『うっ、ぐっ……!』
『リア!』
『これは闇魔法ね』
『セタリア、このままだと助からない……』
物語も終盤に差し掛かり、敵側の勢力も活発に動き出す。
ミドガルズとの戦いの最中、セタリアは敵の闇魔法による呪いを受け全身に蛇のような文様が浮かび上がり苦しんでいた。
その後、別行動をしていたスタンフォードの方も敵側に連れ去られており、主人公側の勢力は大きく削がれてしまっていた。
「うぇぇぇ! リアちゃんどうにかならないの!?」
「スタンフォード何してたんだよ……」
「スタンきゅんだって頑張ったんだよ! 責めんなよ!」
[リアちゃん死にそうで怖い]
[リア様……]
[相変わらずスタン先生に当たりの強いレオ君]
それからセタリアの受けた呪いを解呪する方法も見つからないままストーリーは進行していく。
「スタンきゅん大丈夫かな……」
「これ次に敵として出てくるんじゃないか? こういうプライドの高い拗らせたキャラは絶対仲間裏切るぞ」
「おっ、自己紹介か?」
「ぐっ……」
[効いてて草]
[幼馴染の地雷を踏みぬいていくスタイル]
[特大の地雷なんだよなぁ]
行方不明のスタンフォードを夢美は心配していたが、レオは十中八九闇落ちして裏切っているものだと思っていた。
そんなレオの予感は当たることになる。
『お前、スタンフォードか……?』
『驚いたかい。ま、君如きに僕の行動なんて予測できるはずもないか』
スタンフォードの行方はしばらくわからないままになっていたが、ようやく主人公はスタンフォードと再会することになる――敵という形で。
『お前、裏切ったのか!』
『裏切る? おかしなことを言うねぇ。いつ僕が君の仲間になったなんて言ったんだい』
スタンフォードは禍々しい黒いオーラを纏い、肩には光り輝く獅子の紋章が浮かび上がっていた。
髪の毛も鬣のように逆立ち、獅子のような耳と牙、尻尾を生やしていた。
「いぎゃぁぁぁ!? スタンきゅんそれはダメ! 死んじゃうやつぅぅぅ!」
「ポンちゃんと同じやつじゃないか、これ!」
[スタン先生ぇぇぇ!]
[そんな……]
[これは助からない]
スタンフォードの姿に、ポンデローザの最期を重ねたレオと夢美は悲鳴を上げた。
『はっはっは! 力が溢れてくる! ベスティアに覚醒した僕は無敵だ! さあ、決着を付けようじゃないか!』
「くそぅ……悲しいけど、ベスティア覚醒スタンきゅん、どちゃくそカッコイイよぉ……」
「顔に禍々しい感じの文様出てるのも闇落ち感出ててカッコイイな」
「うーん、でもあたしはもっとケモ度高めがいいかなぁ」
「そうなのか」
レオはすぐに自分の2Dモデルをいじると、表示される姿をただのライオンに変更した。
「お前じゃねぇよ!」
[ガチライオンで草]
[ケモ度100%じゃねぇかwww]
[シリアスなシーンで笑かすな!]
反射的にふざけてしまったレオだったが、ストーリーはまさに佳境。
担当声優の迫真の演技も相まって、レオはスタンフォードとのイベントに惹き込まれていた。
『ベスティアに覚醒したスタンフォードは〝
「えぇ!? 急に強くなり過ぎじゃない!?」
「説明文的には一定時間魔法が効かないタイミングがあるってだけじゃないか?」
「うぅ……辛いよぉ……戦いたくないよぉ……」
[推しがこうなるのは辛い……]
[どうして……どうして……]
[cre8ォォォォォ!]
