Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【回想】玉手箱の中身

 

 最近、とある噂がネット上で囁かれていた。

 にじライブでも頭角を現しているライバー、箱根タマが事務所内でいじめにあっているという噂だ。

 タマは定期的に不穏なツィートをしてファンから心配されていた。

 さらに乙姫の裏アカウントとされるアカウントが特定され、自分とキャラが被っていることについて不満を漏らしていたのだ。

 

 乙姫がそんなことするわけがない。

 彼女の信者は決して認めようとしなかったが、直接的な悪口ではなく遠回しな苦言の呈し方、声、その全てが乙姫と一致していた。

 アンチスレッドは乙姫への罵詈雑言で溢れかえっていた。

 以前から乙姫は〝お気持ちツウィート〟をすることが多々あった。

 

 かぐやに登録者数、同時接続数で圧倒的な差を付けられて常に引き合いに出されたとき。

 Vtuberを揶揄する発言をしたユーチューバーが現れた際、かぐやとの対応の差で批判されたとき。

 勝輝とのコラボで勝輝が炎上したとき。

 乙姫信者が他の配信者の配信を荒らしたとき。

 

 こうした要素によって増えていったアンチは、ここぞとばかりに乙姫を攻撃した。

 他にも、にじライブ内でタマのことを快く思っていなかった者達も特定され、攻撃の対象となった。

 こちらに関しては、嫌味を言っていたという事実もあったことで数名のライバーが自主的に配信活動を自粛した。

 対応に追われたにじライブ内は徐々に疲弊していった。

 思い通りの状況になったことで、タマは密かにほくそ笑んでいた。

 にじライブが勢いのあるVtuber事務所とはいえ、その内部体制が整っているとはいえないことはタマも理解していた。

 特に、竹取かぐやこと諸星香澄、狸山勝輝こと綿貫幹夫はかなりの頻度で事務所に寝泊まりしており、他のスタッフ達もライバーが事務所に来ると床で寝落ちしていることなどザラにあった。

 人気のあるライバーと体制の整っていない事務所。

 ファンからの信用度が高いのはどちらかなど、言うまでもないことだった。

 

「タマ、てめぇどういうつもりだ!」

「桃華さん、落ち着いてください!」

 

 半崩壊状態の事務所に怒号が轟く。

 タマの策略の煽りを受けて評価が下がっていた桃華は、タマに殴りかかろうとして赤哉に止められていた。

 

「ひっ、やめて……」

 

 赤哉に押さえつけられながらも暴れる桃華を見て、タマは怯えた表情を浮かべて目に涙を浮かべる。

 

「被害者ぶってんじゃねぇよ! ブチ殺すぞ!」

「桃華さん! これ以上、問題を大きくしないでください!」

「チッ……」

 

 赤哉に諫められたことで、桃華は渋々暴れるのをやめた。

 

「あ、赤哉、ありが――」

「勘違いするな」

 

 桃華を止めた赤哉にタマは礼を述べようとしたが、赤哉は言葉を遮って鋭い眼光でタマを睨みつけた。

 

「俺は桃華がこれ以上不利にならないように止めているだけだ。仁義に反するお前さんの行動を許すつもりはねぇ」

 

 タマが赤哉、桃華とのコラボをしなくなったことで、この三人の間には不仲説が流れていた。

 その原因とされたのが桃華だったのだ。

 

「俺はどうなってもいい。だが、大恩ある乙姫さんと桃華に手ェ出すつもりなら容赦はしない」

「ふっ……ははは……どうなってもいい、ね」

 

 元ヤクザに本気の怒りをぶつけられたというのに、タマは笑っていた。

 

「あんた、元ヤクザってバレたら大変なことになるんじゃない?」

「脅しはきかねぇよ。俺が引退することになっても構わねぇ。だから、これ以上周りの人間を傷つけるな」

「はっ、自己犠牲のつもり? バッカじゃないの?」

 

 赤哉の言葉を鼻で笑うと、タマは口元を吊り上げて邪悪な笑みを零した。

 

「あんたが何を喚こうが誰も信じないわ。だってアタシは被害者だもの」

 

 いじめにあった被害者の言葉。

 それには、いじめている側と思われている人間が何を言ったところで敵わないのだ。

 

「それとも、世話になってた組に駆け込んで泣きついてみる?」

「くっ、てめぇ……!」

「くくっ、元ヤクザなんて現在社会じゃイキれないわ。じゃねー」

 

 今にも自分を殺さんとばかりに睨んでくる二人を嘲笑うと、タマは急ぎ足でその場を離れた。

 

「っ、怖かったぁぁぁ……」

 

 先ほどまでの余裕はどこへやら。

 タマは目からボロボロと涙を流し、震える体を手で押さえつけていた。

 どんな人間にも屈しない最強の自分。

 つい先ほどまでタマは自分自身を演じていたのだ。

 しかし、桃華と赤哉の怒気は凄まじく、自己暗示が一時的に解けてしまっていたのだ。

 

