レオと夢美は乙姫に呼び出されて秋葉原へとやってきた。
夢美も一緒にいるのは、乙姫が冷凍ミカンの話をするのならば夢美もいた方がいいと判断したからだ。
秋葉原に到着した二人は、待ち合わせ場所であるメイド喫茶を見て足を止める。
「〝Love and Peach〟って確か……」
「美帆さん、智也さん、聖羅さんが経営してるメイド喫茶だったな」
二期生の先輩ライバー三人が経営しているメイド喫茶。
レオは先日の乙姫の様子から、内密な話をするためにライバーが経営する店を待ち合わせに選んだのだと推測した。
店はもう閉めているようで〝close〟の札が掛かっていた。
「「お邪魔しまーす……」」
「お帰りなさいませ――じゃない。すみません、お客様。本日はもう閉店しておりまして……」
恐る恐る店内に入ると、そばかすと切り揃えられた前髪が特徴的なメイドが二人を出迎えた。
「いや、今日は内海さんとの待ち合わせで来たんです」
「えっ!? じゃあ、もしかして」
「はい、司馬拓哉と言います」
「あ、あたしは中居由美子です」
「そっか、あんた達が三期生のレオとバラギか。アタシは亀梨花子。二人には箱根タマって言った方がわかりやすい?」
レオ達が自己紹介をすると、メイド――タマは優雅にスカートを摘まんでお辞儀をした。
「あなたがあの……」
「そ、裏切り者のタマ。乙姫先輩の復帰のときはいろいろ世話になったわね。案内するわ、乙姫先輩が奥で待ってるから」
自嘲するように笑うと、タマは二人を連れて店の奥の方へと案内した。
「二人共、お疲れ様。収録後で疲れているのにごめんなさいね」
「「いえ、わざわざありがとうございます」」
「お礼なら紫恩ちゃん達に言ってね。今日は無理を言って閉店後にお店を使わせてもらってるから」
全員が席に着いたことを確認すると、タマは慣れた手つきで注文を取ってキッチンの方へと向かった。
「閉店後なのに、注文受けてくれるんですね」
「みんなは最低限の閉店処理して帰っちゃったみたいだから、残ってるのはタマちゃんだけなの。あの子も今回の話には関わってくるから」
しばらくすると、タマが全員分の飲み物を用意してキッチンから戻ってくる。
タマも席に着いたことで、夢美ははやる気持ちを抑えきれずに乙姫に尋ねた。
「あの、やっぱりミカンちゃんに何かあったんですか?」
夢美にとってミカンはリスナーであり、同じ配信者であり、気の合う友人でもあった。
そのミカンと連絡が取れないとあって、不安は募るばかりだったのだ。
「結論から言うと、冷凍ミカンさんとのコラボは今後不可能になったということになるわ」
告げられた乙姫の言葉にレオも夢美も心のどこかでは理解していたのか、顔を俯かせる。
「彼女はSNSの更新が一切止まっていて、事務所に所属しているわけでもないから連絡手段はツウィッターのDMくらいしかない。茨木さんでもRINEは知らないでしょ?」
「はい……」
「一応、こういう情報に関してはタマちゃんが強いから、頼んで調べてもらったの。もちろん、可能な限りでね。今日ここに呼んだのは配信者の個人情報を勝手に探ったって話だから、誰にも漏らしたくなかったの」
「安心してくださいよ。今時SNSなんて個人情報自分から載せてるバカばっかりなんですから、ハッキングなんて使わなくてもいくらでも情報は集まりますって」
手をひらひらさせながらも、タマは調査の結果を話し始めた。
「冷凍ミカンは完全に個人でやってて登録者数三万人の猛者なんで、いろいろと憶測は飛び交ってますよ。正直、ツウィッターで呟いてる奴の言ってることは当てにならないから、二人も真に受けないようにね」
「わかりました」
「そ、そうだよね……」
現在、SNS上では冷凍ミカンについて、彼女がSNSと配信を一切しなくなったことについてファンの間で憶測が飛び交っていた。
レオと夢美に釘を刺したタマは、そのまま続ける。
「で、いくつか彼女のリア友のアカウントを見つけたんだけど、どうやら転勤で海外に行くことになってめちゃくちゃ忙しくなっちゃったみたいなのよね」
