夢美はステージに立ち、これまでのことを振り返る。
小学校でレオや真礼と出会ったこと。
周囲の悪意によってその関係が崩れ去ったこと。
母が再婚し、かわいい妹ができたこと。
勝手に疎外感を感じて距離を置いたこと。
過酷な労働環境で働き、生きがいもなくただ過ごすだけの日々。
まひるという〝推し〟に出会い全てが変わった。
意味を見出せない日々は終わった。
自分もそちら側へ行きたい。
今でも面接時にどうして自分が受かったのかはわからない。
そうして、レオと再会した。
デビューしてからも自分達の道のりは苦労の連続だった。
早々に自分の化けの皮は剥がれた。
レオは実力を発揮できずに燻っていた。
林檎はカリューや両親との問題で苦しみ、事務所を辞めた。
一難去ってまた一難。
壁を乗り越えてもまた次の壁が立ちはだかる。
でも、それはきっと誰もが同じなのだ。
「好きになって~♪ もっと! 私を~見て~♪ もっと!」
[やっぱりハニワできたか!]
[てっきりまにまに歌うと思ったんだけどな]
[ファンサはバラギにピッタリなんよ]
夢美は想いを込めて歌う。
ここまで来れたのは、同期、事務所、友人、家族、そしてファンの支えがあったからだ。
普段は視聴者と喧嘩のようなやり取りをすることも少なくない夢美だが、それは視聴者の愛と夢美の理解あってのプロレスだ。
普段は口にできないからこそ、夢美は歌という形で妖精達へとファンサをするつもりだったのだ。
だが、会場やスタッフ達がざわついていることに気がついて、夢美は辺りを見渡した。
そこで気がついた。
現在、会場には自分の声しか届いておらず音楽が流れていなかったのだ。
この音響トラブルにはさすがの夢美も歌うことをいったん中断せざるを得なかった。
[機材トラブルか?]
[バラギめっちゃ慌ててる]
[不憫……]
音響トラブルという不測の事態に夢美はパニックになりかけた。
それはただ自分のステージが台無しになるかもしれないから、という理由だけではない。
わざわざ自分とレオの枠を減らしてまで用意した枠。
ただでさえ時間が押している状況で、時間を空けることはできない。
夢美は混乱したまま、助けを求めるようにステージ脇へと目をやる。
「――――っ」
そこにはほとんどの人間が自分を心配するように見つめていた。
当然である。唯一のソロパートがお釈迦になりそうなのだ。
先輩も後輩も林檎も、夢美を心配そうに見つめる中、レオが――レオだけが腕を組み堂々とした姿で夢美を真っ直ぐに見据えていた。
まるで、心配など欠片もしていないその姿を見て、夢美は落ち着きを取り戻した。
そして、最愛の恋人の真似をして獰猛な笑みを浮かべてマイクを強く握りしめた。
「お前らァァァァァァ!」
[!?]
[なんだなんだ]
[鼓膜ないなった]
突如大声で叫んだ夢美に、会場もコメント欄も困惑する。もちろん、スタッフも出演者達もだ。
夢美は自分の枠がトラブルがあろうと、このまま流れることを理解していた。
ならば、せめて会場が自分への同情で盛り下がることだけは避けなければいけない。
この後に控えているのはレオだ。
せめて自分が繋ぎさえすればどうとでもなる。
「喜べお前ら、今までもこれからもやる予定のなかったあたしのアカペラが聞けるぞ!」
『おぉ!?』
[ファッ!?]
[まさかこのまま歌う気か?]
[バラギ、あんた漢だぜ……]
それはレオへの絶対的な信頼があったこそ取れた決断だった。
『バーラギ! バーラギ! バーラギ! バーラギ! バーラギ!』
[バラギ!]
[バラギ!]
[バラギ!]
会場には溢れんばかりのバラギコール。
音楽もないまま、夢美はファンの合いの手と共に歌い出す。
「好きになって~♪」
『もっと!』
「私を~見て~♪」
『もっと!』
時折観客側へとマイクを向けたり、パフォーマンスを挟みながら見事に歌い上げていく。
「ファンサしちゃうぞ(・ω<)」
『バラギ! バラギ! バラギ! バラギ! バラギ!』
[バラギ!]
[バラギ!]
[バラギ!]
[これは最高のファンサ]
[三期生がバケモノと呼ばれる所以]
こうして音響トラブルがあったのにも関わらず、夢美は通常時以上のパフォーマンスを見せた。
ステージから降りると、そこには感動して涙を流す者、夢美がステージを盛り上げて安堵している者、そして夢美の成功を信じて疑わない者がいた。
「………………」
「………………」
二人の間に言葉はない。
しばらく視線を交錯させると、二人はお互いに歩み出す。
「任せた!」
「任された!」
バチン、と小気味良いハイタッチの音と共にレオがステージへと向かう。
「たぁ――――! てぇてぇぇぇぇぇぇ!」
レオと夢美のハイタッチを見た林檎は地面に倒れ込んで手足をバタバタと暴れさせる。
それを見て夢美は呆れ交じりにため息をついて林檎に話しかけた。
「林檎ちゃん、どうだった?」
「にひひっ、最っ高のステージだった!」
夢美の問いに、林檎は眩い笑顔で答える。
その間にも、スタッフの必死の努力は続く。
何とかレオの繋ぎのトークが終わる頃には、音響トラブルは解決するのだった。
「ねえ、林檎ちゃん」
「ん、どったの?」
夢美は心底楽し気にレオのステージを眺めながら林檎に話しかける。
それはほとんど独り言のようなものだった。
『お前ら! 夢美があそこまでのパフォーマンス見せたんだ! 俺も――そしてお前らも負けてられないよなァ!?』
『当たり前だァ!』
『全力でいくぞ! Sun Gets Kick!』
『うおおおおおおお!』
レオは会場を煽って最高潮に高まったボルテージをさらに引き上げる。
『暗い夜道を~照らす月のように~♪ 導かれてさ~♪ 気がつけば、また夢を見ている♪』
[Sun Gets Kickきちゃ!]
[神曲]
[喉からCD音源以上]
[レオ君ほど山月記が似合う人間もいない]
レオにとって再出発のスタートラインへ立った曲。
それをレオは残った体力の全てをつぎ込む勢いで歌っていた。
『臆病な自尊心、捨てられず、立ち止まっても~♪』
『何も得られないよ、きっと~♪』
『let’s step up Sun Gets Kick!』
夢美はレオのパフォーマンスを目に焼き付けるように食い入って見ながらも、言葉を続ける。
「あたしさ、レオと付き合ってるじゃん?」
「うん、この前聞いたねー」
『受け入れられずに~♪ 意地ばっか張っていた~♪』
『茨の道を進め~♪ 覚悟はもうできている~♪』
「本当はもっと恋人らしいことしよっかなぁって思ってたんだけど、正直前からやってること変わらないし、このままゴールしちゃってもいい気がするんだよね」
「えっ、それって!?」
『さあ、眩い光に手を伸ばせ!』
夢美は物凄い勢いで詰め寄ってくる林檎に揺さぶられながらも、最後まで最愛の恋人の雄姿を目に焼き付けるのであった。