた。
そして、次の瞬間、
「カナカナカナァ!」
曲のイントロに含まれるひぐらしの鳴き声に合わせて、素っ頓狂な声を上げたのだった。
「「は?」」
「……あの子、肝据わりすぎだろ」
メロウによって作られた感動の波を奏は一撃で壊してみせた。
しかし、衝撃はそこで留まらなかった。
「~~~、~~~~♪ ~~~~~~~♪」
奏が歌い出した途端、いつもとは違う澄み切った声で紡がれる歌はあっという間に、困惑している参加者、視聴者の心を掴んだ。
「うまっ!?」
「すごい……」
それはつばさもメロウも例外ではなかった。
一度作った感動の空気を素っ頓狂な行動でブチ壊し、曲調にあった歌声で魅了する。
こんなこと、ただ歌唱力に定評のある新人Vtuberにできる芸当ではない。
夢美とコラボしていたこともあって、レオも彼女の存在は知っていたが、ここまでタガが外れた存在ではなかったはずだった。
そこである可能性に気がついてアダルティーナの方に目を向けると、アダルティーナは一瞬だけレオの方を向いてニヤリと笑った。
「……やられた」
バーチャル四天王と呼ばれるアダルティーナは、デビュー当時からVtuber業界を開拓してきた傑物だ。
まともな運営体制も整わない中、自分自身でもプロデュースを行い人気を博したVtuber。
そんな彼女がただ自分が大きなステージで歌うためだけにVacter所属になるわけがなかったのだ。
完全に食われた。
完全に流れを作られたとレオは悔しそうに歯噛みした。
ふと、メロウの方に視線を向けると、メロウは歌声に感動しつつも歯を食いしばっていた。
「メロウ……よく見ておいた方がいい」
「はい……!」
奏は最後まで完璧に歌い上げると、元気良く画面外にはけてアダルティーナとハイタッチをして、入れ替わるようにアダルティーナがステージに立った。
Vtuberが好きな層にはアニソンが刺さる。
投票が絡むこの場で歌うのならば、アニソンか流行りの曲を歌うのがセオリーである。
だが、そんな中でアダルティーナはより刺さるであろう曲を選択した。
「――――――――――――――――――――♪」
アダルティーナが選曲したのは、彼女も黎明期に活動の場としてニヤニヤ動画で流行った曲の一つ。
生身の人間が歌うには難易度が高すぎるほど、歌詞が早口である曲だった。
「嘘っ、消失を一切噛まずに歌ってる!?」
「か、活舌お化け……」
「バケモノかよ……」
高速で紡がれる曲をアダルティーナは一切の淀みなく歌っていく。
その姿はまるで、アダルティーナという存在がバーチャルな存在であることを強く感じさせるものだった。
「フルコンボだドン!」
高難易度の曲を完璧に歌い切ったアダルティーナは、最後に一ネタ入れると画面外へとはけていった。
和音と立ち位置を入れ替わる際、アダルティーナはしてやったりという表情で和音へと告げた。
「盛り上げすぎちゃったけど、大丈夫?」
大丈夫、と聞きながらもその表情には何の憂いも浮かんではいなかった。
「心配なんていりませんよ――だって恋する女の子は最強なんですから」
笑顔を浮かべてそう答えると、和音は堂々とした足取りでステージに立つ。
「和服衣装だと……!」
「「めっちゃ綺麗!」」
和音が画面に現れた瞬間、その姿を見た全員が度肝を抜かれた。
和音は3Dモデルの別衣装に切り替えて登場したのだ。
映し出されるモニターで和音の衣装を確認したレオは、瞬時に彼女が何をするのか理解した。
「千本ざく~ら、夜に~まぎれ♪」
和音が歌った曲は以前、林檎がピアノで倍速で引いた曲だ。
この曲もアダルティーナの歌った曲同様、ニヤニヤ動画を象徴する楽曲の一つだ。
それを和音は演歌アレンジで歌い出したのだ。
和楽器が鳴り響く中、さらに和音は華麗な動きで舞を始めた。
「そういえば、七色って日本舞踊もやってたな……まさか、またあいつの演歌を聴ける日が来るなんてな」
レオにとって、和音が演歌を持ち出してくるのは完全に予想外だった。
和音が演歌を歌う日など二度と来ないと思っていたからだ。
彼女にとって演歌は自分を縛る鎖のようなもので、それを断ち切った以上歌うことはないと思っていたのだ。
断ち切った鎖を、鎖鎌に改造して振り回してくるなど誰が予想できようか。
「さあ光線銃を~……撃ちまくれ~♪」
こぶしの利いた演歌独特の歌い方で紡がれる和音の歌声はもはや全てを塗り潰した。
歌い終わって優雅に一礼する和音を見て、レオは自分もうかうかしていられないと火が付いた。
Vtuber紅白歌合戦は白組の優勝に終わった。
これにより、アダルティーナの加入で注目されていたVacterの知名度は一気に上昇することになる。
収録も終わり、レオ、つばさ、メロウはスタジオの隅で打ちひしがれていた。
「負けちゃいましたね……」
「うん……」
チーム戦であるため、にじライブチームが負けたわけではない。
だが、三人の胸中は〝Vacterの三人にパフォーマンスで上をいかれた〟という思いが渦巻いていた。
「いやぁ、負けた負けた! 完敗だ!」
「お兄ぃ?」
「レオさん?」
ふう、と小さく息を吐くとレオは笑顔を浮かべて敗北宣言をした。
「ったく、まーた調子に乗って李徴るところだったよ! ここまで鼻っ柱折られたら、のんびりしてらんないよな?」
「「うんっ!」」
レオの言葉につばさとメロウは力強く頷いた。
「あー! いたいた!」
三人が新たな決意を胸に刻んでいるとき、Vacterの三人がレオ達の元へとやってきた。
「アダルティーナさん、七色、清澄さん、今日はありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
まるで新入社員のように勢いよく頭を下げる三人に苦笑しながら、和音は笑顔を浮かべて礼を述べた。
「こちらこそ、今日はありがとうございました」
「レオ君達も最高のステージだったよ!」
「メロウちゃんの歌、めっちゃ良かったです! 今度コラボしましょう!」
「あはは、気が早いなぁ」
目を輝かせてメロウに詰め寄る奏を見て、レオはこの二人がもしかしたらVacterで同期としてデビューしていたかもしれないという可能性がよぎった。
「にしても、驚いたよ。演歌、解禁したんだな」
「ちょっといろいろあって……」
言葉を濁しつつも、和音の表情はどこか憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。
「今まで歩んだ私の人生全てが七色和音を作っている。だから、演歌も母も受け入れることにしたんです。それが七色和音として上を目指す上で不可欠だと気づかせてくれる人がいたから……」
「まったく、俺達もよくバケモノって言われるけど、真のバケモノはあいつだよなぁ」
「ふふふっ、違いないです」
レオと和音は、止まっていた時間を動かしてくれた存在である園山の顔を思い浮かべて笑いあった。
「七色、お前の本気は見せてもらった。今度は絶対に負けない」
「ええ、望むところです……!」
レオと和音は獰猛な笑みを浮かべて視線を交錯させた。
「おー……ライオンと虎がバチってらっしゃる」
「和音先輩、かっこいい……!」
こうして大晦日の大一番は幕を閉じた。
この件がきっかけで、後にVacterはにじライブと並ぶVtuber企業へと成長していくのであった。