「環奈ー。お腹減ったー」
三箇日最終日。
林檎は年末年始の収録を終えたカリューを家に招いていた。
「……優菜。そうやってゴロゴロしてると太るわよ」
「へーきへーき、私太りにくい体質だしー」
「……栄養が胸に吸い取られてるのかしら」
ソファーにダラしなく寝転んでいる林檎を見てカリューは呆れたようにため息をついた。
それから、キッチンの方から温めなおしたお雑煮を持ってきたカリューは林檎の前に置いた。
「ほい、お雑煮」
「サンキュー」
目の前に置かれたお雑煮をおいしそうに食べる林檎を見て、カリューは穏やかな笑みを浮かべた。
「こんなに穏やかな三箇日は久しぶりかも」
「あー、環奈は忙しいもんねー」
カリューの忙しさは、海外ロケが多いこともありブラック企業も真っ青の忙しさである。
一年の半分以上を海外で過ごし、ドラマやバラエティー番組にも引っ張りダコ。
最近では、マネージャーの三島から、海外ロケの頻度を減らすように番組側に苦言が呈されたほどである。
「それだけじゃないわ。芸能界にいると、いろいろと疲れるのよ。やっかみは多いし、発言にも気をつけなきゃいけないからね。政治的発言で禁句を口にしたら一発レッドカードだし」
「うへー、よくパパはそんな環境でやってられるなー」
「タケさんは根っからの俳優だからね」
カリューの芸能界での苦労話を聞いて、林檎は改めて父である武蔵の凄さを思い知った。
それから、ふと将来のことについて不安が過ぎった。
自分はいつまでこのままライバーとして活動できるのか、ということだ。
Vtuber界全体でもかなり稼いでいる方だという自覚はある。
それでも、このままVtuber業界が衰退せずに、今の楽しい環境でやっていけるのかという不安はあったのだ。
「……カリューは将来のことって考えてる?」
「そうね、かなり先だけど将来的には女優業と歌手活動をメインにシフトしていく予定よ。いつまでも体を張るのは限界があるからね」
カリューはいつまでも現状の体当たり系アイドルとして活動することに限界を感じていた。
彼女の想定では四十代近くまでは今のままのスタイルで行けると思っているが、そこから先は未知の世界だった。
「そんな話するってことは、にじライブって経営やばいの?」
「いや、発表されてるとおり業績は右肩上がりだよー。だたVtuber業界が長続きするか心配でさー……」
時代の象徴となる流行も時代と共に廃れるのは世の常だ。
特にVtuber業界は数々の企業がプロジェクトを解体している。
世間では儲かる事業と言われているが、それはほんの一握り。
今この瞬間にも、電子の海にまだ知らぬVtuberが姿を消しているのだ。
企業所属とはいえ、不安はどうしても拭えなかったのだ。
「だったらさ、優菜が業界自体を引っ張っていくしかないんじゃない?」
「ほ?」
「廃れないように、新たな可能性を開拓し続ける。にじライブってそういう事務所でしょ。優菜に関してはピアノって最強クラスの武器があるんだから、大丈夫よ」
カリューの言葉に、最初は呆けていた林檎だったが、カリューの言葉で改めて自分の所属する事務所が規格外の存在であることを思い出した。
「そっか、そうだよねー……」
「それに心強い仲間もいるじゃない」
「仲間、か」
林檎の脳裏にレオや夢美をはじめとする同期のライバー、先輩や後輩、亀戸などの社員達の姿がよぎる。
その中でも、迷っていた頃の自分を気にかけてくれていた内海のことは最近、特に気にしていた。
自分が卒業から復帰したときも、内海は心底嬉しそうに迎え入れてくれた。
最近の内海の様子から、どこかライバーへの未練を感じ取っていた林檎は内海の力になりたかったのだ。
「ねー、芸能界を追われた人がU-tubeで成功してる理由って何だと思う?」
「そうねぇ……結局はその人のやることが面白いからじゃないかしら。完璧な人間なんていないし、その人の欠点に目を瞑ってでもついてきてくれるほどの〝何か〟があれば再起は案外できるものよ。動画配信者ってモラルが足りなくてもある程度は許してもらえるところあるし」
「私なんてモラル皆無だもんねー」
「いや、あんたはむしろダラしないように見えてしっかりしてるタイプでしょ……」
林檎に呆れたようにそう言うと、カリューは林檎の心情を汲み取った。
「もし、復帰したがっている人がいるのなら、過去の騒動に決着をつけるのが一番なんじゃない?」
「過去に決着ねー……」
竜宮乙姫に何があったかはカリューも林檎も知っている。
しかし、あれほどの騒動に決着をつけるとなると、元凶である箱根タマの存在が不可欠だ。
「なーんてね。未だに両親と距離をとってる私が言っても説得力ないんだけどね」
「環奈……」
カリューは忙しさを言い訳にして両親とは距離をとっていた。
林檎との中学時代に起きたことがきっかけで、カリューは両親関係に溝ができていた。
いくらアイドルとして有名になって稼げるようになったとしても、カリューの方はいまだに心に折り合いを付けられていなかった。
「優菜や矢作さんのことは恨んでない。でもね、私を信じてくれなかった両親には思うところはあるんだ」
元友人である矢作達に嵌められたとき、林檎に嫌がらせをした犯人としてカリューはいじめられることになった。
自分は嵌められた。
そのことを理解しているのはカリューのみで、両親すらも信じてくれなかった。
寂しそうな表情を浮かべるカリューを見て、林檎は決意を秘めた表情で立ち上がった。
「環奈、やっぱり決着をつけるべきだよ」
「優菜?」
「矢作さん達も集めてきちんと謝らせて」
林檎は自分がカリューの優しさに甘えていたことを恥じた。
たとえ自身も嵌められたのだとしても、けじめはつけなければいけないと思ったのだ。
そんな林檎の覚悟を聞いたカリューは目を泳がせた後、言い訳するように告げた。
「あー、でも、ごめん。私、そろそろ空港に向かわなきゃいけなくて……」
「じゃあ、帰国したら絶対に時間作って!」
「わ、わかったわ……」
久しぶりに見た林檎の真剣な表情に、カリューは気圧されように頷いた。
それから身支度を整えてキャリーバッグを手にすると、カリューは玄関で林檎に別れを告げた。
「それじゃ、いってくる」
「いってらっしゃーい」
林檎が扉を閉める際、カリューは思い出したように林檎へと告げた。
「にじライブの年始ライブ、絶対に行くから!」
「うん、最高のライブにする。だから、環奈もさっさとオーロラ撮って帰ってきなよー!」
こうして確かな約束を交わしてカリューはノルウェーへと旅立った。
旅立つ親友とお世話になった恩人を重ねると、林檎は信頼できる同期へと連絡をするのであった。