Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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エイプリールフールネタです。


【エイプリルフール】Vじゃない者

 

 世の中何が起こるかわからない。

 音楽番組の出演が決まったと聞かされた司馬拓哉はそんなことを思っていた。

 きっかけはカリュー・カンナという一人のアイドルだった。

 彼女はどんな企画にも体当たり的に挑戦し、歌やダンスも高いレベルというバケモノのような存在だった。

 偶然、バイト先の居酒屋にあるテレビで彼女のライブを見た拓哉は再びステージで輝きたいと思うようになった。

 

 しかし、そのときの拓哉はただの居酒屋のアルバイト店員。

 年齢も二十代半ばで、新たな夢を目指そうにも現実的な方法がなかった。

 諦めきれない夢を見た拓哉は、現実から目を逸らしながら体力づくりやボイストレーニングに励んだ。

 そんなとき、かつて彼が所属していたアイドルグループSTEPのメンバーが居酒屋を訪れた。

 喧嘩をしつつも和解した彼らは再び音楽ユニットを結成することを誓い努力を続けた。

 それから数年後、四月にメジャーデビューすることになった拓哉達のグループ〝APRIL:STEP〟は話題性もあって、怒涛の勢いで人気を獲得していったのだった。

 

 そして、四人は本番前にスタッフや共演者に挨拶回りをしながら雑談をしていた。

 

「しっかし、またこの番組に出れるなんて夢みたいだな」

「この程度で夢なんて言ってんじゃねぇよ」

「そうそう、ここはまだ夢の通過点だよ」

「……ゴールは武道館。それからまたスタート」

 

 昔のように笑顔を浮かべながら良樹、慎之介、三郎は夢を語り合う。

 もうそこには何の柵も残ってはいなかった。

 

「そういえば、今日はVtuberの人も出演するんだっけ?」

「Vtuber?」

「あー、流行ってるよね」

「……炎上騒ぎとか多いけどね」

 

 今日の音楽番組にはレオ達のような音楽ユニット以外にもメジャーデビューしたVtuberが出演する予定だった。

 

「結局はあれだろ? 中に人がいて絵を動かしてるだけだろ。どうやってステージするんだか」

「いや、3Dライブとかすごいクオリティだったぞ」

「ね! 僕もびっくりしちゃったよ」

「……二人は割とオタク気質だよね」

「で、どんな人なんだ?」

 

 良樹の問いに、拓哉はスマートフォンで彼女が所属しているにじライブの情報を開いた。

 

「確か、白鳥まひるっていうライバーだったかな。元々は茨木夢美ってライバーと〝pretty thorn〟ってユニットを組んでたみたいだけど、茨木夢美ってライバーが卒業したからソロで活動してるらしい」

「あっ、その人知ってる。確かバラギっていうあだ名で呼ばれてたヤバイ人だよね」

「ヤバい人って、どんなことしてたんだよ」

「よくガチャ引いて猿みたいに叫んでたよ」

 

 茨木夢美はVtuber事務所にじライブの中でもトップクラスに人気のライバーだった。

 そんな彼女はもうVtuberを辞めてしまっていた。

 

「確か同期が卒業しちゃってから急に配信頻度が落ちて、そこから何とか持ち直したけど心が折れちゃったんだろうな」

「同期の子も人気だったみたいだよね。白雪林檎ちゃんだったかな」

「そうそう! 確かクズで有名だったよな」

「最近は星野ミコって子が人気らしいけど、この前炎上して今は活動休止してるみたいだよ」

「Vtuberってまともな人間いないのか……」

「……僕らもまともとはほど遠いけど」

 

 四人が話し込んでいると、白いワンピースを着たスタイルの良い綺麗な女性が歩いてきた。

 

「あの、どいてくれませんか?」

「すみません、邪魔でしたね」

 

 拓哉は道を開けると、女性は一瞥もくれずに去っていく。

 顔立ちこそ端正だったが、その闇のように光のない瞳を見て拓哉は息を呑んだ。

 

「ったく、何だよあいつ。態度悪ぃな」

「良樹君がそれ言う?」

「……手越優菜。確か最近有名になった超天才ピアニスト」

「手越ってタケさんの娘さんか!?」

 

