にじライブ公式ゲーム番組ハンプ亭道場。
ハンプと林檎がレギュラーの人気番組で、その収録は他の企画に比べて長時間の収録となる。
そんな収録の様子を三十分に編集したものが公式チャンネルで公開されているが、収録の裏では出演者やスタッフが楽しく交流していた。
「はい、オッケーです!」
カットが掛かり、全員が一息つく。
「さっきの白雪と白夜の煽り合いのとこは良かったな」
「取れ高たっぷりだったよねぇ」
今回のゲストはまひる、白夜、サーラの三人だ。
基本的にゲストは二人ずつ呼んでいるハンプ亭道場だったが、今回は特別企画ということで三人をゲストとして迎えていた。
今回の収録では、ハンプ達の家族コラボ〝朝昼夜亭〟のイベントがあるため、告知も兼ねて三人での出演という形になったのだ。
「いやぁ、やっぱ林檎さん弱いっすねー!」
「はぁ!? クソ雑魚が運ゲーで勝ってイキってんなよー!」
「負け犬の遠吠え乙!」
「カメラ外でも煽り合うなよ……まったく」
「いいじゃない楽しそうで」
収録中のゲームの結果でいまだに揉めている林檎と白夜を見て、ハンプとサーラはどこか楽しそうにしていた。
「そういえば、サーラは最近水族館の方のナレーションの仕事はどうなんだ?」
「あー、あれね。変わらず続けてるわ。これもハンプ君達のおかげね」
「立ち上がったのはサーラだ。俺は背中を押しただけさ」
このメンバーの中でも、白夜とサーラはにじライブに所属してから半年ほど経っていたが、魔王軍時代の地獄のような環境から救い出してくれたことには今も変わらず感謝していた。
むしろ、にじライブで伸び伸びとライバー活動を行っていく内に、日に日にその思いは大きくなっているくらいだ。
「あの子達も救われたみたいで良かったわ」
「二代目の子達か」
「ハンプ君はさっそくフィアだったイシュリーちゃんに振り回されてるみたいだけどね」
「ああ、俺は常識の大切さを学んだよ……」
ハンプは先日コラボしたイシュリーの様子を思い出す。
『夏の大三角の星って四つありません? アレガ、デネブ、アルタイル、ベガ……ほら、四つだ!』
『大正デモクラシー? 灯台モトクラシーの仲間ですか?』
『えっ、スズメが大きくなったのが鳩じゃないんですか!?』
「……まひるといい、イシュリーといい、義務教育の敗北を感じるよ」
どうやったらここまで頓珍漢な発言ができるのかとハンプは配信中に絶句した。
最初こそ真面目で礼儀正しい子だと思っていただけに、そのギャップは凄まじいものだった。
「林檎ちゃん、今日のお土産の残り食べよ!」
「また太るよー?」
「うっ、最近はレッスン頑張ってるから大丈夫だよ!」
「でも、昨日脱衣所から悲鳴が――」
「白夜ァァァ!」
それぞれ仲が良いため、和やかな空気が収録現場に流れる。
そんな中、スタジオのドアが開いてスーツに身を包んだ乙姫が入ってきた。
「みんなー、差し入れ持ってきたわ」
「「わーい!」」
「こういうときは行動が早いよな……」
差し入れと聞いて、林檎とまひるは素早く乙姫の元に駆けていく。
その様子を見て、白夜は呆れたようにため息をついた。
「お忙しいのにわざわざすみません、乙姫先輩」
「いいのよ。最近は社内体制を整える方にも力を入れてるおかげで、私達も動きやすくなってるから。本当に大したことじゃないの」
「いえ! それでも、こうして足を運んでいただけるだけでうれしいですよ!」
「むぅ……」
乙姫が来た途端、明らかに声のトーンが上がっているハンプを見て、サーラは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「白夜、白夜! てぇてぇ力場が発生してるよー!」
「あんたは本当毎日楽しそうだな……」
