お盆休みがやってきたこともあり、レオと夢美は配信上であらかじめ休暇を取ることを視聴者達に伝えていた。
去年のことを揶揄われながらも、今回はしっかりと二人共実家に帰省する準備が整った。
そして実家に帰る前、二人は成田空港に来ていた。
「パスポートは持ったか?」
「大丈夫、お土産とか忘れてない?」
「スマホはきちんと持ったか?」
「車の方に忘れ物とかしてない?」
「一応、手荷物の方も確認した方がいいと思うぞ」
「向こうの空港に着いたら連絡してね」
ゲート前でレオと夢美はこれからイギリスに帰省するミコの見送りに来ていた。
「もう、二人共心配しすぎだし……」
先ほどからずっと心配ばかりしている二人に、ミコは呆れたように肩を竦める。
ちなみに、このときの様子は後にミコがツウィートに投稿したため、二人が裏でも親バカっぷりを発揮していることが知れ渡るのであった。
「それじゃ、いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
ゲートに向かうミコをレオと夢美は、その背中が見えなくなるまで見送るのであった。
ミコの見送りも終わったことで、二人はそのまま実家まで車で向かうことにした。
「それにしても拓哉って運転できたんだね」
「大学のときはサークルの連中とアホほどあちこち遊びに行ってたからな」
レオは久しぶりだというのに、慣れた手つきで父親から借りた車を運転をする。
夢美は乗り心地の良いレオの運転に感心していたが、理由を聞いた途端に冷たい視線を送った。
「いや、勉強しろよ」
「俺にとって大学は社会に出るまでのモラトリアムみたいなもんだったからな。実際、大学行って得するのは会社での給料とか、大卒限定で採用やってる会社に応募できるっていう看板の部分が大きいんだよ。大学に通ってきちんと学ぶ奴なんて半分以下だと思うぞ?」
「全国の大学生に謝れ……いや、まあ、実際に会社に入ってきた大卒と高卒で能力に差がなかったりしたけどさ」
夢美はレオの発言を否定しきれずに、複雑そうな表情を浮かべた。
「ま、俺は結局プライド拗らせて学歴が役に立たないフリーターになったんだけどな!」
「いや、それ笑えないから……」
過去の自分を笑い飛ばすレオだったが、夢美はトップアイドルからの転落っぷりに表情を引き攣らせるだけだった。
「まったく、あたしを笑わせるって啖呵切っといてそのザマかよ」
「……それを言われると痛いな」
「でもまあ、今は笑顔にさせてもらってるからいいんだけどさ」
夢美は笑顔を浮かべると、ライバーとしてデビューした頃に想いを馳せる。
偽りの幼馴染から始まった同期としての関係。
それが偽りでないとわかり、今ではこうして恋人という関係までに発展した。
たった一年でここまでのことが起きるなど、まったく想像ができなかった。
きっとデビュー当時の自分に現状を話したところで信じないだろう。
「何かお互いもうすぐ金盾目前って信じられないなぁ」
「俺もこんなスピードで来るとは思ってなかったよ」
現在、にじライブで登録者数百万人を超えた者はかぐや、ミコ、まひるの三名だ。
レオと夢美、林檎はそれに続くのではないかと言われている。
また白夜やレインもかなりの勢いで数字を伸ばしているため、にじライブの未来は明るいと言っていいだろう。
最近は配信界隈が活発化していることもあり、様々な企業がゲーム大会を開いている。
レオ達ライバーもかなりの頻度で公式大会に呼ばれることがあった。
収入面もかなり安定していると言っていい。
「この調子なら夢星島の3Dイベントのときには突破しそうだな」
「今回のイベントはかなり気合入ってるもんね」
「ケイティがめちゃくちゃ張り切ってるからな。あの子も前より自由に活動できるようになって良かったよ」
近々、夢星島の三人で行う無料イベントがある。
これはミコが言い出したことで、学生など金銭的余裕のない者達にもイベントの空気を楽しんでもらい、将来社会人になったときにもファンでいてくれるためのイベントとして企画した。
これがミコがきちんと自分を応援してくれる人間と向き合った結果、出した答えだったのだ。
「あんなにアンチに悩まされてたのに、ようやく前を向けるようになって本当に安心したよね」
「ああ、もう俺達にとっちゃ娘みたいなもんだからな」
ミコが明るく元気な笑みを思い浮かべ、レオと夢美は自然と口元が緩んでいた。
「……あたし達の関係ってみんな受け入れてくれるのかな」
唐突に夢美は不安そうに呟く。
「そうだなぁ、百人が百人受け入れるとは言えないな。俺達以外のファンのガチ恋勢からしてみれば、ライバーの恋愛、結婚解禁とも取れるからな」
アイドルや声優が結婚すると、ファンが荒れるという現象がある。
Vtuberでも、同じような現象が起こっているのだ。
特に視聴者達との距離の近いVtuber界では、その傾向が顕著である。
推しの幸せを祝えない時点でファンではないという声もあるが、楽しみ方は人それぞれだ。
どうしても祝福できない人間はいても仕方のないことなのだ。
Vtuber界ではまだ交際したないし、結婚した報告をしたVtuberはいない。
つまり、前例がないからこそ〝Vtuberは結婚しない〟という安心感が生まれている。
これを壊すことで非難が殺到することを夢美は気にしているのだ。
「まあ、祝福してくれる声の方が多そうだけどな」
「やっぱ、批判は圧倒的祝福の声で押しつぶすしかないかー」
夢美はため息をつくとハンドルを握っているレオの方を向く。
「最高のタイミングで発表したいところだな」
「だったら、わかってるでしょ?」
「圧をかけるな、圧を……」
頬を膨らませる夢美に、バツが悪そうにレオが苦笑する。
催促されるとやりづらいが、実は既に準備は整っている。
レオはポケットにある小箱の存在を確かめると、決意を新たにゆっくりとアクセルを踏み込んだ。