 手越武蔵。拓哉が昔からお世話になっている大物俳優だ。

 手越武蔵と天才ピアニスト内藤郁恵の娘である優菜は、ピアノの実力も周囲の期待を軽く上回っていた。

 

「でも、何か感じ悪いな。タケさんの娘ならもっとちゃんとしてそうなもんだけど」

「しゃーないだろ。両親が大物で自分も天才とくりゃ態度だってデカくなるもんだ」

 

 良樹の態度がデカくなるという言葉に拓哉はどこか違和感を覚えていた。

 あの雰囲気はそういう類じゃない。

 何かに絶望して全てを諦めた人間の表情だ。

 そう思ったが、面識がない以上あまり突っ込んだ話はしないほうが良いと判断した。

 

「カリューさん入ります!」

 

 それからしばらくすると、共演予定のカリュー・カンナが現場入りしてきた。

 

「遅くなってしまい申し訳ございません! 本日は何卒宜しくお願い致します!」

 

 カリューはアマゾンの奥地から新種のげっ歯類を見つける企画を終えて帰国後、成田空港から現場に直行してきたのだ。

 その事情を知っている以上、誰も責めたりはしなかった。

 

「おい、拓哉。お前ファンなんだろ。サインもらってくればいいじゃねぇか」

「バッカ、お前。今は共演者として同じ場所にいるんだ。浮かれた気分でそんなことしたら失礼だろ」

「あははっ、拓哉君らしいや」

「……ファンの鑑」

 

 拓哉は再び夢を与えてくれたカリューの大ファンだった。ファンクラブにも加入しており、ライブにいけばサイリウムを全力で振り、家では穴が開くほどカリューの録画した番組を見るほどだった。

 

「はえ? 何で三島さんがここに!?」

 

 そんな崇拝していると言ってもいいカリューの傍にかつてのマネージャーである三島がいたことで、拓哉は素っ頓狂な声をあげた。

 その声に反応して、元STEPのマネージャーだった三島採智も拓哉達の方に視線を向ける。

 

「拓哉君! 慎之介君、良樹君、三郎君まで! そういえば、今日はカリューと共演だったわね」

 

「「「「お久しぶりです!」」」」

 

「本当に久しぶりね! みんなの復活はネットニュースで見てたけど、こうやって現場で再会できる日が来るなんてね」

 

 三島は目にうっすらと涙を浮かべながら四人との再会を喜んだ。

 それからカリューに許可を取ると、五人はかつての思い出話に花を咲かせる。

 

「あの、カリューさんにサインもらってきてもらっていいですか!?」

「おい、さっきのプロ意識どこいった」

「三島さんには甘えるところあるよね、拓哉君」

「……これはひどい掌返し」

 

 こんなに楽しいことがあっていいのだろうか。

 かつての自分は多くの人間に迷惑をかけた。

 それなのに、こうして夢をまた追い始めることができた。

 そうこれこそが自分の求めていたものだ。

 だというのに、心にどこかしこりが残っているのは何故だろうか。

 

「あれ、カリューさんと優菜さんが何か話してる」

「何か空気悪くね?」

「拓哉君と良樹君が殴り合いしてたときより空気悪いね」

「……バチバチ」

 

 ふと、カリューの方に目をやれば、カリューは優菜と何かを話していた。

 空気が悪いというよりも、歩み寄ろうとしているカリューを優菜が一方的に拒絶しているという雰囲気である。

 

「ああ、あの二人は中学校のときの同級生らしいわ。詳しくは知らないけどね」

「はえー、この世界も狭いですね」

 

 呑気にそんなことを呟きながらも、拓哉は二人の様子を窺う。

 柔和な態度で接するカリューに対して、優菜は感情のない目で明後日の方向を見ながらカリューの話を聞き流していた。

 どうにも放っておけない。

 

 しかし、一歩が踏み出せない。

 

 どうしてその一歩が踏み出せないかわからないまま、拓哉は立ち止まったままだった。

 




今日職場で何となく思いついたので、エイプリルフールに便乗して書いてみました!

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