「海外?」
「そ、SNSもやる気にならないくらい忙しいみたい。というか、配信機材も持って行ってなくて数年も海外にいるんだから、あまり冷凍ミカン名義で呟きたくないっていうのが本音じゃないかしら」
ネガティブな理由ではなく、きちんとした理由でミカンが配信をしなくなったことを理解してレオは安堵のため息をついた。
しかし、夢美は怪訝な表情を浮かべたままだった。
「でも、それだったら一言あるんじゃ……」
「あなたもあるでしょ? いろんなことが一気に起こると何もかもが面倒臭くなって放置しちゃう癖」
「うっ……それは、そうですね」
心当たりがあった夢美はぐぅの音も出ずに黙り込んだ。
「そういうわけで、配信者冷凍ミカンは明確に引退したわけじゃないけど、ほぼほぼ引退した状態ってわけ。何年か後にふらっと日本に戻ってきて配信を再開するかもしれないけど、ファンに何も告げずに放置する人間だから期待はしない方がいいわ」
「そう、ですか……」
タマから告げられた事実に、レオも夢美も悲し気な表情を浮かべた。
ライバーをやっていれば、昔いた熱心なファンが自分達の配信を見なくなっていることは往々にして発生する。
それがたまたま古参リスナーであり、配信者でもあった冷凍ミカンだったというだけの話だ。
「元気出しなって。あなた達にはライバーとしての未来があるんだから、これからもっと素敵なリスナーやライバーとの出会いがある。だから、前を向きなさい」
「「タマ先輩……」」
話ではタマは性格がねじ曲がった最低の人間だと聞いていた。
だというのに、温かく自分達を励ましている姿を見て、この人もどん底を経験して変わったのだろうとレオは感じていた。
「タマちゃんにだって未来はあるわ」
「いや、無理ですよ。どんだけデジタルタトゥーの爪痕深いと思ってるんですか。もうアタシは表では〝名無しの権兵衛〟じゃないとダメなんですって。ま、因果応報って奴ですよ。こうしてまともな生活ができるだけでアタシは幸せです」
「そう……」
決意の固いタマを見て、乙姫は寂しそうに笑ってそれ以上タマに無理強いをすることはなかった。
それからレオと夢美はタマの作った飲み物を飲み終えると、会計を済ませてメイド喫茶を後にした。
店内に残った乙姫は、タマの閉店作業を手伝いを始める。
「すみません、手伝ってもらっちゃって」
「私が無理言ったんだから手伝うのは当然でしょ?」
申し訳なさそうにしているタマに、乙姫は気にしないように告げる。
彼女にとっては、こうしてタマと二人で過ごす時間がどこか心地良かったのだ。
「……本当のこと、言わなくていいんですか?」
「言うべきじゃないと判断したの。少なくとも今この状況で伝えても二人には悪影響しかないわ」
「正直に全部話すのが誠意ってわけでもないですからねぇ」
そんなことをしても楽になるのは自分達だけだ。
そのことを乙姫もタマもよくわかっていたのだ。
「それにしても、よく冷凍ミカンさんの友人のアカウントを見つけられたわね」
「ツウィッターの検索機能で年単位で遡っただけですよ。昔はプライベートなことも元々呟いてて、そのままアカウント変えずに名前とIDだけ変えて趣味垢として運用。そこから配信アカウントとして使ってたみたいなんで特定は容易でした」
「わ、私も昔使ってたプライベートなアカウント消そうかしら……」
流れるように個人の特定を行ったタマの発言に、乙姫は冷や汗をかきながら昔使用していた個人アカウントを削除した。
「別に乙姫先輩はまずいこと呟いてないでしょうに」
「念には念を入れないと、ね。実際あなたにしてやられたでしょう?」
「うっ……」
乙姫の言葉に罪悪感を滲ませながら、タマはテキパキと店内の掃除を続けた。
「それにしても
タマはふと、自分の調査の結果を思い出し、憂鬱な表情を浮かべる。
「はぁ……なるようにしかならない、か」
今、最も勢いのある後輩二人の顔を思い出し、タマは再び深いため息をつくのであった。