結婚式の準備は大勢の仲間達の協力もありつつがなく進んだ。
もちろん式場の手配や招待状など、初めてのことばかりで苦労の連続だったが、何とかひと段落ついたところだった。
「国内、絶対に国内!」
「やっぱり海外はダメか?」
「絶対に嫌!」
「そっかー……」
事務所の休憩所で旅行雑誌を広げ、レオと夢美は口論をしていた。
口論の内容は新婚旅行の行き先についてである。
夢美は出不精なこともあり、旅行自体に乗り気ではなかったが、人生で一度きりということもあり、新婚旅行に行くこと自体はやぶさかではなかった。
しかし、問題は行き先だった。
「まず、あたしもレオもパスポート持ってないし、海外は言葉が通じないからストレス溜まるし、海外のが治安悪いでしょ? リスクと面倒くささがカンストしてるんだよ」
「それはそうだけど……」
「国内ならサラッと行けて安心だし、検索すれば簡単に情報も得られるでしょ」
「いや、でも、ほら、新婚旅行で海外って何かいいじゃん!」
「反論がふわっとし過ぎでしょ」
完全に論破され、言葉が出てこないレオに夢美は呆れたようにため息をついた。
「まあ、しょうがないよな……」
「そんなにがっかりしないでよ。あたしが悪者みたいじゃん」
レオは自分の希望が通らなそうだと理解して、ガックリと肩を落とす。
「お困りのようですね!」
そんな二人の元へ得意げな表情を浮かべたレインがやってきた。
「あれ、レインちゃん。今日は収録?」
「はい! ハンプ亭道場の収録でした!」
レインは今ではすっかりにじライブでは一軍扱いのライバーだった。
元魔王軍だったことも段々と知らない者も増えており、今ではすっかり〝元ウェンディ〟ではなく、にじライブのレイン・サンライズとして認識されていた。
「お二人が結婚したと聞いて、お兄ちゃんに結婚したときの話聞いてきました!」
「レインちゃんのお兄さんって結婚してたのか」
「そうなんですよ。私と同じ陰キャオタクだと思ってたのに、オタクに優しいギャルと出会って、いつの間にか結婚することになったって聞いたときはひっくり返るかと思いましたよ……!」
レインは握り拳を作ると、複雑そうな表情を浮かべた。
「ちなみに出会いは?」
「小さい頃、ポケセンでよく遊んでた女の子と大学で再会して付き合うことになったんですよ。お互い学校も違ったからあだ名しか知らなかったけど、ゲーム一緒にやったときに、そのときの子だって気づいたみたいです」
昔、仲が良かった幼馴染みと再会して結婚に至る。
どこかで聞いたことのあるような話に、レオも夢美も興味を示した。
「何かすごいデジャブだな」
「あたしはオタクに優しいギャルってとこが凄い気になるんだけど……」
「お兄ちゃん、昔はクラスの中心的存在だったんですけど、ゲームばっかりやってたら高校生くらいから孤立しはじめて、気がついたらコミュ力失ってたらしいんですよ」
「何かすごく悲しい話を聞いた気がする……」
レオも同じゲームに熱中していた身であるため、レインの兄の話はどこか他人事に思えなかった。
「大学生だったお兄ちゃんは、グループワークのときにお義姉ちゃんと出会ったみたいなんです」
「で、それがオタクに優しいギャルだったと」
「そうなんですよ……許しがたい。いや、めっちゃいいお義姉ちゃんなんですけどね」
言葉の端々にリア充への恨みが滲み出るレインだったが、話を聞く限り兄妹仲は良好だった。
「剣盾が発売されて、ライト層が前より結構増えたじゃないですか。それで久しぶりに復帰したお義姉ちゃんと一緒にゲームやったときにニックネームで昔一緒に遊んでた子だって気づいて、そこからしょっちゅう一緒に遊ぶようになって、結婚まで至ったわけです」
レインから語られた兄と義姉の馴れ初めを聞いたレオは興味深そうに頷いた。
「じゃあ、幼馴染みってわけか」
「そんなこと現実にあるんだね」
「あなた達がそれを言いますか。何ならお二人の方がレアケースですからね?」
ゲームを通じて結婚したという話は現代においてそう珍しくないことだ。
明らかにレアケースであるレオと夢美の馴れ初めを知っているレインは呆れた視線を二人に送った。
「それで、お兄さんは新婚旅行でどこに行ったんだ?」
「カントーからガラルまで舞台になった土地をルーレットアプリに入れて回したみたいです。結果はアローラだったみたいでハワイに行ってました」
「すげぇな、それ」
いかにもオタクらしい新婚旅行の決め方にレオは感心したような表情を浮かべる。
「確かに、ルーレットなら公平性は保たれるよね」
「お互いの意見が割れたらゲームに委ねる、か。そうだ、夢美! これ配信でやらないか?」
「おっ、いいねぇ。新婚旅行を決める配信なら珍しさで数字も出そうだし、視聴者達が証人だから約束を反故にもできないしな!」
レオと夢美は先程新婚旅行の行き先で争っていたことも忘れ、配信内容についてアイディアを出し始めた。
「本当、二人共根っからのライバーですよね」
「そりゃ、なぁ?」
「だって、ねぇ?」
レオと夢美は笑い合うと、レインに向けて笑顔で言った。
「「我、にじライブぞ?」」
「ふふっ、やっぱり二人はそうでなくちゃ」
かつてバーチャルリンクという地獄から救い出してもらったときから変わらない二人を見て、レインは心底楽しそうに笑うのであった。