「……大丈夫、アタシは被害者……何を言われても周りが悪い……アタシは悪くない……」

 

 涙を拭うと、タマは精神を落ち着かせて自分の思い描く自分自身になっていく。

 

「へっ、ザーコ……」

 

 ため息をつくと、タマは事務所内の様子を窺う。

 ユーザー対応を行っている部署は、今回の〝箱根タマいじめ事件〟でパンク状態。

 社員として働いている乙姫自身の様子は、その中でも一段とひどいものだった。

 頬はコケ、目の下には濃い隈が刻まれている。

 あまりにも批判が殺到したことで、乙姫は配信休止にまで追い込まれていたのだ。

 事務所側も乙姫を擁護しているとして多くの人間から袋叩きにあっている。

 実際にはタマが全ての元凶であり、事務所や先輩ライバーからの再三の注意を無視しているという状況なのだが、傍から見れば乙姫を擁護してタマが集団でいじめられているようにしか見えなかった。

 ここまでうまくいくとは思わなかった。

 自分一人でファンを煽動し、事務所の運営状態をボロボロにしたことでタマは達成感を覚えていた。

 

「……タマ、ちょっといいか」

 

 一人ほくそ笑んでいるタマに、事務所へやってきていたハンプが声をかける。

 

「ああ、ハンプさん。どうされましたか?」

「いいから、話を聞いてくれ」

 

 ハンプは歯を食いしばると、タマに深々と頭を下げた。

 

「お願いだ。これ以上、敵を作るような真似はやめてくれ」

「……そうは言っても、周りが勝手に敵になっていくのでどうしようもないです」

 

 タマは冷ややかな目でハンプを見下ろしていた。

 

「このままだと君は孤立する。たとえ事務所をやめても、同じことをしていればずっと孤独な人生を歩むことになるんだ」

「生憎、孤独にはなれていますから」

「自分以外、敵しかいない。そんなの寂しすぎるじゃないか……頼む、考え直してくれ」

 

 再びハンプが頭を下げたことで、タマは表情を引き攣らせた。

 こんな状況になってもまだ自分の心配をしているのか、と。

 

「……もう遅いんですよ」

 

 胸に芽生えた小さな揺らぎを振り払うようにそう告げると、タマは踵を返して事務所を後にした。

 

 後日、タマは契約を解除された。

 このことは彼女のファンを含め、多くの者の怒りを買った。

 物申す系の者達の間では、話題になるということもあり、大々的にこのいじめ問題がとり立たされた。

 そんな中でも、最も再生数を稼いだのは物申す系Vtuber〝越前閻魔(えちぜんえんま)〟だった。

 彼は度々Vtuberの炎上事件を取り扱い、小さな炎上も大げさに取り扱ったりなどしていた。

 彼は基本的に中立的な立場を貫き、発言も第三者の視点で行うことに徹底していたため、どこか説得力があった。

 その上、今回はタマ自身が内情を閻魔に暴露したため、閻魔は嬉々としてこれを〝しっかりとした情報ソースのある事件〟として扱った。

 騒ぎがどんどん大きくなる中、タマ改め、亀梨花子は自分自身が箱根タマであることを明かしてある漫画を投稿した。

 それは会社で理不尽な扱いを受けて退社に追い込まれた社員が、新しい環境で成功するまでを描いた漫画だった。

 この漫画はあっという間に話題になり、単行本化も望まれるほどになった。

 こうして全ては亀梨の思い通りになったかに見えた。

 

 しかし、後日亀梨は大炎上することになる。

 彼女の素の性格を知る友人、浜野明子が全てを暴露したのだ。

 これによって被害者と加害者の立ち位置は一転する。

 今までにじライブや乙姫を叩いていた者達は、手のひらを返したように亀梨を叩き始めた。

 個人情報はあらかた特定され、亀梨の家のポストにはカミソリの入った封筒や、虫の死骸が詰め込まれるなど、被害は甚大だった。

 何より、ネット漫画家として知名度が上がってしまったことで、Vtuberの視聴者層以外からも面白半分で攻撃されることになってしまったのだ。

 就職活動をすれば、ネット上の悪名のせいで不採用になり、バイト先でも誰かが亀梨の情報を流布する。

 何度アルバイトを変えても同じ状況に陥ってしまい亀梨は頭を抱えた。

 おそらく特定の人間に粘着されているのだと亀梨は理解したが、その頃にはもう全てがどうでもよくなっていた。

 

『自分以外、敵しかいない。そんなの寂しすぎるじゃないか……頼む、考え直してくれ』

 

 被害をまき散らす自分を最後まで心配してくれていたハンプの言葉が脳裏に過ぎる。

 

「は、はははっ……もう遅いんですよ……!」

 

 自分の夢も社会的信用も、全てを失った亀梨は涙を流しながら狂ったように笑ったのであった。

 




地獄のような回想も次回で最後になります!

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