Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【お正月】バーチャル年またぎ

 

 大晦日、お正月。

 世間では、ゆったりと時間を過ごしたりする貴重な祝日であり、一年を締めくくり新たな年を迎えるめでたい日でもあった。

 そんな世間とは逆に普段よりも忙しくなる業界もある。

 特にテレビ業界はわかりやすいだろう。

 年末に必ずやる特番などを見ることで一年の締めとする人は多い。

 

 にじライブを含めたVtuber業界でも、年越し番組のために一部のスタッフとライバーは休日出勤していた。

 年末に行われる番組〝年越しにじライブ〟では、最近勢いのあるレインとリーフェが司会を務め、生放送を行いながらも事前に収録したハンプ亭道場を放送したりしていた。

 ハンプ亭道場のゲストは白夜とサーラ。

 サタン、サラ時代にもゲスト出演したことがある二人にとっては二度目の〝初出演〟となった。

 

「「というわけで、みなさん! 良いお年を!」」

 

[良いお年を!]

[良いお年を!]

[良いお年を!]

 

 日付を跨ぐ放送をスタジオで行ったレインとリーフェは配信を切ると、スタッフからも労いの言葉をかけられた。

 

「レインさん、リーフェさん、長時間の配信お疲れ様でした!」

「こちら年越しそばと、お寿司です!」

「お酒も用意しているので、良かったらどうぞ!」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 二人はテーブルに広がる豪華な食事に目を輝かせると、スタッフに酒を注いでもらい、好きなネタの寿司を用意された紙皿に盛った。

 

「それでは、あけましておめでとうございます!」

 

『あけおめー!』

 

 スタッフを含めて、乾杯を済ませるとスタジオは立食パーティーのような雰囲気で盛り上がり始める。

 仕事の話、プライベートの話。

 部署の垣根を越えてスタッフ同士も楽し気に語り合う。

 賑やかな空気の中、二人の元へ日本酒を手にした内海がやってきた。

 

「二人共、あけましておめでとうございます。配信、盛り上がっていましたね」

「あっ、内海さん! あけましておめでとうございます!」

「あ、あけまして、おめでとうございます」

 

 内海はすっかりにじライブに馴染んだ二人を見て嬉しそうに笑った。

 魔王軍転生騒動の際、裏で率先して動いていた内海としては、彼らが笑顔で活動できていることは何よりも嬉しいことだったのだ。

 

「バーチャル紅白、ハンプ亭道場、年越しにじライブ。年末年始はシューベルト魔法学園大活躍でしたね」

「いやぁ、事務所が公式にガンガン推してくれたおかげですよ。本当に、私達を助けてくれてありがとうございました」

 

 リーフェは心底楽しそうに答えると、内海へと礼を述べた。

 

「うふふっ、いいんですよ。こっちもあなた達ほどの人材が手に入ったのだから、当然のことです……レインさん?」

 

 そこで、内海はレインが神妙な表情を浮かべていることに気がついた。

 

「内海さん、私達を拾い上げてくれたこと。本当に感謝しています」

 

 リーフェと同様に、改めて内海に礼を述べると、レインは真っ直ぐに内海の目を見て告げる。

 

「私、自分がどうしようもなくダメな人間だとずっと思って生きてきたんです。幼い頃からお兄ちゃんや相葉ちゃんの背中に隠れてばかりで、生主になっても、Vtuberになっても、そしてレイン・サンライズになってからもそれは変わりませんでした」

「……そんなことないです。現にあなたは魔王軍でも、シューベルト魔法学園でもトップクラスに人気じゃないですか」

 

 レインはシューベルト魔法学園の中では、白夜に次いで人気のライバーとなっていた。

 それは彼女が限りなく減点のないライバーだからだ。

 ゲーム実況をメイン配信としつつも、視聴者との絡みを重視した雑談枠や企画を頻繁に設けることで、視聴者は自分達が大切にされていると感じる。

 配信するゲームも流行りを押さえつつも、普段から視聴者が好きなゲームを雑談枠の絡みなどで調査してそれをチョイスして配信する。

 ゲームがうまくなくても、魔王軍時代に培われた実況のうまさ。

 ボイスもグッズも、チャンスがあれば参加して視聴者への供給も忘れない。

 コラボ配信も積極的に行い、コラボ中はボケだろうとツッコミだろうと状況に応じて対応できる。

 嫌なことがあったり、気持ちが沈んだときもそれを表に出さない。

 先輩ライバーとの絡みで、反応から本当に尊敬していることが伝わってくる。

 そして、何より声がかわいい上に、陰キャな性格が視聴者の共感を呼び、彼女は一気に人気となっていたのだ。

 

「確かに私は白夜君の次に数字を出してます。でも、それはシュベ学のみんながいつも一緒にいたからだと思わずにはいられませんでした。私自身の評価じゃないんじゃないか。助けてもらってばかりの私ばっかりいい思いをしていいんだろうか。つい先日までそう思っていたんです」

「思っていた、ということは今は違うのでしょうか?」

「はい。先日、私の後にウェンディを担当していた西畑夏帆さんに会いました。そのときに言われたんです。『一番好きだったウェンディがレイン・サンライズとして楽しく配信している姿を見て今も幸せです。あなたを見て新しく夢を持てたんです』って」

 

 レインは夏帆の笑顔を思い出して楽しそうに笑う。

 

「自分なんか。そんな風に思っていたら、自分を好きで応援してくれる人に失礼だって、気づいたんです。憧れの先輩がいて、自分に憧れてくれる後輩がいる。姿形が変わっても見つけて応援してくれる人がいる。だから、自分を卑下せずにリスナーと向き合うことが私を助けてくれた人達への恩返しだと思ったんです」

 

 にじライブの人気ライバーと比べ、自分には突出したものはない。

 それでも、応援してくれる人がいる。

 だから、いい加減前を向こう。

 そんなレインの決意を見た内海は、胸が熱くなるのを感じた。

 

「そうですか……とても素敵な抱負だと思います。今年もあなたの活躍に期待しています」

「はい、これからも頑張ります!」

 

 本当の意味でレインが前を向けたことで、内海は救われた気持ちになった。

 賑やかな喧噪から離れ、事務所の休憩所の方までやってくると、内海は日本酒を呷りながら呟く。

 

「自分を好きで応援してくれる人に失礼、か……」

 

 その言葉は何よりも内海の心に刺さった。

 今も竜宮乙姫を忘れられずに待っている人間がいる。

 林檎という前例ができ、自分への誤解も既に解けている。

 

「はぁ……何が〝活躍に期待しています〟よ」

 

 先ほどレインにかけた言葉が自分へと返ってくる。

 

「ホント、意気地なしだなぁ私……」

 

 涙交じりに呟いた内海の言葉。

 それが誰かの耳に届くことはなかった。

 


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