『ほらほらほらァ! どうしたんだい? 君の力はそんなものじゃないだろう!?』
「ぎゃあぁぁぁ!? 死ぬ死ぬ死ぬ!」
「体力ミリじゃねぇか! 回復急げ急げ!」
[リアルたすき]
[あっぶねぇw]
[スタン先生強すぎだろwww]
今までそこまで苦戦せずにボスを撃破していた夢美だったが、ここにきて覚醒したスタンフォードの強さに翻弄されていた。
飛んでくる電撃の速さも段違いに上がり、攻撃力もかなり高めに設定されていた。
ここに来るまでしっかりとレベルを上げなければ苦戦することは必至の強さだった。
「てか、電撃で痺れる効果あるのにハメ技はやってこないんだな」
[公式によると悪質なハメ技はスタンフォードの性格上やらないから組み込まなかったらしい]
「はえー、すげぇなcre8さん」
[さすクリ]
[キャラへのこだわりすごいからな]
[こだわり抜いたキャラすぐ殺すけどなw]
夢美は何度も倒されそうになりながらも、何とか持ち前のリズム感でスタンフォードの動きを覚えて躱し、確実にダメージを入れていく。
そしてついにスタンフォードを撃破した。
『結局、最後まで君には勝てなかったか……癪だねぇ』
「嫌だァァァァァ! 死なないでスタンきゅん!」
「でも、獅子のベスティアって魔法や呪いを無効化できるんだろ? 自分で解除しようと思えばできたんじゃないか」
「あっ、確かに……」
スタンフォードの持つベスティアは〝獅子のベスティア〟と言って、魔法の類を無効化する効果を持っていた。
闇魔法で無理矢理力を引き出されている以上、その魔法すら無効化できるはずなのだ。
『リアと会わせてくれ……』
『誰があんたみたいな裏切り者と――』
『わかった。ついてきてくれ』
主人公は反発する仲間を黙らせて、ボロボロになったスタンフォードをセタリアの元へと案内した。
『やあ、久しぶりだね。リア』
『で、殿下……?』
ぐったりと寝込んでいるセタリアの元へとやってきたスタンフォードは最後の力を振り絞ってベスティアを発動させる。
すると、セタリアに体中に浮かび上がっていた黒い蛇のような文様は消え去った。
『リア、君を縛る呪いはもうない。僕のベスティアで破壊したからね』
『まさか、そのためだけに……』
『僕自身、ベスティアに覚醒できる器じゃないのはわかっていた。できないなら他人を利用するだけさ』
『どうして、どうしてそこまで……!』
「「あ――――! そういうことか!」」
[スタン先生、あんた漢だぜ……]
[これだからスタン先生はカッコイイ]
[これ、セタリアが呪いを受けたときから死ぬ覚悟決まってたんだよね……]
スタンフォードは初めからセタリアを救うために敵側に寝返った振りをしていた。
敵からの監視もあったため、スタンフォードは主人公と全力で戦い決着をつけた。
彼はその身を犠牲にしてでもセタリアを救ってみせたのだ。
『リアを頼んだよ。ああ、あとついでにレベリオン王国のこともね』
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 嫌だぁぁぁぁぁ!」
「スタンフォード……お前はすごい奴だよ……!」
[これは泣く]
[めっちゃ号泣してる]
[わかる、わかるよ……!]
[レオ君もアンチ卒業やな]
スタンフォードの肉体が光となり崩れ落ちていく。
そこで彼は作中で初めて穏やかな笑みを浮かべて主人公へと別れを告げる。
『せいぜい頑張るといいさ。お別れだ、バラたろう』
「夢美、お前ふざけんなよ! せっかくいいシーンなのに!」
「た゛っ゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛! こ゛ん゛な゛こ゛と゛に゛な゛る゛と゛思゛わ゛な゛い゛し゛ゃ゛ん゛!」
[バラたろうwwww]
[いいシーンなのに名前で草]
[感動ブレイカーやめろ!]
