Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【NO NAME】本物

 

 乙姫の復帰配信は同時接続数20万を超える快挙を果たした。

 それだけ乙姫が引退に追い込まれた事件はVtuber史でも大きな事件だったのだ。

 復帰した乙姫を視聴者である〝浦島さん〟達は温かく迎えた。

 これで乙姫は過去の汚名を返上して、みんなが幸せなハッピーエンド――になることを乙姫は望まなかった。

 

「ホント、お人好しなんだから……」

 

 乙姫の復帰配信を見終えた一人のイラストレーターは呆れたようにため息をついた。

 復帰配信で、乙姫はタマの起こした一連の事件に触れた。

 

『私がライバー活動を辞めることになったきっかけ。それはみなさんもご存じだと思いますが、箱根タマさんとのいざこざです』

 

[それ話して大丈夫なの?]

[あれは嫌な事件だったね……]

[マジであいつは許さん]

[姫ちん辛かったね]

 

 乙姫がタマの話題に触れたことで、浦島さん達の間には困惑、怒り、同情など様々な感情が渦巻いていた。

 

『あっ、事務所からは許可はもらっているから大丈夫よ』

 

[さすがにじライブ]

[普通話せないことの方が多いだろうに]

[それだけ姫ちんの復帰はでかいってことだろ]

 

 予め事務所に許可をもらっていると断りを入れてから、乙姫は自分が社員であることを伏せて何があったかを語った。

 タマが行った凶行だけではなく、乙姫は彼女の抱えていた苦悩や思いも合わせて話した。

 勢いのあるタマはやっかみを受けやすい立場にいたこと。

 タマが漫画家という夢をとても大切にしていたこと。

 事務所のサポートが行き届かずにタマの気持ちを蔑ろにしてしまっていたこと。

 

『タマちゃんのしたことは許されることじゃない。でも、私はタマちゃんを恨んではいないの。私が活動を辞めたのは、私を攻撃していたと思ったら、手のひらを返したようにタマちゃんを攻撃した人達を心から気持ち悪いと思ったからなの』

 

[クソ箱恨んでないとかマジ?]

[いやいやいや]

[確かに手のひら返しして叩いてる連中はキモかった]

[あれこそVの闇]

[でも、昔のにじライブってブラックな体制だったらしいな]

[スタッフと思って声掛けたら床で寝てるかっちゃんだったって話すこ]

 

 浦島さん達は思い思いの反応をするが、その反応はまばらである。

 少なくともタマに対して好意的なコメントは見受けられない。

 

『今回、ライバー活動に復帰するにあたって私はタマちゃんと会ってきたの』

 

[ファッ!?]

[マジで!?]

[まだ生きてたんだ]

 

 乙姫がタマと会った。

 その言葉の衝撃は裏の事情を知らない者からすれば計り知れないものだろう。

 

『彼女は漫画家として一時的に有名になったこともあって、身バレの影響でまともに就職もできずにバイトも転々としてたわ。それこそ家には虫の死骸や剃刀入りの封筒も届いてたくらいだったの。はっきり言ってやり過ぎなんてものじゃないわ』

 

[そんなにやばい状況だったのか]

[悪いけど、可哀そうだとは思えない]

[姫ちん、もしかして怒ってる]

 

 画面越しでも伝わる乙姫の怒気。

 それは普段の優しく何でも許してくれそうな乙姫が配信上で初めて見せる〝怒り〟だった。

 

『彼女は私に誠心誠意頭を下げてきた。そして私はそれを許しました。彼女は十分すぎるほどに報いを受けた。これを〝残当〟なんて思う人こそ私は許せない』

 

 有無を言わせない空気を出しつつも、乙姫は最後にこう告げた。

 

『私がライバー活動を辞めたのはきっかけはタマちゃんだけど、追い込んだのは正義の味方のふりをした悪者です。私はみんなにそんな気持ち悪い存在になってほしくない。だから、彼女を許してほしいとは言わないけど、私のためだからとタマちゃんを攻撃することは金輪際やめてください。それだけはどうか私の我儘として聞き入れてもらえないでしょうか……!』

 

 乙姫のこの言葉によってVtuberのファンやアンチという存在がいかに表裏一体であるか、改めて考えさせられることになった。

 結果的に、乙姫がタマを許したことは彼女のぐう聖エピソードに刻まれることになったのだが。

 そして、許された〝タマ〟は新たな一歩を踏み出すために散らかりきった部屋を掃除していた。

 

「ふぅ……こんなもんかな」

 

 ゴミが散乱した床はすっかり綺麗になり、雑巾がけをしたことで蛍光灯の光を受けて輝いていた。

 切れかけていた蛍光灯も新しいものに替わっており、部屋も以前より明るくなっている。

 相棒ともいえるペンタブも綺麗に拭かれ、食べカスや汁のはね跡はどこにも残っていない。

 赤ペンでびっしりと書き込まれ、一月で途切れていたカレンダーも壁にはもうかかっていない。

 

「やば、そろそろ時間じゃん」

 

