「お父さん、この人が幼馴染であたしを助けてくれた司馬拓哉。今は同じ事務所でライバーやってるんだ」
「正直、助けられてることの方が多いけどな。お義父さん、由美子さんは絶対に幸せにします。どうか。安心して天国から見守っていてください」
レオと夢美は墓の前で目を瞑り、手を合わせる。
ここは夢美の前の父親の森且已の墓だ。
去年、レオは墓参りをする夢美を外で待っているだけだったが、今年は結婚の挨拶という形で共に墓参りすることになった。
「よし! じゃあ、みんなにも報告しなきゃね」
「そうだな、付き合うことになったときもたくさんの人に世話になってるしな」
且已への挨拶を終えた二人は、休暇を終えていつもの日常へと戻っていく。
二人が戻ってから真っ先に結婚を報告したのは、林檎だった。
「マジか、マジかマジかマジで!?」
「「いや、怖いって」」
林檎は血走った目で、身を乗り出してきて二人に詰め寄る。
その尋常ではない様子に、レオも夢美も若干引いていた。
ずっと同期として間近で二人と接してきた林檎は、誰よりも二人の結婚を待ち望んでいたのだ。
「婚姻届はもう出したのー?」
「いや、日付はイベントの日にしようと思ってな」
「タイミング的にもそれがベストかなって思ってさ。あと、せっかくだし可愛い婚姻届で出したいし」
一般的に婚姻届といえば、役所からもらってくるようなお堅い用紙をイメージしがちだが、実は自作したりすることもできるのだ。もちろん、受理されるかどうかは自治体によるので、そこは要確認である。
ネットで検索すれば、おしゃれなデザインの婚姻届はいくらでも見つかる。
夢美はせっかくだからと、婚姻届の作成をタマへと依頼していた。
「そういや、優菜は司君と付き合い出したんだってな」
「その話はいいんだよ! 今は私のてぇてぇ補充タイムなの!」
「お、おう……」
てっきり照れ隠しなのかと思いきや、林檎はただ今は自分が話を聞いて〝てぇてぇ成分〟を補充する番だと主張しているだけだった。もはやてぇてぇヤクザである。
「結婚したらどうするのー? 家とか買うのー?」
「いや、今が一番配信環境整ってるしな。ケイティと離れるのも寂しいだろうし、しばらくはこのままでいくよ」
「家買うにしても、ローンじゃなくて一括で買えるようになってから買った方が後々安心だからね」
「どんだけ稼ぐ気だよー……」
レオと夢美はこのまま一生ライバー活動で食っていく覚悟は持っていたが、もしものときを考えていないわけではなかった。
最悪、Vtuberというコンテンツが終わったとしても、生き残るための保険はきちんと用意してあったのだ。
「俺も夢美もV以外の人脈は太くしているから、もしものときもガッツリ稼げるようにするつもりだしな。ま、このVtuberってコンテンツを終わらせる気はサラサラないけど」
「これからもコンテンツ自体を盛り上げるような存在になるつもりだしね」
「たぁー! 私も頑張るよー!」
二人の宣言を聞いた林檎は心底楽しそうに気合を入れた。
「それで今度のイベントは無料で見れるし、俺のチャンネルでやるから報告の場としては最適だ。告知も前からしてるし同接も期待できる」
「結婚報告の方はもう準備万端なんだけど、そのあとの方では優菜ちゃんにもいろいろ協力してほしくてさ」
「するするー! 何でも言ってよ」
林檎は詳細を聞く前から二つ返事で協力を承諾した。
林檎にとって、この二人は自分の人生を救ってくれた存在だ。
断る理由など、どこにも存在していなかった。
「ん? 今、何でもって――」
「何でもするよ。当たり前じゃん」
ネットスラングで茶化そうとした夢美に対し、林檎は真剣な表情を浮かべて告げた。
「大切な同期の結婚だもん。最高に盛り上げてみせるよ」
珍しく真面目な口調でそう告げた林檎に、レオも夢美も笑顔を浮かべる。
「まったく、頼もしい限りだよ」
「ホント、優菜ちゃんが同期で良かった!」
それから、レオと夢美は関係者各位、友人達に結婚報告をした。
にじライブのライバーとしてデビューして、多くの人達と関わってきた。
Vtuberだけではない、様々なジャンルの人間達に支えられて今の自分達がある。
祝福のメッセージで埋まったメッセージ欄を見て、レオ達の胸に熱い思いが込み上げてきた。
そして、レオと夢美は改めて事務所を訪れた。
会議室では、ビシッとスーツを着こなしたかぐやの姿があった。
「なるほど、ようやくか」
目の前に座るレオと夢美を見て、かぐやは柔らかい笑みを浮かべた。
レオ達三期生のデビュー当時は仏頂面でいることが多かったかぐやも、最近ではすっかり笑顔を浮かべることが増えた。
三期生の活躍、四期生の救い上げ、乙姫の復活に、タマとの和解。
ずっとかぐやを悩ませ、心を蝕んでいた出来事を解決するためのきっかけを作ったのも三期生達だ。
だからこそ、こうしてVtuber業界に新たな嵐を巻き起こそうとしている二人の報告に、かぐやは笑顔を浮かべられずにはいられなかった。
「まずは結婚おめでとうな。デビュー当時から見てきたからこそ、ホンマに嬉しい報告やな」
「「ありがとうございます!」」
世話になった尊敬する先輩からの言葉に、レオと夢美は深々と頭を下げる。
「多少は荒れるやろうけど、そこはウチら事務所側としてもきっちり対応するで。ま、アンスレが盛り上がるくらいで、ノイズ程度やろうけどな。何、あんたら二人には優秀なマネージャーが付いてるんや、堂々としとき」
「頼もしい限りです」
「飯田さんもよっちんも過呼吸になってたけど、大丈夫かな……」
夢美は結婚報告をしたときのマネージャー二人の様子を思い出して苦笑する。
「何はともあれ、まずはイベントの成功が大事や。ここでコケたらシャレにならんで?」
「あはは、もちろんですよ」
「というか、あたし達が失敗すると思います?」
レオと夢美は笑い合うと、獰猛な笑みを浮かべて告げる。
「「我らにじライブぞ?」」
それから簡単な打ち合わせをしてレオと夢美は会議室を後にした。
「ホンマ、頼もしい限りやな……」
会議室で一人、かぐやは感慨深そうに呟くと仕事に戻っていくのであった。