『浦島さんのみなさーん、おは竜宮~』
[おはりゅーぐー]
[おはりゅーぐー]
[おはりゅーぐー]
穏やかな挨拶と共に乙姫の配信が開始される。
乙姫の配信は穏やかな空気間のある配信のため、多くの視聴者に人気を博していた。
『さて、恒例になった朝配信ですが、今日はゲストが来てくれてまーす。デビューしてから勢いの止まらない後輩ちゃん、箱根タマちゃんです!』
「はーい、おはたまー。にじライブ二期生箱根タマです。本日は宜しくお願い致します」
[おはたまー]
[おはたまー]
[おはたまー]
[タマちゃんきちゃ!]
デビューしてから飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びている注目のライバー箱根タマ。
彼女は配信でイラストを描いたり、絶妙に下手にゲームを実況したり、歌を歌ったりして着実にファンを増やしていた。
また乙姫と同様、清楚で優しいタマに人気が出るのは必然とも言えた。
にじライブらしく多才で、にじライブらしからぬ清楚さ。
この二つの要素こそタマの魅力だったのだ。
「今日は大好きな乙姫先輩とご一緒出来て嬉しいです!」
『私も嬉しいわ!』
[あら~]
[ひめたまてぇてぇ]
[ゆるゆりしてきた]
タマは以前から乙姫が推しだと公言していた。
そのこともあり、乙姫とのコラボは二人のファンにとって何よりも尊いものだった。
『私ね、タマちゃんのイラストすっごく好きなの!』
「あ、ありがとうございます。でも、私なんて大したことないですよ」
『そんなことないわ。タマちゃんの描いたにじライブのライバーが集合したイラストなんて愛がないと描けないもの』
「そ、そんなことないですよ」
[あれは神]
[自分のキャラデザまで出来るなんてすごい]
[これだけ実力があるのに謙虚やなー]
タマは褒められるといつも謙遜していた。
その謙虚さが彼女の清楚さをより強調していたのだ。
『さて、今回は早速タマちゃんにいろいろ聞いていきますよ』
乙姫は今回のコラボにあたり、気合を入れて台本を用意していた。
先輩としても、社員としても、これから伸びしろのあるタマの魅力を存分に伝えるつもりだったのだ。
『タマちゃんはいつライバーに興味を持ったの?』
「Vtuber自体に興味を持つきっかけはアイノココロさんでした。ユーチューバーとは違った表現の形があるんだと、その当時は感動しましたね」
『なるほど、確かにココさんはすごい人だもんね』
[首領きっかけは納得]
[あの当時は画期的たったもんな]
[Vになったきっかけ大体首領かイルカちゃん説]
タマがライバーになったきっかけは、元祖Vtuberであるアイノココロだった。
「でも、ライバーになりたいって思ったのは元々ニヤニヤ動画で実況動画とか生配信見るのが好きだったからです。ほら、ライバーの配信って結構あの当時の生主の空気間あるじゃないですか」
『あー、言われてみればそうね』
[配信業界が盛り上がり始めたのはそういうことか]
[確かにライバーって昔のニヤ生主感強い]
[むしろ本来Vtuberに求められるものはこっちだった感]
時代は動画投稿が主流だったVtuberから、配信を主体とするバーチャルライバーへと移り変わっていく最中だった。
タマも流行りの移り変わりを敏感に感じ取っていたため、にじライブへ応募したのだ。
「にじライブのオーディションに応募したのは、配信業主体のVtuber事務所の中でにじライブが一番大きかったことと、やっぱり先輩方が魅力的だったことも大きいんです。あとライバーになれば乙姫先輩ともお話できるかなーって下心も、その……すみません」
『いいのよ! そのくらいの下心可愛いものじゃない。少なくとも私は嬉しいわ』
[かわいい]
[どっちもかわいい]
[ああ、心が浄化されていく……]
[もっと下心出してもろて]
それからいくつもの質問に答え、タマは乙姫からの最後の質問に答えた。
『タマちゃんに夢ってある?』
「そうですね……漫画家になりたいです」
[漫画家ライバーだと!]
