三期生がデビューしてから二ヶ月の時が経った。
三人の中で一番登録者数が伸びているのはやはり夢美で、現時点で登録者数は九万六千人。多くのユーチューバーが目指す登録者数十万人が現実味を帯びてきていた。
次点でレオが登録者数八万六千人。一ヶ月での伸びを考えると夢美よりも低いように見えてしまうが、理由は単純で、最近のレオは配信頻度を少し落としていたことが原因だ。
もちろん、配信が嫌になったわけではない。単純に大型コラボ企画に向けてボイストレーニングや打ち合わせ、3Dモデリングのテストなど、リアルが忙しくなっていたという理由があった。これに関しては事前に袁傪達に通達しているため、心配している声はなく、期待している声の方が大きい。
そして林檎の登録者数だが、現在では八万三千人まで増えていた。
デビュー一ヶ月目時点での登録者数を考えれば、彼女がここ一ヶ月で一番登録者数を伸ばしたと言えるだろう。
林檎は最初の一ヶ月で自分のチャンネルを客観的に分析し、自分の立ち位置を把握したことで以前よりもうまく立ち回れるようになっていたのだ。二期生とのコラボを積極的に行っていたのも大きいだろう。
何よりも、林檎が〝にじライブのクズ代表〟と認識されていることもあり、彼女とコラボしたライバーは相対的に評価が上がり、そんなライバーの魅力を引き出す林檎の評価も上がっていたのだ。
彼女の問題点を上げるとすれば、担当マネージャーである亀戸のサポートをまったくと言っていいほど信用せずに、ほとんど自分で自分の配信の方針を決めていたことだろう。
結果が全ての業界のため、事務所としては大きな問題を起こさない限り、林檎の問題行動には目を瞑っていた。
むしろ、そういった面でのサポートが亀戸の仕事だったのだが、林檎の両親は片や大物芸能人、片や世界的にも有名なピアニストだ。
一マネージャーである亀戸は元の気弱さも手伝って、林檎に全くと言っていいほど意見できなかった。
その結果、亀戸は一時的に林檎の担当を外され、諸星の指示によって他のマネージャー達の同行を行っていた。
二期生のマネージャー陣は複数のライバーのマネージャーを兼任しており余裕がないため、現在林檎のマネージャー業を担当しているのは諸星だった。
諸星は忙しい立場ではあるが、林檎は実況者時代はマネージャーがやるようなことを一人でこなしていたこともあり、案外手はかからなかった。そもそも、諸星自身の手腕が優秀だったことも大きいが。
諸星の意見に物おじせずに答え、方針の擦り合わせを行う二人の姿を見れば、林檎がデビュー当初から炎上を繰り返していた問題児には見えないだろう。
諸星はその雰囲気から融通の利かない人間だと誤解されがちだが、林檎のぶっ飛んだ提案もまずは肯定してから、問題点を探り二人で落としどころを見つけていた。
問題行動を起こすが、諸星のフォローのおかげで最近はそこまで目立たない。打ち合わせはスムーズに進む。
誰もが「最初から諸星部長が担当すれば良かったのでは?」と首を傾げる結果になったわけだが、諸星としてはきちんと部下に成長してほしかったという思いもあったのだ。
そんな事情もあり、亀戸は――
「獅子島さん、飯田さん、本日は宜しくお願い致します!」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
「亀戸さん、今日は一緒に獅子島さんのサポートよろしくね!」
レオ、飯田と共にとあるスタジオにやってきていた。
今日はにじライブ以外のVtuberとのコラボ企画の日だ。
企画内容はカラオケ大会。歌系バーチャルライバーであるレオには持ってこいの企画だ。
しかし、レオには一つだけ心配していることがあった。
それは他の企業に所属するVtuber達の顔ぶれだ。
Vtuberという文化が開花してからV界隈を支えてきた一人であるベテランVtuber
全員がVtuberとしてはレオの先輩にあたり、登録者数も全員20万人越えの猛者達だ。板東イルカにおいては、にじライブで最も登録者数の多いかぐやの70万人よりもさらに多い登録者数90万人の怪物だ。
今回の企画の参加者で、レオだけが登録者数10万人を越えていないこともあり、レオは自分の存在が邪魔にならないか心配していたのだ。
「飯田さん。この企画で俺は全力で歌っても大丈夫ですかね?」
下手に目出ち過ぎれば、先輩達の過激なファンの反感を買いかねない。
慎重になるレオに対して、飯田は真っ直ぐにレオを見据えて言った。
「大丈夫。何があっても獅子島さんは必ず僕が守ります。ですから思う存分暴れてきてください」
飯田の覚悟が込められた言葉を聞いたレオは自然と肩の力が抜けた気がした。
緊張が解れたレオはアイドル時代のときのように、獲物を捕食する肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべると、飯田に向かって拳を突き出した。
「背中は預けますよ、マネージャー」
「ええ、任せてください!」
飯田もそれに応えてレオの拳に自分の拳をコツンと打ち付けた。
そんな二人のやり取りを見ていた亀戸は純粋に二人の信頼関係を羨んでいた。
「あっ、あの、獅子島さん。これをどうぞ!」
二人のやり取りに見とれていた亀戸は思い出したように、ドラッグストアで買ってきたのど飴やのどスプレーを渡した。
「これは?」
「今日の配信は長時間に及びますし、のどに良いものと思って……」
亀戸はレオののどを気遣って事前にのどに良い物を購入していた。そんな彼女の気遣いにレオは気まずそうに礼を述べた。
「あー……ありがとうございます。でも、用意はあるので大丈夫です。わざわざすみません」
「へ?」
「亀戸さん、獅子島さんは歌枠をするときは自分でそういったものは買ってるんだよ。一応予備で僕も買ってはいるけどね」
レオの態度に困惑している亀戸に飯田が補足するように告げる。
「すみません! 余計なお世話でしたね……」
また失敗してしまった。そう思った亀戸は顔を俯かせる。そんな彼女にすかさずレオはフォローを挟む。
「そんなことないですよ。気遣いは純粋に嬉しいですし、しっかりライバーのことを考えている人だと感じましたよ。俺が元アイドルって特殊な人間だから、噛み合わせが悪かっただけですって」
「特殊な人間……」
レオの言葉によって、亀戸の頭に元人気実況者という経歴を持つ林檎の顔が浮かんだ。
自分は果たして林檎のことをどれだけ理解していただろうか。
怯えるばかりで、自分のことなど信用しようともしない林檎とコミュニケーションを取ることを初めから諦めていたのではないだろうか。
亀戸は改めて〝手越優菜〟でも〝ゆなっしー〟でもない〝白雪林檎〟という人間を見ようともしていなかったことに気が付いた。
「獅子島さん、ありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」
フォローしたことに対する礼だと思ったレオは亀戸に笑顔を浮かべて言った。
「あっ、俺ちょっと共演者の方達に挨拶してきます!」
それから、周囲を見渡して出演者らしき人達を確認すると、そちらの方へと駆け出していった。
そんなレオの背中を見送る亀戸に、飯田は問いかけた。
「亀戸さん、答えは見つかりそう?」
「……正直、正解なんてまだわかりません。でも、前に進む覚悟はできました」
もう亀戸の表情に一切の曇りはなかった。
実はこういうマネージャー陣の話も好きだったりします。
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