夢美はマネージャーである四谷から活動を休止してじっくり休むように言われていた。
ここ最近、夢美は気も漫ろでツウィッターでも病みツウィートを繰り返していたからだ。
マネージャーストップがかかったということで、夢美を心配する声も多かったが、一番彼女を心配していたのはレオだった。
ミコから事情を聞いたこともあり、レオは自分の軽率な行動を後悔した。
現在はできるだけファンに心配をかけないように、夢美とツウィッター上で絡んだりして夢美が活動を休止していることをあまり意識させないようにするくらいのことしかできなかった。
もちろん、夢美は食事の場には普通に顔を出す。
その際にはいつもと変わらぬ様子で会話をしている。
しかし、どこかぎこちない空気をミコは敏感に感じ取っていた。
元々この騒動に責任を感じていたミコは思い切って口を開いた。
「ねぇ、二人共。聞いてほしいことがあるんだけど」
「はえ?」
「ホア?」
突然片言ではなく流暢な日本語で話し出したミコに、レオも夢美も間抜けな声を零す。
そんな二人の反応には構わず、ミコは端的に告げた。
「ミカンちゃんにお花、供えに行かない?」
それはまさに地雷ともいえる発言だった。
そんなことはミコだって百も承知だった。
それでも、このままぎこちない空気が続くことに耐えられなかったのだ。
「ケイティ、それは――」
「いいね! 行こっか!」
「おい……」
レオはミコを諫めようとしたが、夢美がそれを遮った。
「拓哉、気を使ってくれるのはありがたいけど、あたしもいい加減いつまでもこのままじゃダメだって思ってる。ケイティ、言いづらいのに言ってくれてありがと」
夢美は身近な人間を亡くす辛さを誰よりも知っている。
そして、そのまま辛さに身を任せて沈んでいると周囲すら巻き込んでいくこともよく理解していた。
「それにね。拓哉、ケイティ。あんた達が傍にいてくれれば大丈夫な気がするんだ」
「由美子……」
「由美子さん……」
夢美は痛む心を奮い立たせて立ち上がる。
亡き友のため、傍にいる大切な人のため。
三人は食事の片付けが終わると、花屋に立ち寄って花を購入してタマから教えてもらった事故現場へと向かった。
事後現場に到着すると、既に花がいくつか添えられていた。
「ミカンちゃん……もっといろいろ話したかったな」
ここまで気の合う人間はなかなかいないというほどに冷凍ミカンとは気が合った。
それでもお別れを言わなければならない。
もう彼女はこの世界にいないのだから。
「急な別れになっちゃって悲しいけど、俯くのは今日でやめるよ。あたしも拓哉も、そしてケイティもそんな状態だって知ったらミカンちゃんは悲しむもんね。だから、そっちにも届くように配信するよ」
「俺も一生どころか永遠に推しでいられるように配信を楽しむよ。君の心の支えになれたって聞いてすごく嬉しかった。これからも君と同じ境遇の人の心に残るような配信をしていくよ」
「私、あなたのことはよく知らないけど、同じ人を推している者としてこれだけは言わせて。あなたの見た景色はこれからもっと鮮やかになる。私もその景色を作る一人として頑張るよ」
三人は冷凍ミカンにお別れの言葉を告げると、目を瞑って手を合わせた。
しばらくそうしていると、一人の女性が近づいてきた。
「あの……ミカのお知り合いの方ですか?」
その声に振り向くと、そこには光を失った目とクマが特徴的なかなりやつれた様子の女性が立っていた。
「あなたは?」
「
「あなたが……」
レオは才上慈理が冷凍ミカンの言っていた親友だということに思い当たった。
「私は、その、ミカンちゃんの配信仲間の中居由美子っていいます」
公の場でにじライブのライバーをやっているという訳にもいかなかったため、夢美は濁した表現で自己紹介をした。
すると、慈理は驚いたように目を見開いた。
「そうですか。あなた達が、あの……」
レオ達の正体がライバーだと気づいた様子で涙を流しながら笑みを浮かべた。
「あの子も喜んでいると思います。大好きだったあなた達が来てくれて」
慈理の様子を見て、レオ達は胸を痛めた。
一番辛いのは誰か。
それは紛れもなく、弟と親友を同時に失った慈理なのだ。
そして、レオはあることに気がついた。
亡くなってから数ヶ月経っているのに、こうして偶然慈理に出会った。
「……もしかして、毎日ここに?」
「……はい」
レオの問いに慈理は重々しく頷いた。
そして、慈理は震えながらも言葉を続けた。
「ミカと弟が亡くなったのは私のせいなんです……!」
「えっ」
「私のせいで、私があんなこと言わなきゃ……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」
その場に崩れ落ち、涙を流す慈理にレオもミコもどうすればよいかわからずにオロオロしだす。
「慈理さん、少しお時間をいただけませんか?」
そんな中、真っ先に口を開いたのは夢美だった。
先日までの弱弱しい姿はどこへやら、慈理を真っ直ぐに見つめる夢美の瞳には強い決意が宿っていた。
近くのカフェに入った四人は、素早く飲み物だけを注文すると本題に入った。
「落ち着きましたか?」
「すみません、取り乱してしまって……」
「いいんですよ。気にしないでください」
レオはできるだけ慈理を刺激しないように彼女を気遣った。
「慈理さん、さっき言ってたことって……」
