タマは他ライバーとコラボをしては数字を吸い取り、ぐんぐん伸びていった。
配信上で描いているイラストも好評で、配信頻度も高かったことからこの結果は当然ともいえる。
しかし、二期生の中でも一番後輩にあたる彼女が爆発的に伸びたことで、一部の伸び悩んでいるライバーは面白くなさそうにしていた。
当時はライバーへのサポートも不完全だったこともあり、伸び悩んだものは伸び悩んだままという良くない状況が続いていたのだ。
そんな中で、タマは敵を作らないように表向きは下手に出ることを徹底した。
伸び悩んでいるライバーが嫌味を言ってくれば、嫌味が通じていない振りをしつつ、そのライバーの良いところを褒める。
内心では、負け犬が咆えていると小ばかにしていたのだが。
「あっ、タマちゃんだ!」
「まひる先輩……こんにちは」
基本的に誰に対しても平静を装って対応するタマだったが、そんなタマにも苦手な人間がいた。
それは先輩ライバーである白鳥まひるだった。
計算で天然を装っているタマにとって、正真正銘の天然であるまひるは相性が悪かった。
タマは今の清楚なキャラを作るにあたって、乙姫の配信を何度も見返し、彼女がどんな生活をしているのか、どういう思考をしているのか、その全てをしっかりと調べた上でイメージを固めて真似ていた。
タマのそれは物真似というレベルではなく、自分自身すら乙姫なのではないかと錯覚するレベルでキャラを作り上げるのだ。
そんな計算で生きているタマにとって、まひるは行動が予測できない存在だったのだ。
「タマちゃんってイラストうまいし、何でもできてすごいよね!」
「えー、こんなの大したことないですよ、まひる先輩」
「ううん! タマちゃんはすごいよ!」
「うえっ、まあ、ありがとうございます……」
この人と話していると調子が狂う。
心にモヤが広がるのを感じたタマは早々にまひるとの会話を切り上げた。
ライバーになって知名度を上げる。
その第一目標は達成できた。
このまま事務所と自分自身の知名度が上がれば、〝有名Vtuberの描いた漫画〟という付加価値のある漫画が描ける。
そう思っていたのだ。
「またボツ、ですか?」
「ごめんなさいね……」
何度目になるかわからない内海の謝罪。
会議室でそれを聞いていたタマは業を煮やしたように叫んだ。
「どうしてですか! クソみたいな漫画がそこら中に転がってる中で、アタシの漫画はそんなゴミより遥かに面白いでしょ!?」
「た、タマちゃん?」
「これで何作目ですか! てか、講評くらい本人にくれたっていいでしょう!」
にじライブ側の対応にも、出版社側の対応にも苛立っていたタマは、その苛立ちを乙姫へとぶつけていた。
「まさか内海さん、見もせずに断られてるんじゃないんすか!?」
「そ、そんなことはないわ……ただどの作品もどっかで見たことあるような話と絵でつまらないって……」
「んだよそれ……」
つい、いつものキャラが崩れてしまうほどにタマは激高していた。
「でも、諦めないでまた頑張ればいつかきっと成果は出るわ」
「中身のない慰めなんていらない」
乙姫にそう言うと、タマは乱暴にドアを開けて会議室を出た。
わかっていたことだった。
自分が無から有を生み出せないなんてことは、タマ自身痛いほどに理解していたのだ。
昔からタマはズルをして成果を上げることが好きだった。
必死に努力をしている者を見下し、大した努力もしていない人間と嘲笑う。
そのことに心から喜びを感じていたのだ。
きっかけは両親が口癖のように言っていた「努力は報われる」という言葉だ。
厳しい両親に育てられたタマは、幼い頃から両親に言われた通り勉強ばかりしていた。
しかし、思うように成績は伸びない。
やらされているという意識でがむしゃらに頑張ったところで成果が出ないのは不思議なことではない。
頑張っても成果が出ず、両親からは努力が足りないと言われる日々。
それに嫌気が差したタマは、あるとき通っている塾のテストでカンニングを行った。
たまたま隣にいた優秀な生徒の回答を盗み見て、間違っていると思う個所を修正する。
たったそれだけで塾の成績一位をとってしまったのだ。
こんどこそ怠けずに努力したと自分を称える両親を見て、タマは理解した。
真面目に頑張るなんてバカのすることだ、と。
それ以来、タマは狂ったように人の成果を横取りして自分のものにすることを至上とし始めた。
まるで自分は努力しても意味がないのだから、ズルをしなければいけないのだ、という強迫観念に襲われるように。
趣味だったイラストも、頑張って仕上げたイラストよりも他人の絵をトレースしたものの方がバズる。
もちろんトレース疑惑なども出たが、部分的にトレースしている以上、アンチの戯言で済ますことができた。
ライバーになってからも、企画などは他人のウケた企画をアレンジして行ったり、自分の発想力を生かす場面など一度もなかった。
タマは、所詮自分は他人の成果の上澄みを啜らなければ生きられないと決めつけていた。
既存のものをより良く改良する力もまた、実力の一つだということにタマは気づけなかったのだ。
タマが落ち込みながら事務所の廊下を歩いていると、前の方から声を掛けられる。
「よお、タマ」
「こんにちは、ハンプさん……今日はにわとり組とのオフコラボですか?」
「そんなとこだな。それよりタマ、大丈夫か?」
ハンプは以前から漫画の話がうまくいかないタマのことを気にかけていた。
そして、今日は一段と落ち込んだ様子のタマを見て声をかけたのであった。
「ええ、変わりないです。ハンプさんこそもう寝落ちして乙姫先輩に迷惑かけちゃダメですよ?」
「あ、ああ、そうだな……」
さりげなく話題を逸らすと、タマはそのままハンプの前を通り過ぎようとした。
「なあ、タマ。何か困ったことがあれば相談してくれないか。一人で抱え込むより、仲間を頼った方が楽になることもあるからさ」
「仲間、ね」
目を伏せると、タマは感情のこもっていない言葉で告げる。
「ええ、そのときは是非相談させていただきます。では、私はこれで」
「ああ、またな……」
ハンプは目に光が宿っていないタマを見て、それ以上言葉をかけることができなかった。
帰宅したタマは歯を食いしばり、苛立ちまぎれにテーブル上にあるものを薙ぎ払って片付ける。
頭に思い浮かぶのは事務所で言われた乙姫の言葉。
『でも、諦めないでまた頑張ればいつかきっと成果は出るわ』
その言葉が両親と重なり、胸の内から憎悪が溢れ出す。
「そういえば、最近追放モノって流行ってたな……」
無気力にネット上で漫画を漁っていたタマに、一つのアイディアが浮かんだ。
「理不尽に追放されて夢を叶える事実を元にしたフィクション……ありじゃん」
ニヤリとどす黒い笑みを浮かべると、タマはツィッター上で裏アカウントを作り、頭に浮かんだおぞましいアイディアを実行するのであった。
タマは努力の方向音痴タイプで、ズルして成果を出すことに全力でした。
むしろ、ちゃんと努力した方がいいだろそれって言われるタイプですね。
あと可能性としては、女優とかやったら成功してたかもしれませんね