Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【二期生】かつての仲間達との契約

 

 亀梨は約束の時間通りにアルバイトの面接に向かった。

 場所は秋葉原にあるメイド喫茶〝Love and Peach〟。

 そこは赤哉と桃華、鶴野紫恩が働いているメイド喫茶だった。

 

「……バイトを紹介してくれるって話だったと思うんだけど」

「ええ、ですから僕達の店を紹介しているのですが?」

「アタシのビジュアルでメイド喫茶はキツイって」

 

 現在、三箇日ということもありメイド喫茶は閉店中だ。

 店舗の事務所でメイド服を渡された亀梨は複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「何を言ってるんですか。君なら化粧で何とかなりますよ」

「あんたねぇ……まあ、雇ってくれるのなら何でもいいけど」

 

 同期でまだ仲が良かった頃と変わらない態度の赤哉を訝しみつつも、亀梨は渋々メイド服を受け取った。

 

「それより良かったの? アタシを働かせれば店の空気悪くなるし、特定厨のせいで迷惑かかると思うけど」

「ああ、そちらに関しては解決済です」

「うぇ?」

 

 長い間、自分が抱えていた問題をあっさりと解決されていたことに亀梨は素っ頓狂な声を上げた。

 

「僕が昔世話になった刑事さんに頼んでサイバー局の方の力を借りたんです」

「ちょっと待って。何で元ヤクザのあんたが刑事と?」

「鬼島組の一部の人間はマル暴とたまに裏で情報共有することもありましたからね。その縁で仲良くなったんですよ」

「……ゲームだったら、そんな裏情報知ったアタシは明日にでも冷たくなってそうね」

 

 何なら今すぐにでも銃弾が飛んでくるのではないかと亀梨は身構えたが、当然現代の日本はそこまで物騒ではなかった。

 

「大丈夫、ムービー中に撃たれなければ死にませんから」

「龍如理論やめろ」

 

 おちゃらけた雰囲気の赤哉にツッコミを入れると、亀梨は真剣な表情で赤哉に問う。

 

「で、解決したっていうからには犯人も見つけたのよね。誰だったの?」

「浜野明子、君の友人だった女性だよ」

 

 赤哉の告げた人物。

 それは亀梨の元友人であり、乙姫の大ファンだった人物だった。

 

「……何となくそうじゃないかとは思ってたけどさ」

「タマのやったことを差し引いても浜野さんのやったことは度を過ぎている。君がきちんと被害を訴えれば――」

「やめとく」

 

 赤哉の言葉を遮ると、亀梨は肩を竦めた。

 

「アタシにとっちゃこれからの目的の方が大事だから。それ以外はもうどうでもいい。ま、カミソリ入りの封筒や虫の死骸が家に届くのはもう御免こうむりたいけどね」

「そうですか。では、彼女の件はうまいことこっちでやっておきます」

「頼むわ」

「それで本題ですが、乙姫さんの復帰に一役買ってくれるというのは本当ですか?」

 

 前置きが終わったことで、赤哉は早速本題に入ることにした。

 亀梨を呼び出した理由。

 それは竜宮乙姫を復帰させることに協力する代わりに、アルバイトを紹介するという交換条件のためだった。

 

「それがアタシにバイトを紹介する条件だったっしょ? 約束は守るって」

「こちらとしても、前科がある君をそう簡単には信用できない」

「別に信用なんてしなくてもいい。なんなら途中で切り捨てたって構わないわ」

「捨て身の姿勢、ですか。生憎、こっちはそういう上辺だけの協力関係は望んでいないんですよ。ついてきてください」

 

 一方的にそう告げると、赤哉は事務所から店内の方へと向かう。

 交渉が変な方向に転がりだしたと感じながらも、亀梨は渋々赤哉の後を追った。

 

「こっちはね、筋を通してもらいたいんですよ」

「んなっ!?」

 

 亀梨がメイド喫茶のホールに入ると、そこにはにじライブの二期生が集合していた。

 