「はい、ミカと弟が亡くなったのは私のせいです」
自分のせいで大切な人を亡くしたと思っている慈理。
その姿が夢美には、幼い頃に父を亡くした自分の姿とダブって見えたのだ。
「話を聞いてもいいですか?」
「はい……」
長い話になりますが、と前置きして慈理は語り始めた。
「私にはニートの弟がいたんです。昔から成績も優秀だった弟は有名企業に就職してまさに順風満帆でした。でも、仕事でしょっちゅう失敗して怒られて、職場に馴染めずに苦しんでいました。そこで私が〝嫌なことから逃げてもいいじゃん〟って言ったんです。辛いときに無理することはない。ミカの受け売りなんですけどね」
冷凍ミカンのことを思い出し、慈理は小さな笑みを零した。
「弟は仕事をやめて何年もニートを続けました。両親やご近所さんからも白い目で見られるようになった弟は部屋に引き籠るようになりました」
慈理の弟は両親から大きな期待を背負わされていた。
学生時代に優秀だったこともあり、プライドが高く現状に苛立ちつつも何もしない。
そんな弟に慈理は以前と変わらずに接し続けた。
「でも、私も心のどこかでニートな弟を恥ずかしく思っていたんだと思います。ひどい話ですよね、会社を辞めるように助言した癖に……」
「それは、ほら、あれですよ! 弟君がちょっと休んで職を探すと思ってたからだと思うし! 嫌な環境で仕事するならちょっと休もうってアドバイスは悪くないし!」
どんどん表情が沈んでいく慈理をミコが慌ててフォローする。
「ええ、たぶん私はそんな軽いつもりで言ったんだと思います。でも、弟にとってはその言葉は重かったんだと思います」
「現状への免罪符、か」
レオは慈理の弟が姉からの〝逃げてもいい〟という言葉を免罪符に、現状と向き合うことから逃げ続けるようになったのだと判断した。
「ある日、ミカと私は遊ぶ約束をしていました。でも、いつも集まっているお店が臨時休業で、ミカは私の家に来たいと電話で言ったんです。そのとき、ちょうど弟と目が合って……」
慈理は言葉に詰まって俯いてしまった。
ここまで言われればわかる。
慈理が弟にどんな目を向けたのか。
「……弟はそのまま家を飛び出していきました。そして、それが私が最後に弟を見た姿でした」
「じゃあ、ミカンちゃんは」
「私の家に向かう途中で、偶然家を飛び出した弟と出会って、歩道橋から転げ落ちる弟を助けようとして……そのまま二人共亡くなりました」
冷凍ミカンの最期に至るまでの話を聞き終えた三人はやるせない気持ちになっていた。
弟を追い込んだことが原因で弟は家を飛び出し、その弟を救おうとした親友も事故で亡くなった。
遺された慈理の辛さは計り知れない。
「それはあなたのせいじゃ――」
「拓哉!」
意を決して慰めの言葉をかけようとしたレオを夢美が制する。
たとえ本当に自分のせいじゃなかったとしても、自分のせいだと思っている人間に〝あなたのせいじゃない〟という言葉は逆効果だ。
そのことを夢美は痛いほどに理解していた。
「慈理さん、大切な人が自分のせいで亡くなった……もう自分なんていなくなってしまいたい、どうして自分が生きているんだ。代わりに自分が死ねば良かった。そんな風に思ってませんか?」
「っ、どう、して……」
「あたしも幼い頃、父を亡くしているんです。道路に飛び出したあたしを庇って父は亡くなりました。母にはすごく辛い思いをさせてしまったと思います。ずっとあたしのせいだ、あたしなんて生きる価値がない。そんな風に思っていました」
夢美は淡々と自分の過去を語った。
「でも、そんな生き方をしても亡くなった方は報われないし、周りも不幸にしてしまう。あたしは自暴自棄になって周囲を傷つけて生きてきた。あなたにはそんな風になってほしくないんです」
「由美子さん……」
「前を向くのは難しいと思います。でも、一人が辛いならあたしが傍にいます。だから、もし良かったら友達になりませんか?」
夢美は優しく微笑むと、すっと手を差し伸べる。
「ありがとう……ありがとう……!」
涙を流しながら慈理は夢美の手を固く握りしめるのであった。
それから落ち着いた様子の慈理と別れ、三人は帰路についた。
「拓哉、ケイティ」
夢美は徐に立ち止まり、二人に向き直った。
「人ってさ、どんなに元気な人でもある日突然いなくなるんだよ。だからさ、後悔しないように今を精一杯に生きよ?」
「……ああ、そうだな!」
「由美子さんにさんせー!」
すっかり立ち直った様子の夢美を見て、レオもミコも弾けるような笑顔を浮かべた。
「てか、ケイティ。そのしゃべり方」
「あっ」
すっかり流暢な日本語でやり取りをしていたミコに、夢美は今更ツッコミを入れた。
「その、いろいろ余裕がなくて……わかってたと思うけど、こっちが素だし」
指摘されたミコはどこか気恥ずかしそうに素の口調でぶっきらぼうにそう言った。
「「そっか」」
そんなミコの言葉をレオも夢美も笑顔で受け入れた。
「さて、充電期間はもう終わり! ミカンちゃんに届くように今できる最高のあたしを画面の向こうのみんなに届けなきゃね」
「それについてだが、俺に考えがあるんだ」
レオはそう言うと、また笑顔を浮かべられるようになった夢美を愛おしく思いながら自分の考えを述べるのであった。
夢美って、自分のためよりも人のために立ち上がれるタイプの人間なんですよねぇ。
普段は自堕落でアレですが……。