1LDKの室内に香ばしい匂いが漂う。
リズムよく包丁を動かし、鼻歌を歌っているのはこの部屋の主だ。
一人暮らしだというのに、彼の作る料理の量は明らかに二人分である。
「よし」
味見をして頷くと、部屋の主――レオはRINEで夢美へと電話をかけた。
『おはよ……ふぅあぁぁぁ……』
「もうすぐ飯できるから頑張って起きてくれ」
『うん、頑張る……』
力なく返事をすると、夢美が通話を切る。
こういった返事が来た場合、普通はそのまま寝てしまうと思うだろうが、夢美はレオに食事の面倒を見てもらっている手前、根性を振り絞って何とか起きていた。
食器に朝食を盛り、テーブルに並べていると、玄関から
寝ぼけ眼の夢美が何とか起きてきたようだ。
「おっ、起きたな」
「おはよ。いつもごめんね」
「いいっていいって、それより冷めないうちに食べよう」
いつものやり取りをすると、二人は席について朝食をとり始めた。
「「いただきます」」
手を合わせていただきますを言うと、二人は黙々と食事を始める。
「そういえば、昨日の配信凄かったね。あれで登録者数十万人にかなり近づいたんじゃない?」
「ああ、見ててくれたのか。悪いな、最初夢美をネタに使っちゃって」
「オーバーに真似し過ぎだっての……ま、袁傪達にウケてたからいいけど」
わざとらしくムッとした夢美だったが、その実まったく気にしていないようで、純粋にレオの登録者数が伸びたことを喜んでいた。
「夢美はこの後、配信耐久やるんだろ?」
「うん、凄いクソゲーって評判だったからやってみようと思って」
「配信中はクソゲーとか言うなよ? 一応企業が出してるゲームなんだから」
「分かってるって。まあ、万が一クソゲーって叫んでも許されるクオリティだから選んだわけだけど」
夢美も自分が失言することは念頭に入れてゲームを選んでいた。
夢美が今日の配信でプレイするゲームは、BGMの関係などで四日で配信停止になり話題となったゲームだ。
スマートフォン版はいまだに有料で配信しているため、夢美は既にスマートフォン版を購入してインストールしていた。ゲームを快適にプレイできるように、スマートフォン用のゲームトリガーまで購入する気合の入れようである。
「てか、レオは何飲んでるの?」
「ミロだけど」
レオは昔サッカー選手がCMをやっていた有名な麦芽飲料を毎朝飲んでいた。もはやレオにとってのルーティンの一つであると言っていいだろう。
「スポーツ選手かよ」
「いや、マジでこれ飲むだけで違うんだって。鉄分や栄養が豊富に含まれてるから、朝からシャキッとできるようになるぞ」
「一見健康に良さそうに聞こえるのに、クソほど練乳ぶち込んでるせいで台無しだよ」
レオはかなりの甘党だった。紅茶に砂糖は大量に入れるし、クレープのホイップクリームは増し増しにするタイプなのだ。
甘いものが苦手な夢美は、嬉々として練乳をドバドバ入れるレオの様子に顔を顰めた。
「やりたいことがあるのにやる気が出ない、なんてことも減るぞ、マジで」
「へー、そんなに凄いんだ」
「アイドル時代の激しいレッスンもこれで乗り切ったからな」
「なら、今度配信で布教しまくって案件狙えば?」
「……ありだな」
「ガチ勢かよ」
こうして今日もレオと夢美はいつものように他愛もない会話を楽しむ。
「「ごちそうさまでした」」
食事を終えた二人は、テレビを見ながらまったりとした時間を過ごしていたが、そろそろ部屋に戻ることにした夢美はレオの分の食器も重ねて台所へと持っていった。
「洗い物やっておくね」
「いつも悪いな」
「準備は全部やってもらってるんだから、これくらい当たり前だっての」
食事の準備はレオがして、片づけは夢美がする。
これが二人のいつもの日常と化していた。
洗い物を終えた夢美は自分の部屋に戻ると、パソコン周りに散らばっているエナジードリンクの缶やビニール袋を蹴っ飛ばして空間を作る。
「うし、片づけ終わり」
夢美からすれば、周囲の空間ができただけで、相当片付いたように見えているのだ。実際は散らばっているゴミの体積はまったくと言っていいほど減っていないが。
「初見プレイの方がリアクションはとれるだろうし、タイトル画面までの起動テストで止めておくかな」
夢美はスマートフォンに変換アダプタを接続してキャプチャーボードを挟み、パソコンに繋げた。
配信用ソフトを起動すると、一通り茨木夢美の動きや表示される画面をチェックして、配信開始ボタンを押した。
[きちゃ!]
[こんな時間から配信とは珍しい]
[タイトルやサムネからしてブレワイでもやるのかな?]
夢美はわざとサムネやタイトルを、今日配信するゲームに似ている――というよりも、元になったであろう有名なゲームをやると誤解されるようにしていた。
自分で作ったトライフォースのようなマークを見れば、誰もが誤解することだろう。
「はーい、こんゆみー。茨木夢美でーす」
[こんゆみ!]
[こんゆみ!]
[こんゆみ!]
[相変わらずぬるっと始まるなぁ]
[この緩い感じ嫌いじゃない]
最近の夢美は可愛く振舞うことをやめて、普段のテンションで配信を行うようにしていた。声は多少作っているが、初配信に比べればかなり素の姿に近くなっただろう。
使用するBGMもふわふわしたものから気の抜けるようなものへ変え、背景もメルヘンなものから〝片栗粉をまぶしたブロッコリー〟や〝青汁の粉を掬っているスプーン〟などの妖精達から謎背景と呼ばれるものを使用していた。
「今日はあの伝説のゲームをやっていこうと思います。非国民って思うかもしれないけど、実は初めてやるんだよなぁ」
[スマブラでしか知らん人も案外おるで]
[開けろ、ゼル伝警察だ!]
