「ハイホ~♪ ハイホ~♪ 煽林檎~♪」
林檎は自分の持ち歌である〝イキイキフレッシュ煽林檎〟を口ずさみながら、上機嫌で事務所の廊下を歩いていた。
「ほ?」
ふと、休憩所で白夜がイヤホンをしてゲームをしている姿が目に入る。
白夜は食い入るようにゲーム画面に夢中になっており、ちょっとやそっとでは周囲の様子に気づくことはなさそうだ。
「ほーん…………にひっ」
そこで林檎はある悪戯を思いついた。
悪い表情を浮かべると、林檎は静かにしゃがみながら白夜の背後に回りこんだ。
「だーれだ!」
「うひゃっ!?」
後ろからほぼ抱き着く形で腕を回して目隠しをする。
突然の訪れた感触に白夜は驚きのあまり情けない声を上げた。
「にひひっ、驚い、たー……」
最初こそドッキリ大成功とばかりに笑顔を浮かべた林檎だったが、休憩スペースに思ったよりも人がいたことによって声が尻すぼみに小さくなっていく。
ちょうどスタジオでの収録が重なり、収録を終えたライバー達がせっかくだからと一緒にゲームをやっていたため、休憩スペースにはいつもより人が多くいたのだ。
「な、何でこんなに人が集まってるのー?」
一斉に視線が自分達に集中したことで、林檎の表情から笑顔が消える。
気まずい雰囲気の中、一番近くの席に座っていたレオが口を開いた。
「えーと、白雪? 随分と白夜君と仲良くなったみたいだな」
「い、いやー……そのー……」
林檎は顔が熱くなるのを感じながらも、静かに白夜の隣に腰掛けた。
「ゲーム中にごめんねー……」
「スゥッ――――…………いえ、気にしないでください!」
しおらしい林檎の反応に白夜は激しく動揺していた。
「<●> <●>」
「レイン、どうしたん? 目が怖いんだけど……」
そんな白夜を遠くからレインが目をかっ開いて、じっと見つめていた。
「へぇ、何か面白いことになってんじゃん」
珍しいものを見たとばかりに、ニヤニヤしながら夢美は林檎の真正面までやってきて腰掛けた。
「せっかくだし、今度二人でチューラブでも歌ったら?」
「おい、夢美。あんまり揶揄うなよ……」
夢美は普段からカプ厨である林檎の餌食になっているため、ここぞとばかりにいじり返すことにした。
「チュー林檎ラブ!」
「うがぁぁぁ! やめてぇぇぇ!」
人をいじるときはイキイキといじり倒す林檎だったが、いじられるほうには耐性が低かった。
「ほら、白夜君はどうなの? 林檎ちゃんと歌ってあげなよー」
さりげなくサポートするつもりで夢美は自分達も歌ったことのあるお似合いの男女がよく歌っている曲を歌うように白夜へ話題を振った。
「あっ、すみません。俺、姉ちゃんと歌ったやつ投稿する予定あるので」
「……………………」
しばし重い空気が流れる。
脊髄反射で答えた白夜だったが、段々と自分がやらかしたことに気がづいて冷や汗をかき始める。
告白する前に振られたような気分を味わった林檎の頬が不機嫌そうに膨らんでいく。
空気が重くなるのを感じたレオはすかさずフォローを入れることにした。
「白鳥姉弟も投稿するのか。俺達も動画で投稿するとこだったんだよ」
「えー、マジすか! 偶然っすね!」
「下手くそか!」
露骨に話題を逸らしにかかる白夜に、夢美が呆れたようにツッコミを入れる。
その結果、林檎はますます拗ねた態度をとっていく。
「あー、そうですかー。じゃ、私は他の人と歌っちゃおうかなー」
そう言うと、俺は関係ないとばかりに聞こえない振りをしていたハンプの方へと歩み寄っていく。
「オタク君さー、今なら私と歌ってみたを投稿できるよー?」
ハンプは公式ゲーム番組ハンプ亭道場で林檎と絡むことが多く、この二人組も人気の組み合わせではあった。
そこで声をかけたのだが、ハンプはバツが悪そうな表情を浮かべて林檎へと告げる。
「あー……悪い。俺はサーラと歌う予定があってな……」
「ほ?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、林檎は間抜けな声を漏らした。
ここ最近、歌ってみたで歌う曲のタイミングが重なり多くのライバー達がこの曲を男女で歌う流れが出来ていた。
そのため流れに乗ったハンプもサーラと歌う予定が入っていたのであった。
そんな中、先ほどから林檎の方をキラキラとした目で見てくる者がいた。
「あっ、レイン」
「林檎さん。レインの横、空いてますよ?」
キメ顔でピンクのベストを着た芸人の物真似をしてレインは林檎と一緒にその曲を歌おうとしていた。
しかし、それに待ったをかける者がいた。
「待て待て待てぇ! レインは私と歌う予定だろ!?」
「いや、ほら、私達のはまだ録音もしてないし……ね?」
「ね! じゃねぇよ! 可愛く言っても許されねぇよなァ! 何サラッと幼馴染切り捨てようとしてんじゃ! 泣くぞ、人前で!」
レインとコンビで行動することの多いリーフェは唾を飛ばす勢いでレインに詰め寄る。
リーフェもレインと一緒に歌ってみたをやろうと話をしていたところだったのだ。
「ごめんて。だってほら、林檎さんかわいそうじゃん」
「私の方がかわいそうだろぉ! 私にはお前しかいないんだよ!」
「いや、バッカスさんとかいるじゃん」
「あれは私が一方的に絡んでるだけだから頼めるわけないじゃん!」
「てぇてぇの当たり屋……」
リーフェはバッカスに一方的に絡むことも多かったが、それはあくまでもリーフェの一方的なものであり、この二人の組み合わせは所謂ネタ枠として認識されていた。
「おっ、今日はやけに賑やかやな」
混沌とした休憩スペースにコーヒーを淹れにやってきたかぐやが通りがかる。
かぐやの姿を見た途端、林檎はすがるような思いで声をかけた。
「バンチョー! ちょうどいいところに! 私とチューラブ歌わない!?」
「すまん、来週乙姫と歌ったやつプレミア公開なんや。じゃ、ウチは仕事あるから戻るで」
「えぇ……」
流れるようにかぐやに断られた林檎はがっくりと肩を落とした。
しゃがみこんだ林檎は床に指で〝の〟の字を書きはじめる。
「いいよー……どうせ私はチューラブ一緒に歌う相手のいない独り身ですよーだ」
「いや、あの、林檎さん」
「んだよ、シスコン」
「スゥッ――――…………」
おろおろとしながら白夜が林檎に声をかけようとするが、取りつく島もない。
そんなとき、彼らの元に救世主が現れる。
「林檎先輩♪」
満面の笑みを浮かべたミコは林檎に手を差し伸べる。
「私で良ければ一緒に歌お!」
「ミコちゃん……!」
ひしっ、とミコに抱き着くと林檎は嬉しそうに笑った。
「……ま、私もかぐや先輩に断られた余りもんなんだけど」
深いため息をつくとミコは顔を引き攣らせながら林檎の頭を撫でた。
その夜。
配信を終えて林檎がピアノを弾いていると、スマートフォンに新着メッセージが届いた。
[もしよかったら今度の休み、一緒に出掛けませんか?]
メッセージは白夜からだった。
林檎は頬を緩めると、返信するためにメッセージを入力していく。
そこで、林檎は打ちかけていた[えー、どうしよっかなー]という文字を消して[もちろん、いく!]と打ち直して送信するのであった。