Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【新婚旅行準備】観光ガイド担当者

 

 

 夢美が海外旅行を渋っていた理由は、主に準備の面倒臭さが原因だった。

 海外旅行は国内に比べて準備しなければいけないことが多い。

 自分から何かアクションを起こすことが苦手で、状況から強制されて何かをすることが多い夢美にとって海外旅行の準備は最も苦手な部類に入る。

 

 しかし、配信で海外旅行の行き先を決めてしまい、ガイドも雇った。

 もう夢美には面倒だからといって準備をしないというわけにはいかなかった。

 一度決まってしまえば、それに向かって行動は起こせる。

 友人との約束が面倒で嫌になっても、行ってしまえば楽しいみたいなものである。

 

「よし、結構準備も進んだんじゃない?」

「目を逸らすな。このとっちらかったキャリーケースを見ろ」

「や、やめろー! 現実を突きつけてくるな!」

 

 夢美は準備自体は行っていたが、旅行のパンプレットや近くに転がっていた漫画に手を伸ばしてしまう始末で、進捗は著しく悪かった。

 

「まったく、お前は本当に整理整頓って言葉を知らないな……」

「うちのリスナーみたいなこと言うな! あたしだってやろうとは思ってるんだよ!」

「本当に妖精はツンデレな保護者が多いよな……」

「だから、拓哉くらいは甘やかしてよ」

 

 夢美の視聴者層は、基本的に夢美を父親目線で見る男性視聴者か夢美に共感して好感を抱く女性視聴者が多い。もちろん、残りはカプ厨である。

 配信でも部屋が汚いことを注意されたりすることもあるため、夢美は旦那が甘やかしてくれないことにへそを曲げる。

 

「別に普段だったらそれでもいいけど、スケジュールはキツキツに入れてるだろ。前日は俺も案件で手伝えないんだし、先に準備は済ませておかないとマジで大変だぞ」

「何で前日に案件入れたんだよ」

「ベスティアシリーズの案件は死んでもやれって言ったのはどこの誰だっけなぁ?」

「そ、そんなことも言ったような気がするなぁ……」

 

 新婚旅行の前後は飯田や四谷が気を利かせてスケジュールを調整してくれた。

 しかし、あとから打診がきたcre8からの案件をレオは受けた。

 マネージャーである飯田は渋い顔をしていたが、レオ自身思い入れのあるシリーズではあった上に夢美が凄まじい形相で絶対に受けろと言ってきたのだ。

 レオにとっても夢美にとってもベスティアシリーズは特別な作品だ。

 多少スケジュールがきつくなるくらい問題だとも思っていなかった。

 

「とりあえず、準備の続きはパスポート受け取ってからにするぞ」

「えっ、もうそんな時間?」

 

 夢美はスマートフォンで時間を確認すると、目を見開いた。

 

「パスポート受け取った後はガイドのラウタンさんと会う予定もあるしな。時間は有限だ」

「わかってるよ。出かける準備してくるから待ってて」

 

 それから二人はパスポートを受け取るために有楽町にある交通会館へと向かった。

 特に問題も起きずパスポートを受け取った二人は、そのままその足でカリューの紹介でガイドをしてくれるという海原ラウタンとの待ち合わせのカフェに向かった。

 カフェに入ると、褐色の肌が特徴的な女性がコーヒーを飲んでいた。

 女性は二人の姿を目に入れると、笑顔を浮かべて手招きをした。

 

「初めまして、カリュー・カンナさんの紹介で旅行ガイドを務めることになりました。海原ラウタンと申します。以後、宜しくお願い致します」

「はえ?」

「ホア?」

 

 ラウタンは流暢な日本語で自己紹介した後、深々とお辞儀をする。

 見た目からしてどう見ても日本人ではないラウタンから飛び出た流暢な日本語に、レオも夢美も目を丸くした。

 

「えっと……めちゃくちゃ日本語上手ですね」

「ええ、最初は苦労しましたが、主人が熱心に教えてくれたので、今は日常生活で問題ないくらいには話せるようになりました」

「支障ないどころか、ワンチャンあたしよりうまいまであるぞこれ」

 

