とあるカフェで待ち合わせをしている三人組。
その表情は重く、これでもかというくらいに強ばっていた。
「三人共、久しぶりー」
そんな三人の元へ待ち合わせをしていた人物が現れる。
懐かしい顔ぶれに、待ち合わせをしていた人物――白雪林檎はいつもと変わらぬ様子で挨拶をした。
「う、うん……」
「久しぶり手越さん……」
林檎に声をかけられた弓弦香織、筒持凜はぎこちなく挨拶を返した。
そんな二人を落ち着かせるように矢作紗耶香が宥める。
「二人共、気持ちはわかるけど手越さんで緊張してたら身が持たないよ」
「そういう紗耶香だって足震えてるじゃない!」
三人の中で一番林檎とやり取りをしていた紗耶香もまた緊張はしていた。
しかし、それ以上に彼女は過去の行いを悔い、チャンスをくれた林檎へ感謝していた。
「手越さん、今日はありがとう。ううん、ずっとずっと私達にやり直す機会をくれたこと、本当に感謝してる」
「別に私は自分のためにやっただけだからねー」
頭を下げようとする紗耶香を制止すると、真剣な表情を浮かべた林檎は告げる。
「初めに言っとくけど、今回私達が謝るのは許してもらうためじゃない。自分の中の罪悪感を軽くするためでもない」
いつもとは比べ物にならないほど真剣な口調で林檎は告げる。
「環奈だって人間なんだ。あんた達はそんなあの子が夢を叶えたあとも攻撃した」
「「「っ!」」」
わかっていても過去の愚かな行いが紗耶香達の首を絞める。
罪悪感なんて感じる権利もない。完全に自業自得だ。
そんなことは本人達が一番理解していた。
「最初に環奈がいじめられることになるきっかけを作ったのはあたし達だよ。両親とも溝が出来た。この謝罪はあくまでもケジメ。それだけは忘れないで」
「……わかってる」
それでも被害者である林檎が共に謝ると言ってくれた。
謝罪の機会すらも与えられなかった自分達に、謝る権利をくれたのだ。
覚悟を決めると、紗耶香達は林檎に連れられてカリューの実家へとやってきた。
林檎が全員を代表してインターホンを押す。
「優菜、久しぶり」
ドアが開くと、いつもと変わらない笑顔を浮かべたカリューが出てきた。
「それと……みんなも久しぶり」
カリューは三人に向けて笑顔で挨拶をする。
「あ、あの……」
「その……」
「ひ、久しぶり……」
カリューに笑顔を向けられた三人は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。
そうじゃない。
今までごめん。
ずっと酷いことをしてごめんなさい。
許してもらえるなんて思ってない。
それでも謝る機会をくれてありがとう。
頭に浮かんだ言葉は浮かんでは消える。
急速に重くなる空気の中、カリューはぽつりと呟いた。
「今日は、さ。優菜がケジメを付けたいって言うから時間を作ったの」
カリューは表情を笑顔から変えずに淡々と告げる。
「あなた達が両親に謝りたいっていうのならそれでいい。でもね。私は謝られたところで困る。アンチの件を含めてもあなた達のことはもう過去のことで、許す許さない以前にどうでもいいの」
「か、環奈……」
「んー、少なくともあなた達とはもう友達にはなれないかな」
それは完全な拒絶の言葉だった。
わかっていても実際に言われると心臓を締め付けられるような感覚になる。
「それでも!」
だとしても、そこで立ち止まる権利は三人にはなかった。
凜は瞳に覚悟を宿すと、一歩前に踏み出して真っ直ぐにカリューを見据えて告げた。
「私達がしたことで環奈は手越さんとも両親とも関係が壊れた! 嫌われようが、金輪際関係を持てなかろうが、私達は十分すぎるくらいに救われてる! だから……だから!」
拳を握りしめ、血が滲むほどに唇を噛み、必死に言葉を紡ごうとする紗耶香の横に、香織と凜も並んだ。
「「「私達にケジメを付けさせてください!」」」
三人は決死の思いで頭を下げる。
「そっか」
それに対して、カリューはそれだけ呟いて林檎に告げた。
「優菜。私は見てるだけだから」
「うん、わかった。ありがとね」
そして、そのままリビングへと消えていった。
「三人共気張りなよ。本番はここからだから」
林檎の言葉に黙って頷くと、三人は林檎についていきリビングへと足を踏み入れた。
「ご無沙汰しております。環奈さんの中学のときの同級生だった手越優菜です」
「矢作紗耶香です」
「弓弦香織です」
「筒持凜です」
ソファーに腰掛けているカリューの両親に向けて四人は挨拶をした。
「まず、今日はお時間を作っていただき誠にありがとうございます」
「い、いや、お気になさらず……」
「ええ、そう、ね……」
カリューの両親はバツが悪そうに答える。
そんな二人に対して、林檎は四人を代表して一歩前に踏み出した。
「中学時代、私達のせいで環奈さんはいじめられるようになりました。私の鞄を捨てたのは環奈じゃなくて、当時私の取り巻きをしていた女子生徒でした。私の両親が出しゃばったこともあってあなた達には多大なるご迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
