オリジナリティを出せているか不安な今日この頃
「同期コラボ?」
『うん、何だかんだで私達コラボしたことなかったじゃん。せっかくだからコラボしたいなーって思ってねー』
月一にじライブに出演してからというもの、やたらと林檎は夢美に話しかけるようになっていた。
食事のときはレオと会話し、配信前後の時間には林檎とThiscodeで通話をするというのが、ここ最近の夢美の日課となっていた。
ここまで同期同士の仲が良いライバーというのも珍しいだろう。
「いいけど、雑談枠とゲーム枠どっちにするの?」
『ゲーム枠がいいかなー。マイクラやろうよ』
「えー、あたしやったことないよ?」
林檎が夢美を誘ったゲームは、ブロックを積み上げて建築物を作ったり、素材を集めて武器を作ってモンスターと戦ったり、地下にダイヤモンドを採掘しにいったりする大人気のゲームだ。
にじライブでも多くのライバー達がこのゲームをプレイしており、レオも最近はこのゲームの配信を行うことも多かった。
『大丈夫大丈夫、みんなが作った町並み見ながらだらだらしゃべるだけでも良いと思うし』
「それならまあ、いいかな?」
『オッケー、じゃあ一週間後にコラボ配信しよっかー』
「うん、よろしく!」
夢美はようやく仲良くなってきた同期とコラボ配信ができることに胸を躍らせて通話を切った。
『もうすぐ夕飯できるぞ』
「わかった。すぐ行く」
いつものようにレオに呼ばれた夢美は玄関近くにかかっているレオの部屋の合い鍵を手に自分の部屋を出た。
今日の夕飯は豚しゃぶサラダと味噌汁に玄米だ。
基本的に二人の食事の献立などは、四谷と飯田が考えている。ここまで至れり尽くせりのサポートをしてくれるマネージャー陣に二人は感謝していた。
「そういえば今度林檎ちゃんとコラボすることになったんだよね」
「ごふっ!?」
夢美から林檎とコラボするという旨を聞いたレオは、飲んでいた味噌汁を派手に吹き出した。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。ちょっと咽せただけだ」
怪訝な表情をする夢美に、レオはアイドル時代に培ったポーカーフェイスを咄嗟に浮かべた。
「何か隠してるでしょ」
「何のことだ?」
「露骨なポーカーフェイスしやがって……」
しかし、そんなポーカーフェイスは夢美には通用しなかった。
「林檎ちゃんのことだからドッキリか何か考えてるんでしょ。レオも共犯ってとこ?」
「……悪い」
夢美に嘘をつくことに罪悪感を覚えたレオは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
それを見た夢美はしまったと思って謝った。
「あー、ごめん。ネタ潰しするようなマネしちゃって」
「いや、いいんだ……どうにもドッキリって好きになれなくてな」
「そういえば、落ちぶれ始めた頃に結構ドッキリ企画やってたよね」
「……俺のパートはネタばらしされた後にガチギレしすぎてお蔵入りになることが多かったけどな」
司馬拓哉にドッキリはNGというのは、芸能関係者の間では有名な話だ。
過去を受け入れたレオとしては、今回の林檎の提案はノリ気ではないが、ウケるだろうから仕方なくやるという類いのものだった。
「でも、レオがやらされてたのって、不愉快になる類いのドッキリばっかだったじゃん」
「ドッキリは一歩間違えればただのいじめだからな。まあ、今回の企画は炎上はしないだろうし、大丈夫だと思う」
「うし、レオがそう言うなら気にせずにコラボするわ」
夢美の中でレオへの信頼度は、知人の中で一番上に位置するほどに高かった。
それから夢美は夕飯の片付けをして自分の部屋に戻っていった。
「……マジで大丈夫か、これ」
レオは拭えない不安を抱えたまま、部屋に戻る夢美の後ろ姿を見送った。
数日前、レオは林檎から連絡を受けていた。
『今度バラギにドッキリを仕掛けようと思うんだー』
「へぇ、それで?」
『レオにも協力して欲しくてねー』
林檎の語ったドッキリの内容は、レオがゲーム上で作った家の中に『あなたは獅子島レオを好きですか?』という看板を立てて、横のレバーを引くとマグマに落ちるというドッキリだ。
当初林檎は爆破ドッキリを仕掛けるつもりだったのだが、それはレオが止めた。
レオが一生懸命作った家を壊すという状況に、夢美がどんな反応をするかは火を見るよりも明らかだった。
不満そうな林檎を必死に説得したことにより、ドッキリ内容は大分マイルドになった。
それからレオは配信上でそこそこ立派な家を作り上げた。落とし穴などのトラップに関しては、全て配信外で林檎が用意した。
こうして夢美へのドッキリのための準備は整ったのであった。
そして迎えたコラボ配信当日。
レオはコラボが始まる前の雑談枠で夢美の心配をしていたこともあり、かなりの数の視聴者が二人の配信に集まっていた。
「こんゆみー、茨木夢美でーす」
『おはっぽー、白雪林檎ですー』
[気の抜ける挨拶助かる]
[この二人のコラボ地味に初めてだから楽しみ]
[二人共一ヶ月ちょっとで登録者数七万人越えのバケモノという事実]
「はーい、今日は林檎ちゃんとのコラボ配信です」
『どもどもー、バズる流れに乗り遅れた焼き林檎だよー』
「おい、自虐が過ぎるぞ」
[草]
[焼き林檎という愛称に味を占めたな]
[この焼き林檎まるで反省してねぇ!]