 てっきり片言が飛び出してくるものだと思っていたラウタンの流暢な日本語に驚きつつも、二人は注文を済ませて席につく。

 

「初めまして司馬拓哉です」

「妻の司馬由美子です」

「お話はカリューさんから窺っています。私は主人の仕事に付き添ってマレーシアには頻繁に行っているので、ガイドも問題なく行えるかと思います。クアラルンプールもゲンティンハイランドもランカウイもコタキナバルでも何でもござれです」

 

 ラウタンはパッと思いついた観光地をいくつか挙げる。

 もちろん、他にもまだまだ案内できる場所は多かった。

 

「それは心強いですね。ちなみに、ラウタンさんは旦那さんの仕事に同行してマレーシアを行き来してるとのことですが、お仕事も旦那さんと同じことをされているんですか?」

「はい、主人は海洋民族の研究をしていて、今は大学で准教授をしています。三十代前半なのにすごいんですよ」

「えっ、それってめちゃくちゃすごいですね。普通教授職の平均年齢って四十代くらいなのに」

「歴史的にも資料がほとんど残っていないジャラウー族の研究で大きな成果を挙げたことが大きいんですよ。遺伝的にも解明されてない部分は私がいたことも大きいんですけどね」

 

 そう言うと、ラウタンは笑いながら目に力を入れる。

 すると、目に幕のようなものが覆いかぶさった。

 

「こんな感じで私の体って遺伝的にかなり特殊なんですよ。ジャラウー族の遺伝子を強く引いているとかなんとか」

 

 さらにラウタンが手を広げると、指の間には第二関節の辺りまで水かきのようなものが存在していた。

 

「……瞬膜に水かきって、どっちも人間の進化の過程で退化した器官ですよね?」

「びっくり人間系の番組出たらバズリそう……」

「あっ、ちょくちょくそれで稼がせもらってます。カリューさんともそれで仲良くなりましたし」

 

「「出てるんかい」」

 

 レオと夢美はついツッコミを入れてしまう。

 そんな二人にラウタンは苦笑しながら続ける。

 

「まあ、そういうわけで主人の研究に付き添って現地に行ったりもするのでマレーシアに関しては詳しくなったんです」

「はえー、何かすごい人なんですね」

「元々は海洋民族だったんですよね? その頃ってやっぱり民族衣装とか着てたんですか」

 

 夢美はそわそわしながらラウタンに尋ねる。

 今や洋服を着こなして流暢な日本語を話しているラウタンだが、海洋民族時代もあったはずだ。

 その頃の姿が見てみたいと思ったのだ。

 

「あー……まあ、一応写真はありますけど、主人が嫌がるので拓哉さんは見ないでいただけますかね?」

「えっ、ああ、はい。わかりました」

 

 気まずそうな顔をしてラウタンは民族衣装に身を包んだ写真を夢美に見せた。

 

「エッ……あっ、ごめんなさい。民族衣装ですもんね。失礼なリアクションしちゃいました」

「いえ、いいんですよ。主人も最初あったときそんなリアクションでしたし」

 

 夢美の反応からレオは日本人の視点では際どい衣装なのだとすぐさま理解した。

 

「昔は海の上で過ごす時間の方が長かったですし、陸に上がると陸酔いしちゃうくらいだったんですけど、今ではすっかりアスファルトの上を歩くことにも慣れちゃいました」

 

 ラウタンは、慣れない日本文化にもうまく溶け込めていた。

 それは常に自分に寄り添ってくれる夫の存在があったからだった。

 それから、軽くレオと夢美の希望を聞いたラウタンは楽しそうに告げる。

 

「お二人の新婚旅行、最高の思い出にするために微力ながら全力でサポートさせていただきます」

「ありがとうございます、ラウタンさん」

 

「「どうか宜しくお願いします!」」

 

 ラウタンは新たなに夫婦になったレオと夢美を見て、この二人も自分達のように仲の良い夫婦になってほしいと願うのだった。

 


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