「ねえ、ケイティ。どうしてあたし達こそこそレオの後をつけてるわけ?」
「拓哉さんは絶対何か隠してマス。これは女の匂いがシマス!」
「あー、はいはい……」
ある日のこと。
特に行先を告げずに出かけたレオを夢美とミコが尾行していた。
ミコは半分冗談で浮気を疑っているが、夢美は全くと言っていいほどレオのことを疑っていなかった。
ただ今日の配信予定も深夜だったため、暇な午前中にミコの〝探偵ごっこ〟に付き合うのも悪くないと思って、こうしてレオの後をつけていたのだ。
「ほら、ケイティ。もっと歩道の内側歩きなさい。危ないでしょ」
「別に大丈夫デスヨ」
「事故はいつ起こるかわからないんだから、少しでも生存確率の高いとこにいた方がいいでしょ?」
「はーい」
夢美とミコは傍から見ると完全に母娘のようなやり取りをしている。
夢美が髪を染めてカラーコンタクトをしていることもあり、夢美が若すぎることを除けば外見的にも母娘に見えなくもないくらいである。
「でも、拓哉さんがワタシ達に何も言わずに出かけるって珍しくないデスカ?」
「それはそうね。園山君と飲みに行くときですら報告してくれるもんなぁ。さては大学時代の友達か?」
レオは基本的に食事をとっている際に一日の予定を夢美に報告する。
当然、一緒にいるミコも毎日のようにレオの予定を聞いていた。
「それより、ケイティ。今日って必修の専門科目の授業ある日じゃなかった?」
「学生証友達に預けて出席してもらうので大丈夫デス!」
「……帰ったら拓哉の奴、締めてやる」
夢美は深いため息をついて遥か前方にいるレオを睨んだ。
現役大学生であるミコに余計な入れ知恵をしたであろう犯人は元ダメ大学生であるレオくらいしか思いつかなかったのだ。
「あっ、違いマスヨ? このくらいは大学生なら誰でも通る道デス!」
「マジで? 大学生終わってんな」
夢美の中で大学生に対する評価がドンドン下落していく。
完全に風評被害ではあるが。
「それに100%拓哉もやってるだろうけど」
「拓哉さんは出席は友達に頼んで、試験は先輩からもらった過去問で乗り切ってたみたいデス。レポートは文章をうまく変えて友達の写してたって言ってマシタ!」
「あいつコミュ力悪用しすぎだろ……」
夢美は叩けばいくらでも埃が出てくる自分の恋人の大学時代に頭痛を覚えた。
何せ、現役女子大生であるミコに酷い悪影響が出ているのだ。
仮にも母親役をやっている身として、ミコの両親に顔向けができないと夢美は感じていた。
「あんまり真似しちゃダメだからね?」
「うー……でも、卒業さえできればいいじゃないデスカ。今が一番遊んでて楽しいんデスカラ」
「親御さんが高い授業料払ってくれてるんだから、無駄にしちゃ悪いでしょ?」
元々勉強嫌いだった夢美は、別に大学で勉強したいと思ったことはないが、高い学費を出してもらっている以上、それ相応に頑張るべきだとは思っていた。
「卒業さえできれば無駄ではないデスヨー。ワタシは大卒ってキャリアを買ってもらってるだけデス」
「ああもう、ああ言えばこう言う……」
夢美は勉強はしないが口だけは達者なミコに深いため息をついた。
「母親ってこういう気持ちなのかねぇ」
ふと、夢美はそんなことを思った。
「あっ、拓哉さんが電車に乗りマス! 由美子さん、急いで!」
「ちょ、あたしスタミナないんだから、あんまり走らせないでよ!」
駅の改札内に入ったレオを見たミコは夢美の手を引いて走り出す。
口では文句を言いながらも夢美の口元には笑みが浮かんでいた。
一両挟んで同じ電車に乗っていると、数駅先でレオは電車を降りた。
レオが降りた駅はオタクの聖地秋葉原だった。
「ここは秋葉原?」
「ラノベでも買いに来たんデスカネ」
「あいつ、特典とかこだわるタイプだし、あり得るかもね」
レオは現在も変わらずライトノベルや漫画、アニメが好きで、気に入った作品は特典回収のために店舗を回ることもあった。
しかし、二人の予想に反してレオは電気街を通り過ぎてしまった。
怪訝な表情を浮かべながらもそのまま尾行を続けると、レオはメイド喫茶の中に入っていった。
「メイド喫茶?」
「ああ、ここは先輩達が経営してるメイド喫茶だよ。あたしもレオも何度か来たことがあるんだ」
「ほうほう、ということは、拓哉さんは先輩方への用事で来る内にメイドにハマってしまったと……」
「ねぇよ」
ミコの迷推理を否定した夢美だったが、ミコは即座に反論した。
「でも、この前、由美子さんの新衣装のメイド服めっちゃ気に入っていませんデシタカ?」
「えっ……マジなのかあいつ」