「私達もグルで環奈さんを嵌めたんです」
「本当に申し訳ございませんでした!」
「申し訳ございませんでした!」
四人は揃って深々と頭を下げた。
どれほどの時間そうしていただろうか。
重苦しい空気の中、真っ先に口を開いたのはカリューの父親だった。
「顔を上げてください」
顔を上げてくださいと言われたところで四人は頭を上げる気配はない。
そんな中、カリューの両親は苦しそうに心中を吐露した。
「……私達には謝られる資格はないよ」
「……あのとき、私達は環奈の味方にならなきゃいけなかった。でも、私達は娘を信じることができなかった」
「仕方ないよ。だってあの状況じゃ怪しいのは私だし、鞄を隠そうとしたのは本当だもの」
苦しそうな二人を見かねてカリューは苦笑しながら告げる。その表情はどこか諦めが混じったものだった。
「そうじゃない! そうじゃ、ないんだ……」
まるで自分は気にしていないという雰囲気を漂わせるカリューへ、父親は涙を浮かべて告げた。
「私達は武蔵さんと郁江さんが怖かったんだ! だから、娘を信じて反論しようともしなかった! だから……!」
「今更そんなこと言われても終わったことじゃない」
まるで空気感の違う二人。
それはカリューが達観しすぎているが故に起こってしまっているズレだった。
そんな二人を見かねた林檎は頭を上げてカリューへと告げる。
「カリュー、過去のことはなかったことにならないよ」
「へ? うん、そうだと思うけど」
林檎の言葉を理解できていないカリューは怪訝な表情を浮かべた。
「本当に仲直りしたいなら本心でぶつかり合わなきゃダメだよ。そうやっていつまでも達観して何もかも過去のことだからって許したつもりになってちゃ、仲直りなんてできない」
林檎とカリューが再び友人関係を築けているのは、彼女達が二人共被害者だったからだ。
カリューは自分が苦難を経験したことで、今があると思える器が大きい人物へと成長した。
だが、だからといって過去に過ちを犯した人間をそのまま信じるほどお人好しでもなかったのだ。
今のカリューの性格を形成しているのはいじめられた過去と、厳しい芸能界での経験だった。
そんな彼女が人を簡単に信じるわけがないのだ。
「もう一度、信じることはできない?」
林檎の言葉が響いたのか、ため息をついてカリューは告げた。
「……信じられるわけないじゃない」
それは底冷えするような低い声だった。
「紗耶香達のことも、お父さん達のことも、信じられるわけがない!」
何年も心の奥底に封印された感情が長い年月を経て爆発する。
「私に味方なんていなかった。大切な友達だと思ってた優菜にすら裏切られたと思ってた。確かにあの経験があったから今があるって笑えるのよ? だって私は夢を叶えることができた。成功してたから笑えるの」
それは中学以来封印されていたはずの感情の爆発だった。
「だからみんなを許せる。でもさ……過去は過去、これから仲良くしましょうなんてなれるわけないじゃない!」
今までカリューは芸能界で生き残るため、爆発しそうな感情は切り捨てて、達観したように振る舞い、自分の糧となるように教訓を得たと解釈して耐えてきた。
その全てがたった今、爆発したのだ。
「あー、もう! そうよ! 私はあんた達のことなんて嫌いよ! 優菜は誤解だってわかったからまた友達になれた! でもあんた達は違う! 顔だって見たくないわ! 優菜が心配するから表向きだけでも仲直りしようと思っただけ! 本当は一ミリだって仲直りする気なんてないわよ!」
自分自身すらも騙していたカリューは遂に強固に固めた仮面を捨て去った。
息を切らしながら思いの丈を叫んだカリューに対して、林檎は優しい笑顔を浮かべた。
「やっと本音でしゃべった」
「優菜、まさかあんた……」
林檎の目的は、自分がケジメを付けるための謝罪だけではない。
カリューの本音を引き出した上で、彼女の両親にきちんと向き合う心構えをさせたかったのだ。
「そゆことー。ご両親に迷惑かけちゃったのは事実だし、謝りたかったのも本当だけどね」
林檎はそう告げると、カリューの両親の方へと向き直る。
「お二人共、これが娘さんの本音です」
それだけ言うと、今度は紗耶香達にも言葉をかける。
「それじゃ、紗耶香達も頑張んなよー」
それから林檎はゆったりとした足取りでカリューの実家を後にした。
帰り道、深呼吸をした林檎は思い切って母親である郁江に通話をかける。
『ゆ、優菜? 珍しいわね。あなたから私にかけてくるなんて……』
通話に出た郁江は、突然の娘からの連絡に戸惑っていた。
「ねえ、ママ」
『な、何かしら』
そんな郁江に林檎は覚悟を決めて告げる。
「バーチャルライバーでもピアニストってなれるかな?」
その言葉は誰よりも郁江がずっと求めて止まなかった言葉だった。
長い時間を経て、林檎はようやく郁江のと間にあった溝を跳び越えて見せたのだ。
『前例なんて意味のないものだと思わない?』
「にひひっ、だよね!」
郁江の言葉に、林檎はいつものように悪戯っぽい笑みを浮かべるのであった。