Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【回想】水底へ沈む

 箱根タマが契約解除、竜宮乙姫が引退、その他数名のライバーの卒業。

 にじライブは想像以上にダメージを受けていた。

 しかし、ネット上で漫画家として有名になった亀梨花子の大炎上からのアカウント削除という流れによってにじライブの信用度は回復した。

 それでも、にじライブが失ったものは大きかった。

 

 一期生の竜宮乙姫。

 固定ファンが多い彼女の損失はにじライブに大きな穴を空けた。

 物申す系の者は手のひらを反すように真の悪が〝箱根タマ〟であると話題にした。

 にじライブと乙姫は被害者にすぎない。

 乙姫の裏アカウント騒動も、タマのなりすましであることが判明し、もはや乙姫に対する批判はほとんどなくなった。

 

「もう嫌なの! 画面の前に立つだけで苦しいの! コメントを見るだけで吐き気がするの! ……こんなことなら、テスターになんてなるんじゃなかった!」

 

 そう言って泣き叫んだ後、乙姫は会社も休業した。

 

 

 そして、一通り騒動も落ち着いたある日、かぐやは会社帰りに乙姫ではなくなった内海の住むアパートへと向かっていた。

 両手には栄養価の高い食品が詰まったビニール袋を抱えていた。

 インターホンを鳴らすと、今にも消え入りそうな声が聞こえてくる。

 

『……帰って』

「あれからろくな飯食ってへんのやろ?」

『……だったら何?』

 

 誰にでも優しく、穏やかだった竜宮乙姫とは思えないほどに底冷えした声。

 それに怯むことなくかぐやは内海に語りかける。

 

「飯作らせてや。前はよくウチやかっちゃんに作ってくれたやろ? お返しや」

『……いらない。帰って』

「おと――内海さんが入れてくれるまでウチはここを動かん。何日でも居座るで? 無断欠勤なんてしたらクビやろなぁ。ああ、その前に通報されるか」

 

 わざとらしいかぐやの言葉に、内海は渋々と言った様子でドアを開けた。

 

「……入って」

「おう、邪魔するで」

 

 いつもと変わらないように心がけながらかぐやは内海の部屋に入る。

 その目に飛び込んできたのは、綺麗好きの内海とは思えないほどに散らかった室内だった。

 服は脱いだまま床に乱雑に置かれ、インスタント食品の容器や空になったペットボトルも同様に散乱していた。

 内海自身も頬がこけ、目の下には深い隈が刻まれ、瞳には生気が宿っていなかった。

 何度も通いようやく部屋に入ることができたかぐやだったが、内海の状態はかぐやの想定を遥かに超える状態で良くなかった。

 

 もはや一刻の猶予もない。

 そう感じたかぐやは急いで部屋を片付け、料理を作った。

 かぐやがせわしなく動き回る中、内海はボーッと虚空を眺めていた。

 そうしてしばらく虚空を眺めていたかと思うと、おもむろにスマートフォンに手を伸ばす。

 

「あかんで、内海さん」

「離して」

「これ以上、掃き溜めのドブを摂取すんなや」

 

 アンチスレを開こうとした内海の手をかぐやが止める。

 真剣な眼差しで自分を真っ直ぐに見据えるかぐやを見て、内海は抑揚のない声で答えた。

 

「……わからないの」

「何がや?」

「ずっと応援してもらえてると思ってた。大切なファンだと思ってた。でも、ひどい言葉をぶつけてきて〝裏切られた〟って言われて、信じてもらえなかった」

 

 内海はタマの策略によって、いじめの主犯とされて炎上した。

 彼女の下にはひどい罵詈雑言が届き、エゴサーチしても多くの人間が彼女に不快感を示していた。

 

「なのに、タマちゃんの炎上があったら急に手のひらを返したように、タマちゃんを攻撃して、私を〝可哀そうだ〟って言うの。意味が分からないの」

 

 内海にとって、タマは可愛い後輩であり、これからもサポートしていきたいライバーだった。

 内海は理解していたのだ。

 多くの人間にはタマが猫を被り、聞こえのいい言葉を並べているだけに見えただろう。

 だが、タマの乙姫を慕う言葉に一切の嘘はなかったのだ。

 

「タマちゃんがあんなことしたのは私がいけないの。彼女の夢を応援するなんて言っておいて、適当な慰めの言葉をかけて、本気でサポートしてあげられなかった。自分の業務と配信が忙しいって言い訳して、後回しにしてたの。だから、あの子をあんなにしてしまったのは私なの」

「それは――」

 

 違うと否定しようとしたかぐやの言葉を内海が遮って告げる。

 

「違わない。少なくとも、あの子の漫画には情熱があった。それがわかってたのに、私は彼女の本気を蔑ろにしたの……それだけなら納得できたの」

 

 世間的に考えてタマのしたことは許されることではなく、企業としても視聴者としても忌み嫌われる行為だ。

 それでも、当の被害者である内海にとってタマは加害者ではなかった。

 

「でもね、ファンの人や関係ない人にまで叩かれて思ったの。正義の味方面してタマちゃんを叩いているこの人達の方がよっぽど邪悪だって」

 

 内海にとって真の加害者は、自分を攻撃していた癖に、今度はタマを攻撃している者達だった。

 

「乙姫……」

 

 かぐやはここにきて自分が〝竜宮乙姫〟を何も理解していないということに気づかされた。

 彼女にとってタマは、未だに〝大切な後輩〟だったのだ。

 内海が会社を休業し、ライバーを引退した理由。

 それは、タマに酷い目に遭わされたからではなく、自分を好きだというファンを信用できなくなったからだったのだ。

 言葉を失うかぐやに向けて、乙姫は涙を流しながら告げた。

 

「ねえ、もしもっと自由にライバーを全力でサポートする体制があればタマちゃんを救えたのかしら」

 

 内海は自分が忙しいからと言い訳して、ライバーのサポートを十分に行えなかったことを後悔していた。

 仕方がないことではあった。

 既に内海の仕事量はキャパシティーオーバーだったのだ。

 そんな状態がまかり通ってしまったのは。かぐやと勝輝がキャパシティーオーバーの仕事をこなせてしまったことも原因の一つだ。

 実際問題、二期生の中では十全なサポートの行われない運営側に不満の声を漏らす者も少なくはなかった。

 だからこそ、ライバーを全力でサポートしたいという思いは、内海の心からの願いとなっていたのだ。

 

「……それができたとき、あんたはついてきてくれるんか?」

 

 内海の言葉に、かぐやは瞳に決意を宿して内海を真っ直ぐに見据えて問う。

 

「ええ、もちろんよ」

 

 かぐやの言葉に内海は、久方ぶりに笑顔を浮かべて答えるのであった。

 

 こうして、勝輝やかぐやの奮闘により、にじライブプロジェクトは新たに〝にじライブ株式会社〟となった。

 勝輝が社長、かぐやがマネージャー陣や開発チームなどを含めた部署の長、内海を総務部の長として、稼働した新たなにじライブプロジェクトは何度も壁を乗り越えながらも、さらなる発展をしていくのであった。

 




ちょっとした補足ですが、

乙姫は基本的に自分が悪いと思って背負い込む性格です。
そのため、タマの凶行も自分が悪いと思っています。

しかし、自分を叩いていたのに、事実がわかると手のひらを反して自分を擁護してタマを叩いている連中を本気で〝気持ち悪い〟と思い、また自分の視聴者にもそういう人間がいたと理解して配信者として表に出るのが怖いという状態になっています。

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