「久しぶりだなァ、タマ……!」

「来たね、にじライブのユダ」

「なんかやっぱりその顔見てたらムカついてきたわね……」

 

 桃華を筆頭に一部の者はかなり殺気立っており、亀梨は反射的に自分が五体満足でここから帰れないかもしれないと覚悟した。

 

「えっ、何、アタシ死ぬの?」

「皆さん、落ち着いてください」

 

 赤哉は殺気立ったメンバーを諫めると、その場にいた全員に告げる。

 

「今日は乙姫さん復帰のためにタマを呼びました。今日は具体的な内容についてではなく、これからタマと協力するにあたって必要なことを話し合いにきました」

「話し合い、ね。悪いけど、その前にタマから言うことがあるんじゃないの?」

 

 赤哉の話し合いという言葉に眉をひそめた紫恩がタマに告げる。

 それに対して亀梨は涼しい顔をして答えた。

 

「まさか、今更謝罪しろなんていいませんよね?」

 

 亀梨の態度に殺気立つ二期生。

 その中でも温厚な笑顔を浮かべた瓜町瑠璃が亀梨に一歩近づいて諭すようにいった。

 

「タマちゃん、悪いことをしたら謝るのは当たり前のことだと思うの」

「あんたは笑顔なのに目が怖いんすよ……でも、逆に聞きますけど、アタシの謝罪を聞いたところで満足するんすか?」

 

 瑠璃の圧に怯みながらも、亀梨は呆れたように告げた。

 

「事務所に大打撃与えて大先輩を引退に追いやったゴミクズの謝罪なんて価値ないでしょ」

「タマちゃん、価値の問題じゃないと思うな。悪いことをしたらごめんなさいしなきゃ」

「はっ、まひる先輩は相変わらずっすね。子供じゃないんだから、そんな理論通るわけないでしょ。アタシのしたことは、もう謝るとかそういうレベルじゃない。だから、交換条件で乙姫の復活の手伝いを持ち掛けたわけ」

 

 悲しそうな表情を浮かべていたまひるを見て、一瞬苦し気な表情を浮かべると、亀梨は吐き捨てるように言った。

 

「違うぞ、タマ。謝って済む問題じゃないからこそ、最初に謝るべきなんだ」

「ハンプさん……!」

 

 まひると同様に悲し気な表情を浮かべているハンプを見て、亀梨はとうとう苛立ったように叫んだ。

 

「んだよ。さっきから謝罪謝罪って! 確かにあんたらはアタシのクソムーブの被害者だよ。そんなにペラペラな上っ面だけの言葉がほしいの!? そんなことのために――」

「いい加減にしなさい」

 

 パァン、と乾いた音が店内に響き渡る。

 

「タマ、あなたがいくら謝罪したところで私達はあなたを許さない。だから、安心して心からの謝罪をして問題ありませんよ」

「と、桃華……?」

 

 亀梨の横っ面を引っぱたいたのはかつて同期だった桃華だった。

 桃華は彼女本来の口調で呆けている亀梨へと告げる。

 

「目的を叶えるために乙姫さんの復帰を条件にバイト先を紹介、ね。あなたも嘘が下手になりましたね」

「な、何のこと……」

 

 全てを見透かしたような桃華の目を見て、亀梨は怯えたように声を震わせた。

 

「本当は、自分のせいで引退に追いやってしまった大好きな乙姫さんを復帰させたいのでしょう」

「大好きなんて大嘘よ……全部、演技だったんだから……」

「自分の本音がどっちかわからなくなった。だから芽生えた感情も偽物であると断定した。違いますか?」

 

 亀梨は箱根タマとしてデビューする際、友人の真似をして乙姫を慕っているように演じていた。

 しかし、自分すら欺くほどの演技は彼女の心を侵食していく。

 心優しい乙姫を演じるために、彼女の長所を探すために配信を穴が開くほど見た。

 普段どのような生活をしているか、雑談配信を参考にしたり、内海としてあったときも話を聞いたりしていた。

 とにかく乙姫の良いところを探し、その性格までも真似る。

 そんなことをしている内に、亀梨は本当に乙姫のことが好きになっていた。

 そんなこと、亀梨は認められるはずもなかった。

 