[ムジュラとか時オカはいいぞ]
完全に今日プレイするゲームを視聴者は誤解している。そのことにほくそ笑むと夢美は意気揚々と、ゲーム画面を表示した。
「まあ、みんなも察しはついていると思うけど、今日やるゲームはこちら!」
ゲーム画面が表示されると同時に、画面の向こうの妖精達は一斉に[草]というコメントを書き込んだ。
[草]
[クッソwwwww]
[ブレワイじゃないんかい!]
[これは酷いwww]
「完全に初見プレイだから、アドバイスとかあったらどんどん書いてくれ。指示厨大歓迎のスタイルでやっていくぞ!」
[もう既に面白いんだが]
[リアクションに期待だなwww]
[叫ぶ予感しかしない]
〝はじめから〟を選択して主人公の名前を〝バラギ〟に設定した夢美は早速ゲームを始めることにした。
そして、表示されたゲームのグラフィックに夢美は驚きの声を上げた。
「は? これ、スイッチでも出てたよな? グラフィックが荒いのってスマホだからだよな?」
[残念ながら……]
[グラフィックは変わらないんだよなぁ]
「嘘やろ……」
村の風景から家の中の映像に切り替わり、主人公が表示される。
荒いグラフィックで表示された主人公の見た目に夢美は派手に爆笑した。
「ひゃははははは! もうヤバイ匂いしかしないわこれ!」
[ニッコニコで草]
[笑っていられるのも今のうちだぞ]
[さて、バラギはこの苦行に耐えられるかな?]
一通り村の中でのイベントをこなすと、剣を装備した夢美はフィールドに出て最初の戦闘を行った。
「ちょっ、ま……おい、待って! やめ、やめて……やめろォ!」
[スライムにボコボコにされてて草]
[いや、この操作性で戦うのはキツイだろ]
[俊敏なスライムだなwww]
「オラァ死ね! ……見たかゴルァ!」
[DQN勇者爆誕]
[最高に口の悪い勇者バラギ]
[操作慣れるの早くて草]
「うし、倒したぞ……は? 1ゴールド?」
[ゴミwww]
[薬草が15ゴールドってことを考えると、割に合わな過ぎるwww]
[明らかに回復できる量以上にダメージ受けてるんだよなぁ]
最初こそ苦戦していたが、何度も死んでいるうちに夢美は操作のコツを掴んでメキメキと上達していった。
最初のボスも撃破し、どんどん先に進んでいった夢美だったが、作中でも苦戦するプレイヤーの多い難敵に苦戦することになった。
「辛い……辛いよぉ……」
[ヒドラキッツ]
[これは今日中にクリアは無理だな]
『う゛わ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』
「オォォォイ!? それはダメだろ! 崖から落とすのはズルイだろが!」
[落ち方で草]
[リアクションまとめできそう]
「ね゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛! 胴体の下に閉じ込められて動けないんだけど!」
[ハメられてて草]
[こんな酷いバグあるんか……]
ボスの強さだけではなく、バグにも苦しめられた夢美だったが、長時間諦めずにプレイした彼女に今度はバグが味方をした。
「ファッ!? なんか動き止まった! いけ! 殺せェ!」
[バグったwww]
[チャンスチャンス!]
「死に晒せぇぇぇぇぇ!」
バグによって動きが止まったボスを一方的に殴り、何とか夢美は難敵を撃破することに成功した。
それから、何度も折れそうになる心を奮い立たせてゲームに臨んでいた夢美だったが、作中屈指の強敵の場面でまた詰まることになった。
「ね゛え゛! ダウン中に攻撃当てちゃいけないって学校で習わなかったんか!?」
[発狂してて草]
[これは発狂するだろ]
[もう何時間やってんだこれ]
[朝から始めたはずなのにもう深夜だぞ……]
[よく心折れないな]
夢美が戦っているドラゴン型のボスは、飛んで氷のブレスを吐いて凍らせてきたり、近づいてきて噛みつきと投げを繰り返してきたりと、こちらが何もできずに負けることも多い挙動をしてくるボスだった。
「だから氷漬けの無限ループすな! レウスでもここまで酷くないぞ! 閃光で落とせたりしないのかよ!」
[激しく同意]
[チキンレウスはまともだった?]
「よし、ハメループから抜けた! いくぞ、オラァ!」
何度も挑戦しているうちにハメループから抜け出した夢美は、ボスに向かって果敢にも攻撃を仕掛けようとする。
しかし、無情にもボスは上空へ飛び立ち、再び夢美を氷漬けにする。再び氷漬けのループに突入した夢美は、魂から振り絞ったように絶叫した。
「あ゛あ゛ゴミカスゥゥゥゥゥ! 死ねぇぇぇ!」
[ブチギレてて草]
[名言爆誕]
[案件消えたな]
[このゲームの案件なんていらないだろ……]
「もう無理! もうやらない! おつゆみ!」
[おつゆみ!]
[おつゆみ!]
[おつゆみ!]
[完全に心が折れたな]
[この配信は伝説になるwww]
[切り抜くポイントしかないんだよなぁ]
こうして夢美の「ゴミカス、死ね」発言はネット上で大きく取り上げられ、U-tubeだけではなく、ニヤニヤ動画など様々な動画サイトでも注目され、夢美は〝ゴミカス死ねの人〟とまた知名度を大きく上げることになるのであった。
ミロの部分は完全に作者が毎朝飲んでてシャキッとするから入れました。(効果には個人差があります)