「でも、あの二人はお似合いだよねぇ」
「まあ、傍から見たらやり取り夫婦だもんな」
涎を垂らしそうな勢いでだらしない表情を浮かべる林檎に、呆れつつも姉であるまひるの意見に白夜は同意する。
「もうしばらくあの二人の様子見てたいわー」
「どんだけてぇてぇに飢えてるんですか……」
興奮する林檎と呆れる白夜。
そんな二人をまひるは珍しく大人びた表情を浮かべて眺めていた。
「……二人もてぇてぇだけどね」
ふっと微笑んでまひるは小さく呟いた。
「あっ、そうだ」
差し入れをスタッフに渡すと、乙姫は自分の後ろの方へと声をかけた。
「あなたからも差し入れあるんでしょ、タマちゃん」
「ちょ、乙姫先輩。まだ心の準備が……」
バツが悪そうな表情を浮かべたタマがスタジオへと入ってくる。
その姿はいつものメイド服……ではなく、シンプルな白いパーカーとスカートという恰好だった。
「その、久しぶり。今日は〝プチらいぶ〟の打ち合わせで寄ったから、ついでに差し入れ持ってこうと思って」
「タマちゃんったらオンラインでも打ち合わせできたのに、わざわざ事務所に顔出すって聞かなくってねぇ」
「乙姫先輩!」
タマは最近始動した公式チャンネルでの切り抜き動画の漫画化のイラストをにじライブの専属イラストレーター〝NO NAME〟として担当していた。
タマらしいポップで可愛らしい絵柄は、にじライブのライバーの切り抜き動画との相性もよく、人気コンテンツと化していた。
今日はその打ち合わせのために事務所に来ていたのだが、その実、タマは理由を付けて収録を行っているメンバーに差し入れを持っていきたかっただけだった。
「タマちゃん! 久しぶり!」
「おっ、元気そうだなタマ!」
ライバー時代から交流のあるまひるとハンプは、すっかり健康的な顔色になったタマの姿を見て嬉しそうに駆け寄った。
「白夜、サーラ先生。何かいいよね、こういうの」
「そうですね。僕も拾ってもらった身なので、よくわかりますよ」
「ええ、胸がジーンとしてくるわね」
まひる、ハンプ、タマの三人が楽しそうに談笑する姿を見て、林檎も、白夜も、サーラも、今楽しくライバー活動ができる幸せを噛み締めた。
「そういえば、サーラさん。勝輝さんから聞いたんですけど、黒岩社長って今イベント運営企業立ち上げたらしいですよ」
ふと、白夜は以前世話になっていた元バーチャルリンクの社長である黒岩のことを思い出した。
「えっ、そうなの? あの人サブカルに関わるとオタクに殺されない?」
「さすがに社長は別の人間立てて運営してるみたいですよ。自分の名前も芸名みたいな感じにして誤魔化してますし」
「まあ、さすがに悪評が広まりすぎたものね」
黒岩はSNS上で、Vtuber史上最悪の事件の黒幕として大炎上した。
そのデジタルタトゥーは深く、現在は表には出てこようとしていなかった。
「よく一緒に起業してくれる人がいたよねー」
「まあ、あの人企画力とかは優秀だったからなぁ。実際、まだ男性Vが浸透してない頃に僕の人気が出たのも半分はあの人のおかげなとこあるし、金儲けに目が眩んでなければ成功すると思ったんじゃない?」
「また金に目が眩むとは思わなかったのかしら……」
白夜はどこか願うように、サーラは全く期待していないような様子で黒岩のことを語った。
「案外レオやタマ先輩みたいにどん底を経験して変わってるかもよー?」
「だといいんですけどねぇ……」
白夜は魔王軍結成のときに想いを馳せる。
まだ仲間と一丸になって頑張っていこうと意気込む黒岩の姿が頭を過ぎる。
無茶苦茶することも多かったが、あのときだって確かに楽しい時間ではあった。
彼が現場の人間を軽んじているような人間のままではいないでほしい、と白夜は強く願うのであった。