「――というわけで、俺にアドバイスをくれ!」
昼下がりのカフェ。
スター・バッカスこと酒井剛の経営する店舗で、レオは呼び出した元STEPのメンバー慎之介、良樹、三郎へ頭を下げていた。
その姿はかつてトップアイドルと持て囃されたシバタクとは思えないほどに情けない姿だった。
「いや、相談相手間違ってるだろ……」
そんなかつての仲間を冷ややかな目で見ながら、良樹は呆れたように呟く。
「僕達全員未婚者だよ?」
「……彼女もいたこともない」
良樹に続くように慎之介と三郎も苦笑しながら告げた。
「嘘だろ!? 彼女いないことなんてないだろ!」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
二十代半ばで彼女のいない男性はこの世にごまんといる。
レオの発言は喧嘩を売っていると取られても仕方のない発言だった。
もちろん、レオは元アイドルで世間一般的にイケメンと称される三人が独り身であることに驚いていただけなのだが。
「……拓哉が恋愛なんてプロ意識に欠けるなんて吐き捨てるように毎日言ってたから、そういう気分になれなかったんだよ」
「特にアイドル時代はねー」
「別にお前のせいにするつもりもねぇけどよ」
「いや、ホントごめん……」
間接的に自分のせいで独り身でいる三人にレオは深々と頭を下げた。
「で、由美子ちゃんにプロポーズしたいから意見を聞かせろ、だっけ?」
「ああ、ぶっちゃけお互いに結婚は念頭に置いて付き合ってるから問題はないと思うんだが、何分どういうシチュエーションがいいのかわからなくてな」
レオと夢美は付き合う上で、結婚をきちんと視野にいれていた。
お互いの気持ちを知っているということもあるが、職業柄ただ付き合うだけという責任の生じない関係のままでいることを望まなかったのだ。
「だったら、尚更俺らじゃ力になれないだろうに」
「こういう大事な相談するならお前らがいいかなって……」
レオとしては、芸能界という地獄のような環境で苦楽を共にしてきた仲間であり、今の事務所とは関係のない慎之介達だからこそ相談を持ち掛けたのだ。
「ま、頼りにされるのは悪い気はしねぇな」
レオに頼りにされていると理解した良樹は満足そうに笑みを浮かべた。
そして、レオのプロポーズ大作戦が始まるのであった。
「やっぱプロポーズと言ったらあれだろ? 給料三ヶ月分の指輪だよな」
「ちなみに拓哉君の月給っていくらくらい?」
「そうだな。確か――」
レオは素直に現在の月収を口にした。
「「「なっ!?」」」
レオの口にしたとんでもない金額を耳にした三人は驚きのあまり固まることになった。
「Vtuberってそんなに儲かるのか!?」
「まあ、動画サイトの広告費でそれなりにもらえるし、事務所や動画サイトに手数料とか持ってかれるとしてもスパチャはエグイ額もらってるし、メンバーシップの月額五百円も地味においしい。あと、俺の場合はオリジナル曲の作詞とかで印税も入るし、グッズやボイスの売れ行きもいいからな。それに結構おいしい案件も回してもらってるのもでかい」
レオはにじライブの中でも多方面に活躍していた。
そのため、大卒の初任給くらいだった月収は一気に跳ね上がっていたのだ。
「おいおい、この額で三ヶ月分の指輪とかどうなっちゃうんだよ」
「いやいや、あれって金額を月額換算しただけだと思うよ」
レオから告げられた金額にパニックになっている良樹に、新之助が冷静にツッコミを入れる。
「……婚約指輪なんて拓哉からしたら端金で買える」
「端金ってお前……まあ、無駄遣いは避けてるからあながち間違いでもないけど」
レオは生活にだらしないライバーの中でも珍しくしっかりしているタイプだった。
にじライブのライバーには、スケジュールや金銭に関してだらしない人間が多く存在する。
夢美やレインのようにガチャに平気で十万円単位の金額を投入する者。
二期生の瑠璃やまひるのように生活自体がだらしない者。
林檎や紫恩のように実家が太いために金銭感覚が元から狂っている者。
まともな人間として例に挙げられるのは、意外にも桃華だった。
表では狂人代表のような桃華だが、その実彼女は裏では礼儀正しく金銭周りのこともしっかりしていた。
他には赤哉やバッカスのように苦労を経験しているライバーは例にもれずしっかりとしていた。
レオもこちらの分類に当てはまるタイプだったのだ。
「金はいくらあっても、大事なのは気持ちだからな」
「かぁー! 一度は言ってみてぇよ、そんな台詞」