「マイクラはまったく触れたことないから心配だけど、今日は町を見て回るだけだから、ほぼ雑談枠と思って見てくれ」
『先輩達が作った町を見て回るだけだからねー』
「てか、先輩達が頑張って作ったものに軽々しくコメントしづらいんだけど。下手なこと言ったら失礼だし」
『大丈夫大丈夫、バラギって夢を見てる間だけ動けるから配信してるんでしょー? つまり、ここでバラギが何言っても全部寝言って言い訳できるから』
[全部寝言は草]
[設定を言い訳に使う天才]
[責任転嫁において右に出る者はいないな]
緩い空気のまま始まった配信は、ゲーム画面が背景と化していた。
二人はほとんど周りの建造物に触れることはなく、ただ雑談をしながらフィールド上を歩いていた。
『そういえば、バラギとレオって幼馴染みって聞いたけど、本当なの?』
林檎は三期生の打ち合わせのときに不在だったため、二人の関係が設定ということを知らない。
そのため、純粋に二人の関係には疑問を持っていた。
「うん、同じ小学校だった」
『えー、仲の良い二人が同時にオーディション受けたってこと?』
[その話題に触れていいのか?]
[未だに信じられないのはある]
[白雪だけ知らないというには信憑性あるぞ]
実のところ、レオと夢美の幼馴染み設定に関しては懐疑的な声も多い。
仲の良い幼馴染みの二人が同時にバーチャルライバーとしてデビューすることなど、普通に考えてあり得ないからである。
しかし、こういった話題を振られることをレオと夢美は予測していたため、ある程度は答えられるようにしていた。
「いや、レオがアイドルになってからは疎遠になっちゃってさ。三期生の打ち合わせのときに再会した」
『あー、私がサボ――行けなかったときかー』
[今サボったって言いかけたぞこいつ]
[ブレないゴミで草]
[最初の打ち合わせ早々にすっぽかすって相当ヤバない?]
「今度実家に帰ったときにアルバム持って帰って見せようか?」
『えっ、超見たい!』
[俺達も見たい!]
[見れるわけないんだよなぁ]
[デビュー時に再会って、すごい偶然だな]
困ったときの対処法として、二人はライバーとしてデビューする際に再会したということにしている。
嘘の中には真実を紛れ込ませた方が信じやすい、というのは諸星も言っていたことだ。
そこで幼馴染みの話は終わると思いきや、林檎はさらに二人の過去について聞いてきた。
『レオってどんな小学生だったの?』
「陽キャの頂点」
『想像通りだなー』
[解釈一致]
[イメージ通りだな]
[レオ君らしい]
この手の質問も普段から昔話をしているレオと夢美にとっては何の問題もない質問だった。
「マジでクラスの人気者って感じで、陰キャのあたしとしては見てるだけでムカつく奴だったよ」
『……あんなに仲良いのに?』
[意外]
[最初から仲良いと思ってた]
[どうやって仲良くなったんだろ]
「クラスでハブられがちだったあたしを気にかけて話しかけてきてくるうちにね。最初はウザかったけど、段々仲良くなったって感じ」
もちろん、そんな事実はない。
夢美はある事情でクラス中から避けられていた。レオのような優しい男子が話しかけてきても、基本的に塩対応だったため、すぐにみんな離れていっていた。
[少女漫画かよ]
[俺もそんな青春しかたかった……]
[てぇてぇ]
『たぁー……! いいねー! てぇてぇだよ! ん? 何でバラギはハブられてたの?』
「……昔は肌が弱くてあちこち掻きむしったりしたせいで、腕や足が血まみれなことが多かったんだ。伸ばしっぱなしの髪も癖毛酷くて見た目がかなり不気味だったしね。あたしが触っただけで〝菌〟がついたみたいな扱いされてたし」
[キッツ]
[やめろ、その話題は俺にきく]
[この枠、菌扱いされてた奴多すぎない?]
