Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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さて、長かった五章も終盤に差し掛かってまいりました。


【約束】たとえ離れていても……

 ついに、にじライブの中でも大規模な音楽ライブが開催される。

 このライブは日程が被らないように、暗黙の了解という形でVacterとは時期をズラして開催された。

 出演者は、一期生から三期生に加えて、バッカス、メロウという豪華なラインナップ。

 チケットは抽選での争奪戦になり、現地に行けるファン達は限られていた。

 このライブはネットでも生配信が行われる予定で、ネットチケットの方も飛ぶように売れていた。

 

「ごめんなさいね、協力してもらっちゃって」

 

 リハーサルを行っている中、乙姫はスタッフに紛れながらこっそりとレオと夢美に謝罪していた。

 

「何言ってるんですか。このくらいお安い御用ですよ」

「そうですよ。あたしもレオも気にしてないですよ。むしろ負担が減った分、一球入魂って感じです」

「ありがとう……あなた達のステージも楽しみにしているわ」

 

 乙姫は笑顔を浮かべると、自分に勇気を分けてくれた後輩達へ心から感謝した。

 

「そういえば、白雪さんはどこに?」

「さっき、カリューさんに連絡するって言ってましたよ」

「林檎ちゃん、カリューが見に来るってめっちゃ張り切ってたもんね」

 

 カリューは番組のカレンダー企画のため、ノルウェーへと赴いていた。

 彼女は、帰国後に林檎の晴れ舞台を生で見るという約束をしていたのだ。

 

「なんか、こう、自分のことじゃないのに嬉しいよな」

「ね。大変だったけど、最後まで林檎ちゃんを諦めなくてよかったって思うよ」

 

 レオと夢美は林檎がにじライブをやめた際に、彼女を復帰させるために奔走していた。

 こうして時を超えて再びカリューと固い絆で結ばれたことで、二人は改めて自分達の行動が間違っていなかったと実感していたのだ。

 

「本当、白雪さんが戻ってきてくれてよかった……」

 

 そして、乙姫は復帰してから破竹の勢いで活躍する林檎に勇気をもらった。

 デビュー当時から林檎を陰から見守っていて、何度もタマの面影を見た。

 そんな林檎が自分の本心に気づき、困難を乗り越えて同期と共に成長していく姿は乙姫にとって希望だったのだ。

 三人が喜びを噛み締めていると、カリューとの連絡が終わった林檎が戻ってきた。

 

「あっ、林檎ちゃ、ん?」

 

 しかし、レオ達の元へと戻ってきた林檎は悔しそうに唇を噛んで、拳を力強く握りしめていた。

 

「何かあったのか?」

「……カリューが来れなくなったって」

 

 感情を殺して絞り出した林檎の言葉に、その場にいた全員が凍り付く。

 

「天候のせいで飛行機が飛べなくなって、それで……」

「そんな……」

「……そっか、来れないのか」

 

 その瞬間、レオは自分にとって恩人である元マネージャーの三島もライブに来れないことを悟った。

 本番が始まるまでそう時間はない。

 三期生の間に落ち込んだ空気が流れ始めたとき、パァンと手を打ち付ける音で三人は音が発生した方を振り返った。

 

「三人共、起こってしまったことはどうしようもないわ」

 

 手を勢いよく叩いたことで、三人の注意を向けた乙姫はいつものふんわりとした表情ではなく、凛とした表情で告げた。

 

「過去と他人は変えられない。起こってしまったことはどうしようもないの」

 

 それは、半ば自分に言い聞かせるような言葉だった。

 

「でも、未来と自分は変えられる。だから、今できることを全力でやる。いつだってあなた達はそうしてきたでしょう?」

 

 乙姫の言葉に三人は、はっとした表情を浮かべた。

 

「カリューさん達にはメッセージを送りましょう。もちろん、番組で使えるように3Dモデルを使ってだけど」

「内海さん……いえ、乙姫先輩」

 

「「「ありがとうございます!」」」

 

 レオ、夢美、林檎の消えかけていた心の炎は火力を増して再び灯る。

 言葉一つで立ち直った三人を見て、乙姫は改めてこの三人が自分達の後輩になってくれてよかったと思うのであった。

 

 

 ……………………………… 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

 

 想定外のトラブルが起きた。

 巨大な嵐が迫っている影響で、帰国を延期せざるを得なくなってしまったのだ。

 

「すまない、カリュー。こんな大嵐、滅多にないんだが……」

「そん、な」

 