[ライバーから漫画家は初じゃないか?]
[大きな目標だな]
[漫画家Vなら斑先生がいるだろ]
[あの人は漫画家がVになったんだから経緯が違うだろ]
タマが語った夢に多くの視聴者が納得した。
それだけタマの描くイラストは魅力的だったのだ。
『じゃあ、今のうちに〝箱根先生〟のサインもらっておこうかしら?』
「か、からかわないでくださいよー、もう!」
『でも、絶対に叶うわ。応援してるから』
「ありがとうございます!」
[応援してるよ!]
[未来の単行代 ¥10,000円]
[これは期待]
[絶対に叶えてほしい]
こうしてタマをゲストに迎えた乙姫の配信は大いに盛り上がったまま終了した。
「今日は呼んでいただきありがとうございました!」
『お礼を言うのはこちらの方よ。今日の同接すごかったもの』
「いえ、普段から配信を頑張っている乙姫先輩の努力あっての数字です。今日は本当にありがとうございました!」
配信が切れた後もタマは再度乙姫にゲストに迎えてくれた礼を述べて通話を切った。
ヘッドセットを外すと、タマは表情から笑顔を消して気怠げに呟いた。
「ったく……朝っぱらから怠いんだよ」
タマはため息をつくと、タマはペンタブを握ってイラストを描き始めた。
そんなとき、彼女のスマートフォンが鳴った。
画面には〝浜野明子〟と表示されていた。
「もしもし?」
『配信見たよー! 姫ちんとあんなに話せるなんて羨ましいなぁもう!』
舌打ちをしてから通話に出ると、テンションの高い声がスマートフォンから流れてきた。
「あんたもまたオーディション受けたら? 今回は倍率やばかったけど、一次通ったならチャンスもあるでしょ」
『私は花ちゃんみたいに一芸あるわけじゃないからねー。まあ、やるだけやってみるよ!』
それから軽く世間話をしてからタマは通話を切った。
友人である明子は乙姫の大ファンであり、タマが乙姫の存在を知ったのも彼女からだ。
それからタマは明子と共にオーディションを受け、タマだけが採用されたのだった。
「一芸ならあるんだよなぁ」
ニヤリと笑うと、タマは最終面接を思い出してほくそ笑んだ。
「ひひっ……あんたのおかげでいい思いさせてもらってるよ」
タマはにじライブの人間や視聴者が思っているような清楚な性格をしていなかった。
配信上で清楚な雰囲気をしているのは、乙姫の模倣だった。
にじライブにおいて唯一の清楚というポジションの乙姫は、コラボよりも単体での配信の方が伸びる傾向にあった。
今回のコラボが伸びたのはタマも清楚であり、常に乙姫を立てるように立ち回り、乙姫もタマを伸ばすために振る舞っていたことが要因だった。
「……乙姫は大型コラボだと地蔵になるし、同じキャラでも多才で立ち回りのうまい私の方がウケがいい」
どこかで見たような絵柄のイラストを描きながらも、タマは一人で思考を整理するように呟く。
「そろそろ数字も伸びなくなったし、赤哉と桃華は切り時だな。けっ、何が同期てぇてぇだ」
初期の頃は、タマも同期である赤哉と桃華とコラボを行っていた。
だが、清楚なタマと下品な桃華、男性ライバーである赤哉とのコラボは一部の視聴者にしか受けず、組み合わせが悪いとされあまり評判はよくなかった。
これは桃華が配信上で自重せずに暴れまわることと、赤哉がまだ風当たりの強い男性ライバーだったことが原因だ。
「はぁ……私のイラストが好き、か」
思考の途中でタマはうんざりとしたように深いため息をついた。
頭に過ぎるのは人の良い乙姫からの賞賛の言葉。
「アホらし」
タマはイラストを描いている画面の横に並べてある、似た絵柄と構図のイラストを見て吐き捨てるように言った。