Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【イベント準備】にじライブレジェンドアニバーサリーへ向けて

 

 レオと夢美が新婚旅行から帰ってきてすぐ、にじライブの事務所は修羅場を迎えていた。

 にじライブプロジェクト立ち上げ当時は、ブラックを超えた漆黒レベルで社員が寝泊まりすることもあったにじライブだったが、最近は社員の増員や福利厚生に予算を回していたこともあり、ホワイトよりの企業になっていた。

 

 しかし、ここ最近は終わらない仕事に追われた社員がエナジードリンクをがぶ飲みして無理矢理タスクを消化するという事態が発生していた。それもほぼ全ての部署がだ。

 

「スケジュール調整えぐいなこれ」

「延期に延期を重ねた上にこの状況はちょっとまずいわよね」

「黒岩君――いや、いわっちが来なかったらどうなってたか、考えるだけでもぞっとするよ」

 

 会社の役員でもあり、ライバーでもあるかぐや、乙姫、勝輝の三人は疲れた表情を浮かべながらスケージュール表を眺めていた。

 

「そのいわっちはんはどうしたんや?」

「彼もイベントスタッフと一緒に設営の方へと向かってるよ」

「意外やな。あの人、現場で汗水たらすタイプとちゃうと思ってたんやけど」

「そうならざるを得なかったってことだよ」

 

 にじライブレジェンドアニバーサリー。

 ビッグサイトという巨大な箱を二日間丸々使用しての特大イベント。

 このイベントのために多くの社員達が準備を重ねてきた。

 にじライブ所属ライバー全員が出演というとんでもないイベントのため、マネージャー陣はスケージュールやライバーの体調管理、その他の部署も普段の業務と並行してイベント業務に着手していた。

 

「とりあえず、このイベントを乗り切ったら有給とは別に特別休暇を出さないとね……」

「まさか立ち上げ当初並みのブラック環境になるとはな……」

「この規模のイベントをやろうとしたら避けられないわね……」

 

 イベントの日が近づくにつれて全員が命を削り取られた状態になるのは避けたい。

 今後もこの規模のイベントを開催するのであれば、スタッフの負担は限界まで減らさなければならない。

 せっかくこの業界が好きで全力を注げる最高の者達が揃ったのだ。

 そのモチベーションを下げるようなことだけは避けなければならなかった。

 

「いわっちのとこもかなりギリギリみたいだしなぁ」

「けど、現地スタッフはやる気満々の顔してたで? 疲れてるんやろうけど、生き生きしとるっていうか……」

 

 黒岩――いわっちのイベント運営企業はまだまだ実績が少ない。

 大きな規模のイベントを成功へと導いたとなれば、業界内でもそれなりの箔がつく。

 社員達はそれを理解していたからこそ頑張れるのだ。

 社員が無茶をしなければいけないというと、バーチャルリンクから変わっていないように思えるが、以前と違う点を挙げるとするのならば、いわっち自身が誰よりも率先して働き、現地スタッフのケアも行っていることだろう。

 雑用から何でも現地スタッフのためにとにかく動く。残業代もいつもより割り増しで付けてもらえる。

 そんな姿勢を見せられれば、多少無茶でも頑張ろうと思えるものだ。

 

「そっちよりもタマちゃんの方が心配よ。あの子バイト休んで魂削るようにイラスト描いてるのよ」

「あの筆の速さは週刊連載持ってる漫画家ともタメはれるからな。タマにも後で特別報酬やらな釣り合わんやろ」

「その話はしたんだけど、意地でも受け取ろうとしないのよ。気持ちはわかるけどね」

 

 今回のイベントに当たって、タマはイベントのキービジュアルを始めとし、多くのイラストを担当していた。

 タマ自身、過去ににじライブへ与えた損害の贖罪という気持ちもあり、特別報酬は意地でも受け取らない姿勢を貫いていた。

 

「当日もスタッフとして働く気満々だし、イラストの納品が終わったらガッツリ休んでもらわないとね」

「……過去のことがあったとはいえ、僕らもそれに甘んじちゃダメだね」

 

 勝輝はタマが事務所にやってきて頭を下げた日のことを思い出す。

 

『本当に申し訳ございませんでした!』

 

 かぐやと勝輝の前に立ったタマは心からの謝罪をした。

 しばしの沈黙の後、かぐやが静かに告げる。

 

『歯ァ食いしばれや』

『……っ』

 

 次の瞬間、かぐやはタマの腹に拳を叩き込んでいた。

 

『今、顔殴ると思ったやろ?』

『ちょ、かぐや君?』

 

 いきなり手を出すと思わなかった勝輝は戸惑ったようにかぐやを見た。すると、彼女の目には涙が浮かんでいた。

 

『それで勘弁したる……だからお前もいい加減前向けや』

 

 そう告げると、かぐやはタマの前から去っていった。

 その背中を見ながら、勝輝は腹を抱えて蹲るタマへと声をかけた。

 

『僕も君のしたことは最低だと思う。だけどさ、君が幸せになってくれないと、僕達も幸せになれないんだ』

『かっちゃん……』

『だからこれからもよろしくね、タマ君』

『ありがとう、ございます……!』

 

 あの日のことは勝輝の中で忘れない出来事だった。

 タマも、そしていわっちも、二人共どん底を経験し、必死にもがいている。

 

「僕達トップが弱音を吐くわけにはいかないね!」

「せやな!」

「ええ!」

 

 三人は獰猛な笑みを浮かべて、イベントの成功に向けて全力を尽くそうとやる気に満ち溢れていた。

 

「大変です!」

 

 そんな三人の元へと夢美のマネージャーである四谷が駆け込んできた。

 

「夢美ちゃんが妊娠しました!」

 

「「「バラレオォォォォォ!」」」

 

 おめでたい報告のはずだが、タイミングが悪すぎる報告に三人は絶叫する。

 夢美が妊娠したということは、彼女のイベント出演は不可能に近い。

 夢美が登場する企画はファン達からの人気も高い。

 

 さすがに、弱音を吐きたくなった三人であった。

 


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