 その知らせはカリューにとって最悪なものだった。

 現地通訳の人間の言葉を聞いたカリューは膝から崩れ落ちた。

 

「にじライブの年始ライブ、絶対に行くって約束したのに……」

 

 自然と涙がこぼれ落ちていく。

 周囲のスタッフも、カリューが出国前から林檎の出演するライブを楽しみにしていたことを知っているため、痛ましい表情を浮かべていた。

 

「カリューさん、辛いけど嵐じゃしょうがないわ」

「しょうがないってなんですか! どれだけこの日を楽しみにしてたと思ってるんですか!」

 

 カメラはいまだに回ったまま。

 カメラの前では完璧にキャラを作っているカリューがここまで荒れるのは、滅多にないことだったのだ。

 それだけ、カリューにとって林檎との約束は大切なものだった。

 

「絶対に行くって約束したんです! ずっと、ずっとずっとずっと楽しみにしてたんです! お互いのライブ見て、感想言い合ったりして、やっと同じ目線に立って、対等に言い合える仲になれたんです! なのに、こんなの……嫌だよ……!」

「カリューさん、そうよね。親友のライブ、だものね」

 

 感情を押し殺して自分をなだめようとする三島を見て、カリューは気づいた。

 

「あっ、ごめんなさい……マネージャーもレオ君のステージ見れなくて辛いですよね」

 

 三島もまたレオの出演するライブを楽しみにしていたのだ。

 辛いのは自分だけじゃない。

 何とか精神的にかろうじて持ち直したカリューは、立ち上がって心を落ち着ける。

 

「とりあえず、林檎に電話してもいいですか?」

「一応さっき白雪さんのマネージャーさんには連絡しておいたわ」

 

 後々この場面が地上波で流れることも考え、三島は事前に林檎のマネージャーである亀戸に連絡を入れていた。

 カリューも三島の意図を理解して、電話をかける。

 

「もしもし?」

『あー、カンナ? どうしたのー?』

「ほ、本番前にごめんね。その……」

 

 約束したのに、ごめん。

 その言葉が出る前に、林檎はいつもと変わらない調子で続けた。

 

『マネちゃんから聞いたよー。ライブ来れなくなったんだってー?』

「う、うん、ごめん……約束したのに」

『仕事だからしょうがないってー。それにネットでも見れるし、生と変わらない感動を届けるから目を離すなよー』

「林檎……ありがとう」

 

 通話を切った後、カリューは気合を入れるように両頬を叩いた。

 

「さて、撮影もいろいろダメになっちゃったし、埋め合わせの企画やろっか! ライブが始まる前にちゃっちゃと終わらせちゃうぞー!」

 

 気合の入ったカリューを見て、スタッフは安堵のため息をついた。

 この後、カリューはトナカイの引くソリを乗り回す撮影を一発でOKを出して、再び待機所へと戻った。

 室内に入ると、ある動画がカリューの元へと届いた。

 

「っ、カメラさん、撮影お願いします!」

 

 自分が号泣していた様子も取れ高として納められていたことを理解していたカリューは、動画の差出人が林檎だと気づくと、即座にカメラマンにそう告げた。

 三島も呼び、カメラが回っていることを確認すると、一瞬でアイドルとしてのスイッチを入れた。

 

「なんか、撮影終わったら動画が届いてたんだよね。マネージャー何か向こうに頼んだ?」

「いや、私は何も頼んでないけど……」

「とりあえず、再生しよっか!」

 

 カリューが動画を再生すると、そこにはレオ達三期生が3Dモデルの状態で立っていた。

 

『カリューさん、こんばん山月! 獅子島レオです。あっ、俺のアイドル時代のマネージャーも見てますかね? 当時が霞むくらい最高のライブにしますんで見ててください!』

 

『カリュー、こんゆみー! あたし達の雄姿見ててね! 初手からアドリブ入れて大暴れしてやるから!』

 

『おはっぽー。カンナ、見てて。私達はバーチャルライバーだから、どこにいようと最高のライブを届けてみせるから』

 

 レオ、夢美、林檎からの励ましのメッセージ。

 本番前で忙しい時間だというのに、わざわざこのためだけに3Dモデルを使用して届けられたメッセージにカリューは涙を零した。

 

「林檎……みんな……!」

「レオ君も、立派になっちゃってもう……!」

 

 カリュー、三島共にメッセージを見て号泣する様子は後に地上波で放送され、改めてレオ達三期生とにじライブの評判を世に知らしめることになるのであった。

 


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