レオと夢美を乗せ、ラウタンの運転する車は港へ到着した。
港で食事を取ると、レオと夢美、ラウタンの三人は早速クルーザーへと乗り込んだ。
クルーザーに乗り込んだ二人は乗客が自分達以外にいないことに怪訝な表情を浮かべていた。
「あの、ラウタンさん。俺達以外の客は?」
「いませんよ。このクルーザーも知り合いの方に頼んで出してもらってますから」
「ちょ、ラウタンさんの人脈って……」
「私というより主人の人脈ですけどね」
レオと夢美は改めてラウタンの人脈の広さに絶句する。
カリューから紹介されたときは、現地に詳しい日本語が堪能なガイドという印象だったが、今ではその規格外ぶりに若干恐れおののくほどである。
「あはは……せっかくの新婚旅行ですから、最高の思い出になってもらいたいと思いまして」
ラウタンはそう告げると、遠い目をして水平線の向こう側を眺めた。
「海はいいですよ」
ただ綺麗な海にいれることが嬉しいのか。
長く陸の上の生活をしていて海が恋しくなったからか。
何とも言い難い感情がそこには籠っていた。
それからシャンパンを飲んだり、日光浴をしながらクルージングを楽しんでいると、無人島に到着した。
「ここ、一部の人しか知らない穴場なんですよ」
ラウタンの指差す先にあったのは、断崖絶壁に砂浜が囲まれている独特な無人島だった。
崖の上にはジャングルが広がっていたが、下から見上げるだけでは詳しい様子は見ることができなかった。
「島の反対側に回ればジャングルの方も探索できますが、どうしますか?」
「俺はどっちでもいいけど、夢美はどうしたい?」
「絶対砂浜の方がいい」
亜熱帯気候のジャングルに対してマイナスイメージの強い夢美は、砂浜で綺麗な海と景色を楽しむことを選んだ。
「じゃあ、行きましょうか!」
クルーザーからゴムボートを取り出すと、ラウタンは二人にそれに乗るように促す。
レオと夢美がゴムボートに乗り込んだことを確認すると、ラウタンは海に飛び込んで後ろからゴムボートを押し始めた。
「えっ、オールで漕がないんですか?」
「私の場合、押した方が早いんですよ」
そういうや否や、ラウタンは勢いよく泳ぎ始めた。
人力とは思えない速度にレオと夢美は驚きながらも、透き通るような海と雲一つない青空を楽しんでいた。
「うわぁ! めっちゃ綺麗!」
島に到着した夢美は波打ち際で目を輝かせてはしゃいでいた。
自分には一生関係ないと思っていた大自然の中の絶景。
テレビでもなかなかお目にかかれない景色は夢美の心をしっかりと掴んでいた。
「それじゃ、私は適当に泳いでくるので二人っきりでお楽しみください!」
それだけ告げると、ラウタンはあっという間に海へと潜っていった。
無人島に二人きりという夢のようなシチュエーションの中。
レオと夢美は砂浜に座り込んで青い海を眺めていた。
「本当に人生ってわからないもんだな」
「そうだね。Vになることも想像してなかったけど、こうして結婚して二人で最高の景色が見れるなんて夢にも思わなかった」
「にじライブには感謝してもしきれないよ、まったく」
きっかけはお互い推しのVtuberへの憧れだった。
それがいつの間にか周囲を巻き込み、事務所自体を発展させるまでに至った。
レオも夢美も夢をもらう存在から夢を与える存在になったのだ。
「あたしね、人に夢を見せるVtuberってマジで天職だと思う」
それはきっと二人が特別だからではない。
きっと誰しもが人に夢を与える存在になれるのだ。
特にレオや林檎のように、過去に積み上げた輝かしいものがないと思っている夢美はそれを強く感じていた。
「だから、これからも夢を見せるために自分が率先して夢を見るつもり」
眩い太陽の元、輝くような笑顔を浮かべた夢美を見て、レオは心から綺麗だと思った。
どんな秘境に存在するような絶景だろうと、今の夢美には敵わないだろう。
もうレオの瞳には夢美しか映っていなかった。
「さ、楽しも!」
「ああ!」
それから二人は水着になって海を思う存分堪能した。
波打ち際で水を掛け合ったり、ラウタンが獲ってきた魚を焼いて食べたり、とにかく充実した時間を過ごしていた。
日が暮れて帰りのクルーザーの中、二人はお互いにもたれかかるように眠っていた。
「ふふっ、初々しいな」
「ラウタン、旦那とのことを思い出していたのかい?」
二人が寝ているため、ラウタンはクルーザーの運転手と現地の言葉で話していた。
「うん、あの島は初めてケートと出会った場所だから」
「漂着した旦那と当時島の近くに住んでいた君が出会った、か。まるで人魚姫みたいな話だな」
「まあ、似たようなもんだよ。あの頃は言葉も通じなかったし」
笑顔を浮かべるとラウタンは背後を振り返る。
そこには謎の霧が発生しており、既に島は見えなくなっていた。
「ジャラウーの神よ。無理を聞いてくださり感謝いたします」
霧に向かって祈りを捧げると、ラウタンはスマートフォンを開いて旦那の写真を眺めた。
「なんか、ケートに会いたくなっちゃった」
「はっはっは、帰ったら存分に甘えればいいさ!」
「うん、そうする」
新婚で仲の良い夫婦を見たことで、ラウタンも改めて自分の旦那への愛を再確認するのであった。
港に着くと、夢美が不安そうにおろおろし始めた。
一向に水着のままでいる夢美を見て、レオは呆れたように夢美へ小さな袋を渡した。
「由美子、一応予備の下着買っといたぞ」
「はっ!? 何でわかったの!?」
「お前が水着を下に着てるって言ってたから念のために買っておいたんだ」
夢美は水着を下に着こんだせいで替えの下着を忘れていた。
しかし、嫌な予感を覚えたレオは事前にそれを防いでみせたのだ。
「由美子は何かとアンラッキースケベな目に合うからな。旦那としてはそういうのは防ぎたいんだよ」
「拓哉……ありがとう。でも、何でベージュ色?」
「悪い、何かベージュのイメージが強くて」
「嘘つけ! 絶対わざとだろ!」
いつものようにわいわい騒ぎながら二人はラウタンの運転の元、ホテルへと戻った。
ランタンと別れた二人は、窓から見える海を堪能しながら乾杯をしていた。
「まだ旅行は続くけど、今日のことは絶対に忘れないと思う」
「俺もだ。こんな体験なかなかできることじゃない」
レオの脳裏には無人島で見せた夢美の笑みが焼き付いていた。
「ねえ、拓哉」
「ああ、俺もそういう気分だ」
レオと夢美は見つめ合うと、吸い込まれるように唇を重ねた。
海外、それも亜熱帯気候の土地で身も心も開放的になり、今日の無人島でお互いへの気持ちがいつも以上に高まっている。
一度火のついた気持ちにはベージュ色の下着如きではブレーキが機能しない。
そのまま二人は身を任せるようにベッドに倒れ込むのであった。
翌日、ゲッソリとしたレオとツヤツヤした夢美を見て、いろいろと察したラウタンは苦笑した。ちなみに、その光景は最終日まで続くのであった。
レオ「嫁のエロイベントは許さん」
新婚旅行編はこれにて終了です!
ラウタンは作者の眠っている小説から引っ張ってきたので、ちょっとファンタジーというか神秘的な感じの要素が入っております。
ちなみにラウタンの言うケートというのは、彼女の旦那でラウタンがヒロインの小説の主人公、海原恵人のことです。