はっきり言ってしまえば、小学校の頃の夢美はいじめられていた。彼女が触ったものには誰も触れたがらず、体育の二人組ではいつも組まされる人間からは嫌な顔をされた。
直接的に危害を加えられることはなかったが、当時の同級生達はただ純粋に〝ばっちいもの〟として夢美を扱っていたのだ。
『えっ、今のバラギからは想像できないんだけど。めっちゃ肌綺麗じゃん』
「中学からはかゆみ止めの薬は念入りに塗り込んでたし、炎症止め飲み薬も飲んでたからね。高校生くらいからはそういう症状は出なくなったよ」
[バラギ肌綺麗。俺覚えた]
[辛かったんだな……]
[部屋は汚いのに肌は綺麗な女]
[新情報助かる]
『でも、今同窓会とか行ったら、絶対声かけてくる奴いそうだねー』
「あたしをバイ菌扱いした奴が声かけてくると思うと反吐が出るわ。まあ、どうせ同窓会に呼ばれることなんてないけど」
[さっきから話題が刺さって辛いんやが]
[俺も同窓会呼ばれたことなかったな……]
[俺もだ……]
心当たりがある者が多かったため、コメント欄には悲壮感が漂っていた。
「ま、レオがいたから辛くはなかったけど」
嘘だ。本当は死ぬほど辛かった。
どうしてあのとき、レオと同じクラスではなかったのだろうか。
同じクラスだったらきっと助けてくれただろうに。
そんな考えが夢美の頭を過ぎる。
「てか、この話やめよう! コメント欄の菌ニキが涙流してるから!」
『あっはっは! 菌! 菌ニキ……!』
林檎はバラギの菌ニキという言葉に大爆笑した。
[何ワロてんねん]
[白雪はそんな経験なさそう]
『大丈夫だよバラギ、私もいじめられたことあるから!』
「えっ、どこが大丈夫なの」
[マジか]
[当時からこの性格ならいじめられただろうなぁ]
[メンタルつよつよで草]
『ま、過去と周りのことなんて気にしてもしょうがないし、今を楽しく生きよう!』
[周りは気にしろ]
[良いこと言ってるように見えてその実ただのクズという]
[このメンタル見習いたい]
「……うん、ありがとね、林檎ちゃん」
『いいってことよー。おっ、ここレオの作った家じゃん』
雑談をしながら歩いているうちに、とうとう二人は目的地に到着した。
「へー、このゲームこんなの作れるんだ」
『いや、さっき死ぬほど見たじゃん』
「話に夢中になってて全然見てなかったわ」
[ゲーム画面がただの背景になってて草]
[これ雑談枠で良かったのでは]
[二人してレオ君の家を見に来ただけという]
『せっかくだし内装も見よっかー』
「あいつのセンスを見てやろう」
林檎はニヤニヤ、夢美はわくわくしながらレオの作った家の中に入った。
レオの作った家の中にはベッドや作業台、チェストなど最低限のものしかなかった。ドッキリ用に用意した家ということもあって、レオはそこまで内装にこだわってはいなかった。
そんなこざっぱりとした室内には、目を引く看板が立てられている。
【あなたは獅子島レオを好きですか?】
「何これ?」
ドッキリの仕掛けでもある看板を見つけた夢美に対し、林檎は楽しそうに彼女の周りをぐるぐると回り出した。
『さあ、どうなんすかー? 好きなんすかー?』
「普通に好きだよ」
『ほ?』
[今普通に好きって]
[えっ、待って無理尊い]
[大胆な告白は女の子の特権]
ニヤニヤしながら夢美をからかおうとした林檎だったが、夢美がノータイムでレバーを引いたことで、共に落とし穴に落ちることになった。
「『ぎゃあぁぁぁぁぁ!』」
二人仲良くマグマに落ちて死亡したことで、コメント欄は爆笑の渦に飲み込まれた。
[これは酷いwww]
[ドッキリ企画だったのかこれwww]
[白雪巻き込まれてて草]
[あまりの尊さに思考停止したことが命取りとなったな]
[これが本当の尊死]
「何が起きたの!? 何したの林檎ちゃん!?」
『これがてぇてぇか……あっ、ダイヤ装備しまうの忘れてた』
[因果応報]
[人をからかうからこうなる]
『ねえ、普通に好きってどういうこと!?』
「深い意味はないっての! 好きじゃなかったらこんなにコラボしてないわ!」
[ダイヤ装備ロストよりもてぇてぇが気になる女]
[人間として好きという意味でも十分てぇてぇ]
[というか、これレオ君も共犯なのでは]
[獅子島レオ:ごめん]
[本人謝りに来てて草]
[レオ君も完全ににじライブの空気に馴染んだなぁ]
[まさかドッキリにレオ君が参加するとは思わなかった]
こうして、夢美と林檎の初コラボは盛況のままに終わった。
このあと、ドッキリをしかけた側である林檎が貴重なダイヤ装備をロストした様子は、切り抜き動画で上げられ大いに視聴者達を笑わせることになったのであった。
バラエティー番組のドッキリで、怒られる系ドッキリ苦手なんですけどわかる人いますかね?