浮気でなくともメイド喫茶にハマるくらいならあり得る。
その可能性に思い当たった瞬間、レオが店から出てきた。
「ここじゃ目立つから裏手に来て」
「わかりました」
レオと共に出てきたそばかすと切り揃えられた前髪が特徴的なメイドが店の裏手の方を指さした。
夢美はそのメイドに見覚えがあった。
「タマ先輩?」
「えっ、タマってあの?」
「うん、ここで働いてるんだよ」
夢美とミコはギリギリ会話が聞こえる位置に隠れる。
レオとタマはそれに気がつかずに話を始めた。
「タマ先輩もタバコ吸うんですね」
「ライバー時代に同期二人からもらいタバコしてたらハマっちゃってね。一応仕事残ってるときはこうして水タバコにしてるけど」
持っていた水タバコを吸い始めると、タマは淡々と告げる。
「早く本題に入ったら? 休憩時間そこまで長くないから手短に頼むわ」
「はい、わかりました」
レオは頷くと、カバンから冷凍ミカンから届いたファンレターを取り出した。
「これ、何だかわかりますか?」
「……ファンレターじゃないの」
封筒に記載された〝古織実果〟という名前を見た途端、タマが目を逸らしたのをレオは見逃さなかった。
タマは真実を話す気がない。
それならば話したところで変わらない状況だと思わせればいい。
レオが夢美を連れてこなかったのはそれが理由だった。
「冷凍ミカンさんの本名は古織実果。調べたのならご存じでしょう?」
「はぁ……事務所でファンレター弾くように言っておくべきだったか」
「さすがにあの量から弾くのは無理があるでしょ?」
まるでもう真実に見当はついているという雰囲気でレオは会話を続ける。
「おかしいとは思ったんです。冷凍ミカンさんは誰よりも熱を持ったオタクだ。そんな人がネットに全く浮上しないなんて、余程のことがなきゃあり得ない。それこそ仕事が忙しいなんて理由くらいじゃね」
「想像を絶する忙しさってこともあるわ」
「いいえ、彼女は元々興味のない仕事が忙しくて趣味に熱を出せなくなった人間です。それが俺や夢美の配信を活力として元気を取り戻して趣味への熱を取り戻した。だから、今より忙しくなったとしてもオタ活を続けるか仕事をやめるくらいしますよ」
ファンレターに込められた熱量、SNSにアップされた購入したグッズの数、配信内容。
その全てを見てレオは冷凍ミカンという人間を知った。
普段の配信上でのコメントやツウィッターのリプ欄などでも、彼女の〝愛〟はよく理解していた。
「だから、俺は憶測の状態でモヤモヤしているくらいなら、しっかりと真実を受け入れたいんです」
「……言っちゃ悪いけど、彼女はただのファンでしょ? どうしてそこまでするの」
「デビュー当時からコメント欄やSNSで結構絡んできた以上、冷凍ミカンさんはただのファンじゃないんですよ。夢美にとってももはやネット上の友人ともいえるくらいの仲ですし」
レオはライバーとして視聴者である袁傪にはできるだけ平等に接するようにしている。
だが、毎回見かける名前は自然と頭に残るものだ。
それが、視聴者参加型企画などに毎回参加していたり、自身で配信を行っている者ならば猶更のことだ。
レオに真っ直ぐな瞳を見たタマは、深いため息をつくと冷凍ミカンについて語り出した。
「仕方ない、か。言っとくけど、このことは他言無用だからね」
「わかっています」
レオの覚悟を見たタマは渋々と言った様子で真実を口にした。
「レオの予想通り、冷凍ミカン――いえ、古織実果は亡くなってるわ」
「やっぱり、そうだったんですね」
レオは予想していたとはいえ、改めて告げられた真実に俯いた。
「一月に歩道橋から無職の男性と会社員の女性が転落死する事故があったわ。この無職の男性ってのが、古織実果の親友の弟だったらしくてね。足を滑らせた彼を助けようとして、ね」
「そんな……」
告げられた冷凍ミカンの死因。
人を助けようとして、自分も亡くなる。
それにはあまりにも救いがなかった。
「現場はここからそう遠くないわ。ていうか、アタシの出勤ルートなのよね……場所は携帯に送っておくから花でも持っていきなさい」
「ありがとうございます……」
タマの口から告げられた真実。
その言葉はしっかりと夢美の耳にも聞こえていた。
「う、そ……」
「ゆ、由美子さん……」
夢美はタマの話を最後まで聞かずにフラフラとした足取りで歩きだす。
その後ろ姿を見て、ミコは顔を青ざめさせて呟いた。
「どうしよう……私のせいだし……」
この日、夢美は体調不良で配信を休んだ。
違うんです。もっと6章は配信メインのほっこりした日常の章にする予定だったんです!
ストーリー進めたから仕方ないね。