 予約していた美容院の時間が近づいていることに気がついたタマは慌てて部屋を飛び出した。

 美容師の会話を適当に相槌を打ちながら聞き流し、仕上がりを確認するとタマはその足で新たな職場へと向かう。

 

「う……やっぱ前髪短く切りすぎたかも」

 

 途中、建物のガラスに映る自分の姿を見てタマはため息をつく。

 目元まで隠れるような長さの前髪はバッサリと切られ、クマとそばかすの目立つ顔が露わになる。

 自分で選んだとはいえ、元々のコンプレックスはそうそう拭えるものではない。

 

「メイクで誤魔化すしかない、か」

 

 自分に言い聞かせるように呟くと、タマは気合を入れるため両頬をパンと叩いた。

 

「よし!」

 

 今日が新たな人生の第一歩だ。

 自分の罪を背負い、それでも前を向いて歩いていく。

 決意を胸にタマは大きな一歩を踏み出した。

 

「ん?」

 

 職場である秋葉原へ向かう途中、タマは歩道橋の下で花束を抱えて俯いている女性がいることに気がついた。

 最近、歩道橋から無職の男性と会社員の女性が転落死する事件があったことを思い出し、花束を持っている女性が遺族なのだとタマは理解する。

 涙を流し、その場から動けなくなっている女性を見てタマは思う。

 もし、自分があのまま突き進んでいたのならば、花束を持った女性のように悲しんでくれた人間はいただろうか、と。

 

 答えは言うまでもない。

 自分のようなどうしようもないクズでも悲しむ人間はいる。

 だから、自分を軽んじるやり方ももうしない。

 尊敬する先輩が〝自分を傷つけるような行動をとらないこと〟を条件に勇気を出して復帰したのだ。

 それを破るつもりは毛頭なかった。

 タマは事故現場の前で顔も知らない死者二人へ黙祷をささげると、職場へと急いだ。

 

「おっ、タマ髪切ったんだ。そっちのがいいじゃん」

 

 職場であるメイド喫茶に到着し、タイムカードを切って更衣室に入ると、そこにはメイド喫茶のチーフである鶴野紫恩こと長野美帆がいた。

 二期生のライバーでもある彼女は当然タマのことを許していない人間の一人だ。

 

「いや、タマって……」

「少なくともここではタマでしょ?」

 

 タマはメイド喫茶で使う名前を決める際、タマという名前を使用することにした。

 これにはタマという名前が持つ罪を背負い続ける、そんな理由があった。

 

「あの、チーフ……今日は早退させてもらうので……」

「聞いてるよ。事務所いくんでしょ」

 

 紫恩は苦笑すると、タマを安心させるように告げた。

 

「一応、顔腫れると仕事に影響出るから殴るならボディにしといてってバンチョーには言っといたから安心しな!」

「どこに安心できる要素があんの――あるんですか」

「敬語なんて使うなよ、気持ち悪ぃ。昔と同じでいいよ」

「……いいの?」

「もち!」

 

 サムズアップする紫恩を見て、タマはふっと力を抜いて笑った。

 

「ありがと、紫恩先輩」

「ここでは〝みほりん〟だっての」

「よーっす! 二人共早いな!」

 

 タマと紫恩が着替えながら話し込んでいると、ちょうど桃華が出勤してきた。

 

「あっ、〝セーラ〟遅刻だよ!」

「悪ぃ悪ぃ、ちょっと寝坊してな」

 

 悪びれることなくそう言うと、桃華はタマの方を見て笑顔を浮かべた。

 

「へっ、似合ってんじゃん」

「アタシは切りすぎだと思ったんだけど……」

「前髪パッツンのそばかすは案外イケルぜ?」

 

 そんなやり取りをしながら着替え終わり、更衣室を出ると赤哉がモップを持ってため息をついていた。

 

「三人共、僕にホールの清掃までやらせないでくださいよ」

「ああ? いいじゃん。こっちは女子だぞ。着替えには時間がかかるんだよ」

「だったら、もっと早く出勤してください」

 

 いつものように口論を始める赤哉と桃華を見て、タマは自然と笑顔になっていた。

 

「ああ、タマ。その髪型、似合ってますね」

「うん、ありがと」

 

 昔のような関係には戻れない。

 それでも、罪を背負いながら一歩ずつ確実に掴むべき幸せに向かって歩いていく。

 それが自分にできることだから。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 

 メイド喫茶〝Love and Peach〟の新人メイド〝タマ〟。

 そして、にじライブ専属イラストレーター〝NO NAME〟。

 

 偽物という鎖から解放された彼女の新たな本物の人生が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、翌日タマが出勤した際、彼女は苦しそうにお腹を押さえながら出勤した。

 

「……マジで全力のボディブロー叩き込まれるとは思わないじゃん!」

 

 そうぼやきつつもどこか満足げな表情を浮かべるタマなのであった。

 




これにて5章は完結となります!

次の6章ですが、投稿までに一週間ほどお休みをいただきます。
それまでどうかお待ちください。
何卒、宜しくお願い致します。

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