年が明け、案件や企画なども一通り片付いたレオと夢美は実家へ帰っていた。
先にレオの方の実家に共に向かい、改めて恋人関係になったことを報告してから夢美の実家へ向かう予定だったのだ。
「というわけで、俺達付き合うことになりました」
「その、結婚も視野に入れてるので、改めてご挨拶に伺いました……」
レオと夢美は司馬家で付き合っていることを報告した。
その場にいたレオの両親と姉である静香は二人の話を聞き終えた後、きょとんとした表情で言った。
「「「えっ、今更?」」」
「何だよ、その反応は!」
「いや……」
「だって……」
「ねえ?」
「「えぇ……」」
呆れたような反応をされ、それなりに意気込んでいたレオと夢美は複雑な表情を浮かべた。
「ほーら、みっちゃん。このお姉さんが叔母さんですよー」
「あぅー?」
「お、叔母さんだよー。よろしくね、みっちゃん」
「きゃっきゃ」
静香は自分の娘を夢美の方へと近づけると、夢美は反射的に妹の由紀が幼かった頃のように接した。
娘がすぐに夢美に懐いて抱き着いたのを見て、静香は満足げな笑みを浮かべた。
「由美ちゃんはいい母親になりそうね」
「あ、あはは……」
静香の娘を胸に抱きながら、夢美は困ったように苦笑する。
「しかし、結婚となると時期を考えなきゃだなー」
「ねー、私達の場合は配信でも発表することになるだろうし、ライブとかイベントが集中してない日がいいよね」
「そのうち結婚記念枠とかもやることになるだろうしな」
「まあ、事務所と要相談だね」
「あんた達、もうすっかり配信者よね……」
自分達の影響力を理解した上で、結婚すらもエンタメに消化しようとしているレオと夢美を見て、静香は呆れたように笑った。
一通り司馬家で過ごしていた二人は、夢美の家の方にも挨拶に向かうことにした。
その道中、レオは夢美に神妙な面持ちで問いかける。
「なあ、由美子」
「どうしたの?」
「もし、俺が今もアイドルだったらこうして出会うことってなかったのかな」
それはもしもの話。
レオと夢美が再会できたのはにじライブのライバーになったからだ。
二人がライバーを目指さなければこうして出会うことはなかったかもしれない。
それでも、夢美は自信をもって答えた。
「たらればなんて言ってもしょうがないと思うけど……あたしはきっとどこかで出会ってたと思う」
夢美にとってレオとの再会は、まさに運命の再会だった。
その運命はちょっとした揺らぎで離れることはない。
夢美はそう確信していたのだ。
「私だけじゃない。きっと、優菜ちゃんとも出会えてたんじゃないかな。案外、世間って狭いし」
「それもそうだな」
同期が幼馴染であり、昔世話になった芸能界の大先輩の娘。
運命的な繋がりはレオも感じていたのだ。
「なんていうか、うまく言えないけど、こういうのってなるべくしてなっているんだろうな」
「そうかもね。てか、急にそんなこと聞くなんてマジでどしたん?」
あまりにも唐突な問いかけだったからか、夢美は怪訝そうな表情を浮かべた。
「結婚なんて昔は考えられなかったから、ちょっと感傷的になってたのかもしれないな」
「あたしだってそうだよ。昔はこうして最高の男捕まえられるなんて思ってもみなかった」
「いや、言い方」
「ふふっ、ごめんごめん」
悪戯っぽく笑うと、夢美はレオにつられるようにもしもの話を思い浮かべた。
「全員ライバーじゃなかったらどうなってたんだろうなぁ。拓哉はアイドルで、あたしはガラス清掃員、優菜ちゃんはピアニストみたいな?」
「俺はワンチャンそのまま居酒屋バイトかもな」
「お前李徴だからなー」
レオと夢美は楽しそうに、あったかもしれない世界の話を語った。
「「……もし、にじライブがなかったら」」
最初こそ楽し気に語っていた二人だったが、楽し気な〝もしも〟から、悲しい〝もしも〟へ話題は変わっていった。
もしも、夢美と方針の違いからずっとコラボできないままだったら。
もしも、林檎を救えなかったら。
もしも、まひると白夜が仲直りできなかったら。
もしも、真礼と仲直りできなかったら。
もしも、元STEPのメンバーと仲直りできなかったら。
もしも、元魔王軍のメンバーを救えなかったら。
言い出したらキリがない。
それでも、ネガティブな可能性も考えずにはいられなかったのだ。
「……この話やめない?」
「悪い悪い、何か今までのこと思い出したらつい、な」
夢美の言葉に、レオは苦笑して告げた。
「でも、辛いことだって今の幸せのためにあると思ったら無駄じゃないんだ」
「それは今が幸せだから言えるんじゃないの?」
夢美はレオほど前向きに物事を捉えられなかった。
それだけ、夢美の思い出には辛い出来事が多すぎた。
「ああ、いや。逆だな。辛かった過去を笑えるようになるために、今を精一杯に生きる、が正しいな」
「それなら何かわかるかも」
言い直したレオの言葉を聞いて、夢美はどこか納得したように頷いた。
「というわけで、これからも幸せに向かって一緒に頑張ろうぜ」
「……あんた、それ言おうとしてまどろっこしい話してたの?」
レオの言葉に呆れたようにため息をつくと、頬を染めながら笑顔で言った。
「ま、あたしはあたしらしく拓哉の隣で頑張るよ」
ちなみに、このあと司馬家と同様に挨拶を行った中居家でも、二人は今更何を言っているんだ、という顔をされるのであった。
「……もしも、あのとき……」
薄暗い部屋の中で、寂しげな声音で亀梨が呟く。
相変わらず部屋は散らかったままであり、その様相は以前よりも悪化していた。
まるで、片付ける必要などないと言わんばかりの潔い散らかり具合である。
亀梨は、カレンダーに赤ペンで書き込まれた予定の最後の部分を見て焦ったように呟く。
「……早いとこ乙姫を焚きつけないと間に合わなくなる。急がないと」
これまで、亀梨は思い通りに事を運んできた。
白雪林檎の卒業、異例のライバー復帰。
そのニュースを見たとき、亀梨は動き出した。
乙姫に接触したり、にじライブや周辺のVtuber企業の情報集めに勤しんだ。
全ては自分の目的を達成するために。
淀み切った瞳で亀梨は今日もペンタブを握る。
「……あとはあいつら次第だけど――おっ」
ひと段落ついたところで、亀梨のスマートフォンがなった。
画面に表示されていた名前は〝名板赤哉〟だった。