[台無しで草]
最期にスタンフォードが初めて主人公の名前を呼ぶシーンだというのに、夢美が〝バラたろう〟という名前にしていたせいでギャグのような感じになってしまった。
その後、主人公に施されていた封印がスタンフォードとの戦いで解けていたことがわかり、真の力を引き出し〝竜のベスティア〟を発動させた主人公は見事ラスボスを撃破する。
この戦いにもスタンフォードとの戦いで覚えた立ち回りが生かされており、彼はどこまでもプレイヤーにとって〝先生〟だった。
「うぅ……マジでつらぁい……」
「えー、夢美がまともにしゃべれない状態なので、俺が代わりに締めようと思います」
[バラギ大号泣]
[推しが死んじゃったもんね……]
[これはつらい]
夢美はエンドロールが流れている間も号泣し続けていた。
元々感情移入しやすいタイプの夢美はのめり込むと感情が高ぶる傾向にあった。
しゃべることができない状態の夢美に代わって、レオは配信を締めにかかった。
「いやぁ、マジでハートもブレイブも神ゲーでした。乙女ゲーは俺も初めてやったんですけど、めちゃくちゃ面白かったです! cre8さんマジで面白いゲームをありがとうございます! ハートの移植版ではポンちゃんとスタンフォードが生存する隠しルートもあるみたいなので、皆さんも是非やってみてください!」
[最高のコラボだった!]
[宣伝できてえらい]
[これは良い販促]
「あとポンちゃんとスタンフォードが幸せになるファンディスクとか出してください。お願いします」
[草]
[ちゃっかりしてるw]
[これはファンの総意]
こうしてレオと夢美の長かった実況配信コラボは大盛況のままに終了した。
この配信以降、急激にベスティアシリーズの知名度が上がり多くの者がゲームを購入して、売り上げに貢献することになった。
後日、ベスティアシリーズの制作会社であるcre8からは新作の宣伝の案件も来るなど、このコラボ配信は大きな影響を及ぼすことになるのであった。
配信を終えた次の日、レオと夢美はベランダで春の風に当たりながら酒を飲んでいた。
「ベスティアシリーズ、すごかったな」
「うん、ミカンちゃんがハマるのもわかるよ」
夢美は微笑むと、RINEに届いた慈理からのメッセージを再び眺めた。
[ベスティアシリーズ実況配信すごく良かった! ミカもきっと喜んでると思うよ!]
「ねぇ、あたし達の想い届いたかな?」
「きっと届いてるさ」
風に舞って飛んできた桜の花びらが手のひらの上に乗る。
それをレオはどこか寂しげに眺めた。
「さようなら、冷凍ミカンさん……」
静かに呟くとレオは桜の花びらを再び空へ向かって飛ばすのだった。
「やだやだやだやだァ! 日本に帰して! レオ君の誕生日枠リアタイしたい! 夢美ちゃんとまひるちゃんのセカンドアルバム聞きたい! うわぁぁぁぁぁん!」
「だ、誰か! またお嬢様がまた訳のわからないことを叫んでおります!」
絢爛豪華な装飾が施された一室で、一人の令嬢が手足をジタバタさせながら叫び散らしている。
「年明けライブだってリアタイできなかったからアーカイブで見ようと思ってたのにぃぃぃ! バラレオ成分補充したかったよぉぉぉぉぉ!」
「お嬢様、落ち着いてください! 誰か、誰かぁ!」
メイドは必死で暴れる令嬢を押さえつける。
「……えっ?」
しかし、暴れていた令嬢の動きがピタリと止まった。
彼女の手のひらには、この世界では見かけない見覚えのある植物の花びらが止まっていたのだ。
窓の方を見てみれば、外からは暖かい風が吹き込んできており、そこから花びらが飛んできたのだと理解する。
「この世界にも桜ってあるんだ……」
花びらを握りしめると、不思議と心が落ち着いた。
生まれてから孤独感を抱いていきてきた令嬢は久しぶりに心からの笑顔を浮かべると、メイドに向かって告げる。
「……少し取り乱しました。もう大丈夫ですわ」
「お嬢様、本当にもう大丈夫なのですか?」
「ええ、心配をかけましたわね」
涙を拭うと、令嬢は決意を胸に立ち上がる。
「よーし! 死亡フラグ回避のために頑張るぞ! おー!」
「お、お嬢様がまた訳のわからないことを……」
「あっ、やべ」
令嬢にはこの後、数々の苦難が降り注ぐ。
その苦難を乗り越えて幸せになるのは……また別のお話。