かぐやにとってタマは大切な同期を引退まで追い込んだ憎き相手だった。
いわれのないことで炎上し、精神的にも追い詰められやつれていく乙姫を一番近くで見ていたのはかぐやだったのだ。
乙姫本人が許すと言った手前、かぐやは何も言わないつもりだった。
当人達がそれでいいのなら、文句はない。
そうやって自分を無理に納得させていた。
もちろん、いくら口でそう言っても心の奥底には憎悪の炎が灯っている。
しかし、自分の罪を悔いて必死に前を向こうとするタマを見て、その炎は段々と小さくなっていく。
かぐやは思い出したのだ――タマもまた自分にとって可愛い後輩だったということを。
「なあ、タマ」
ステージ準備の合間に、かぐやは小声でタマに聞こえるように呟く。
「戻ってきてくれて、ありがとうな」
「……らしくないですね」
「そうか? ま、そうかもなぁ」
楽し気に笑うと、かぐやはステージ後方の椅子に腰かけている乙姫に視線を向ける。
「事態は最悪。それでも、こうしてあんたがいたおかげで乙姫の思いは繋がったんや。あんたイラスト周りで忙しかったっちゅうのに、ライバーの連中ちょくちょく覗きに来とったんやろ?」
「自分が壊してしまったものをこの目に焼き付けないといけない。そう思っただけです」
タマの言葉を聞いたかぐやは優しく微笑んだ。
ライバー時代のタマはデビュー当時、同期の赤哉や桃華と純粋に配信を楽しんでいた時期があった。
同期てぇてぇを利用して自分にブーストをかける。
そんな思惑こそあれど、何だかんだで二人のペースに巻き込まれて配信を純粋に楽しいと思っていた時期だってあったのだ。
仮面に隠れた本当の笑顔。それこそがタマの真の魅力になる可能性があった。
かぐやは乙姫の代役としてこの場に立っているタマにそれを引き出してもらいたかった。
「タマ、あんたは二度と立つことがないと思っていたステージ立っとる。思う存分楽しんだらええ」
それはにじライブ社員諸星香澄としてではなく、箱根タマの先輩ライバー竹取かぐやとしての心からの願いだった。
「何言ってるんすか。アタシはみんなが作り上げた最高のステージを壊さないようにするだけ。そのためにここにいるんです。そんな自分勝手なことできないですよ」
自分にステージを楽しむ権利はない。言外にタマはそう言っていた。
そんなタマの頭を叩くと、かぐやは呆れ顔で告げる。
「アホ抜かせ。あんたが楽しまないでこのステージの成功はあり得んわ。ステージを成功させたいんやったらとことん楽しめ。それが乙姫の代役を引き受けたあんたの為すべきことや」
「ステージを楽しむ……」
許されないことだ。
かつてライバーも事務所もファンも、全てを裏切って何もかもを滅茶苦茶にした自分にそんな権利はない。
不安な表情を浮かべてタマが振り返ると、そこには足を痛めながらもステージ上で強い意志を持った瞳で自分を見つめる乙姫がいた。
「かぐや先輩、やりますよ。やってやります……!」
「はっ、ええ顔になったな」
「当然です。何せ――」
タマは短く息を吸うと獰猛な笑みを浮かべて告げた。
「我、にじライブぞ?」
タマは竜宮乙姫の代役ではなく、竜宮乙姫としてこの場に立つ覚悟を決めた。
それを見てかぐやも自然と口元が吊り上がっていく。
「そんじゃ最初の台詞部分やけど、ウチの声で叫べ」
「は? いやいや、何でそこでかぐや先輩の声真似するんですか」
「あの台詞は乙姫とあんたが叫んだ方が合ってると思ってな。できるか?」
かぐやの唐突な提案にタマは即座に喉のチューニングを行い、声をかぐやのものへと近づけていく。
「あー、あー……んんっ! はいはい、こんばバンチョー!」
「マジでそっくりやな。今度風邪引いたら代役頼むわ」
「冗談。アタシは先輩ほどトーク力ないんで丁重にお断りします」
『準備オッケーです! スタンバイお願いします!』
冗談を言い合っていると、そこでスタッフの掛け声がかかる。
所定の位置に立つと、タマと後ろで座っている乙姫は精一杯息を吸い込み叫ぶ。
「「魂の共鳴!」」
二人の絶叫と共に曲のイントロが流れ出す。
それは以前流行ったアニメの主題歌であり、二十代ならば誰もが懐かしむ曲だった。
「「繋いだ魂の灯が胸を指すなら~♪ 言葉よりもっと強い響きが、今聞こえるか~♪」」
[うおおおおおお!]
[かぐやひめの二人だ!]
[はい、神]
[ソウルイーターとかなっつ!]
タマが乙姫の体を動かし、乙姫が歌う。
今の竜宮乙姫は二人で一つ。
この主題歌のアニメの内容に沿って言えば、タマが〝武器〟で乙姫が〝職人〟だろう。
タマは必死で乙姫の癖まで再現して完璧にコピーしたダンスを披露する。
とはいえ、乙姫が必死で練習を積み上げた動きには遠く及ばない。
だから、タマはその足りない部分を心からステージを楽しむ心で補うことにした。
権利、贖罪、そんなものは捨て置け。
今はただこの一瞬を楽しむだけだ。
「出逢った理由はどうだっていい~♪ 魅きつけられて~♪」
「触れた瞬間のキズの分だけ――」
「「確かになれる~♪」」
[888888888]
[ラストステージの開幕に相応しい勢いだった]
[姫ちん、前のライブよりも動きが楽しそうだったな]
[めっちゃ可愛かった]
[かっこかわいいの完成形]
[バンチョーのパワフルさにも負けてなかった]
歌が終わると、盛大な拍手と歓声、そしてコメントが流れる。
罪は消えない。
しかし、観客達のステージを心から楽しむ声は、彼女の罪をほんの少しだけ洗い流してくれたのであった。