「でも、由美子ちゃんってお金大好きだし、お金をかけるのも一つの気持ちなんじゃない?」
「……確かにあの子は銭ゲバ」
この場にいないことを言いことに酷い言われようである。
慎之介にも三郎にも悪意はない。
それだけ夢美が金銭に執着していることが周知の事実ということだ。
「まあ、記念枠の概要欄に〝集金枠です〟なんて書けばそうなるわな」
夢美は記念枠を開くと決まって概要欄に〝集金枠です〟とだけ記載することが多かった。
他のライバーならば炎上の一つでもしそうなものだが、夢美の場合は欲望を前面に出したその飾らない姿勢が好まれている傾向があるため、そういったことをしても逆に好感を持たれていた。
「高級レストランで夜景を見ながら指輪を取り出すとか?」
「海で水平線に沈む夕日をバックにプロポーズだろ!」
「……車のトランクにいっぱいの花束を詰めるとか?」
「どうだろうなぁ……あいつ、そういうテンプレ染みたの嫌いそうだし」
慎之介達からいくつか案が出るものの、どれもしっくりこない。
こうしてかつてトップアイドルだった四人は、揃ってプロポーズのシチュエーションで悩むことになるのであった。
それからしばらくして、テーブルに追加で注文されたチーズケーキがコトリと静かに置かれた。
頭を悩ませていたレオが店員の方を振り返ると、そこにはアルバイト中のつばさがウェイトレスの制服に身を包んで立っていた。
「バ――由美子ならロマンチックな方が喜ぶと思うよ」
つばさは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、悩んでいるレオ達へとアドバイスを送った。
「翔子、お前由美子と仲良かったっけ?」
「別にぃ? ただあっちが一方的に絡んでくるから覚えただけ」
「珍しいな。由美子ってほとんど自分から人に関わろうとしないタイプなのに」
夢美は自分からコラボを持ち掛けることはほぼない。
基本的に受け身な夢美は積極的なレオや林檎の誘いや、夢美を誘う者達からのコラボの打診があったときは快く引き受けるが、自分から行くことはまずなかった。
そんな夢美が表でも裏でも関係を持ちたがるのが、つばさだった。
「何か気に入られちゃって」
実のところつばさもまた夢美のことは気に入っていた。
自分達を救い出してくれた恩人の一人ということもあるが、それだけではなく素直に彼女のサバサバとした性格を気に入っていたのだ。
もちろん、それを正直に言うと夢美が調子に乗る上に、レオと夢美の関係に複雑な思いがあるため、いつもそっけない態度をとっているのだが。
「由美子は白馬の王子様に憧れるタイプではあるけど、白馬の王子様が嫌いな面倒くさいタイプだよ」
「な、何じゃそりゃ……」
つばさの矛盾している発言に、良樹は訝し気な表情を浮かべる。
「ロマンチックな状況に憧れはするけど、実際にロマンチックな状況は嫌いってこと?」
「……至極面倒くさい」
夢美の思考がわからず、慎之介と三郎も混乱し始める。
そして、夢美をよく知るレオもまた思考のドツボにハマりだした。
「意図的にロマンチックな状況になるのが嫌ってことか? いや、でもツウィッターでよくロマンチックなシチュエーション好きとか言ってるし、そのあとには現実見て泣きそうになってるけど……」
「お兄ぃ」
混乱している男共をスルーして、つばさはレオを真っ直ぐに見据えて告げた。
「由美子は〝自分だけの白馬の王子様〟を待ってるんだよ」
「つまり……?」
「はぁ……プロポーズすることばっかに気をとられすぎ」
呆れたようにため息をつくと、つばさはそそくさとその場を後にして他の客の接客に向かってしまった。
「うーん、こうなったら由紀ちゃんや由利子さんに相談してみるか」
「おい、俺らを呼んでおいて結局それか!」
自分達のアドバイスが何の役にも立たないことが判明し、良樹は不満をレオにぶつけた。
そんな良樹を窘めるように、慎之介と三郎は笑顔を浮かべて言った。
「まあ、いいじゃない。こうしてまた四人で集まれたんだから」
「……せっかくだし、今後の打ち合わせもしよう」
「そうだな、レコード会社の方は難しい顔してるけど不可能じゃない」
「へっ、その言葉を待ってたぜ」
「だね、やっぱり拓哉君はそうでなくちゃ」
「……事務所は協力的なのもありがたいね」
四人は笑い合うと、話題を自分達の今度へと移した。
「そんじゃまあ、〝RE:STEP〟結成に向けて話し合いますか!」
「「「おう!」」」
余談だが、四人の言葉がしっかり聞こえていたつばさはその夜興奮して眠れなかった。