「違う……違う違う違う! アタシは誰かを尊敬なんてしない! いっつも自分以外を見下すクズでどうしようもなく性根の腐った人間なの!」

「いい加減、悲劇のヒロインぶるのはやめなさい!」

 

 桃華はいまだに怯えた表情を浮かべる亀梨を一喝した。

 

「あなたは自分がクズであることに存在意義を見出していた。だから、誰かに心を許す自分を〝偽物〟として見ないようにした。それがどんなに愚かなことか、あなた自身がわかっているでしょう?」

 

 亀梨はにじライブのライバーとして過ごす中で、多くの優しさに触れた。

 そのたびに温かくなる心を胸の奥にしまいこんでいたのだ。

 

 本当はどこかで思っていたのだ。

 この人達と一緒なら、いつか自分の夢も叶う気がする、と。

 周囲には漫画の登場人物よりもよっぽどぶっ飛んだ人間が多くいた。

 

 だというのに、亀梨はただ愚直に自分の思うようなありきたりな物語を描き続けた。

 当然、漫画は面白みがないものしか完成せず、社員として担当していた内海もあまりサポートができなかった。

 業を煮やした亀梨は、半ば八つ当たりをするように自分の地雷を踏んだ内海に敵意を向けた。

 見ないようにしていた乙姫に対する敬意も、好意も、塗り潰すような憎悪に支配された亀梨は凶行に出た。

 そして、全てを壊し、全てを失った。

 

「……私はあなたが気に入りませんでした。でも、手を伸ばしてきたのなら、それを振り払うつもりはありませんでした」

「俺も同じだ」

 

 桃華の隣に立つと、赤哉も真っ直ぐに亀梨を見据えていった。

 

「さっきも言っただろ。筋を通せってな。俺がお前さんに求めるのはそれだけだ。……同期なんだ、いい加減歩み寄ってくれないか?」

「桃、華……赤、哉……」

 

 心の奥底に芽生えた見ないふりをしてきた感情。

 それが一気に溢れ出す。

 

「ごめん、なさい……」

 

 亀梨の口からポツリと本音が漏れ出る。

 いつしか偽りの感情は本物へと変わっていた。

 それを偽物と断じて凶行に走った。

 その感情が本物であると気がついたとき、全てが遅かった。

 自分の愚行に対する後悔、因果応報としか言いようのない現状。

 

「アタシのせいで、事務所にもみんなにも迷惑をかけて……」

 

 亀梨が漫画家を夢見ていたのは本当だ。

 しかし、彼女が心から求めていたものは別にあった。

 

「本当に……本当に……!」

 

 それはあらゆるものの〝偽物〟として生きてきた自分にとって〝本物〟と思えるものだった。

 漫画を描く上で、亀梨は自分自身の絵柄で勝負をしていた。

 どうしても、そこだけは譲れなかったからだ。

 だが、漫画家にならなくても、既に彼女の欲した〝本物〟は傍にあったのだ。

 

 

 

「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛!!!」

 

 

 

 亀梨は涙を流しながら地面に頭を擦り付けてまで、心からの謝罪を行った。

 それを聞いた二期生一同は笑顔を浮かべて答えた。

 

 

 

『うん、絶対に許さない』

 

 

 

 口を揃えて全員が亀梨を許さないと宣言し、店を出ていく。

 赤哉は店のカギと、戸締りのマニュアルだけを亀梨の前に置くと、何も言わずにその場を去った。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 店内に一人残された亀梨はその場から動けず一人むせび泣く。

 押し込めていた後悔と罪悪感は留まることを知らず、絶えず彼女の心を蝕む。

 偽物だと断じていたものは本物になり、彼女が心から求めていたものはもう手に入っていた。

 だが、気づくには全てが遅すぎた。

 

 どんなに後悔したところで、時間が巻き戻ることはないのだから。

 




もしも、ライバー時代にタマは事務所のみんなに心を開いていたら林檎みたいな感じになってましたね。

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