ちょっと息抜きも兼ねて完結から数年後のお話を書いてみました。
【大配信時代】うねる時代
スパチャ、登録者数、知名度、V界隈で全てを手に入れたVtuberの首領アイノココロ。
彼女が引退の際に放った一言は人々をネットの海へ駆り立てた。
『私は消えない。みんなが私の名前を忘れない限り、愛の心は残り続ける!』
Vリスナー達は新たな推しを目指し、沼り続ける!
世はまさに大配信時代!!!
「コ゛コ゛ち゛ゃ゛ん゛……と゛う゛し゛て゛……!」
「かぐや先輩、まーたそれですか……」
そんな中、一時代を築き上げた原初のVtuberアイノココロの引退に大勢の人間がショックを受けた。
にじライブの看板を背負い続ける女、登録者数百万人を超える人気ライバー竹取かぐやもその一人である。
「そりゃライブ配信の頻度こそ増やしてましたけど、アイノココロは元々RP強めの動画勢。むしろライブ配信を増やしつつ、よくここまで知名度と人気を維持できたと思いますよ」
居酒屋の一角で号泣するかぐやを面倒臭そうに相手しているのは、箱根タマこと亀梨花子。
かつて先輩である竜宮乙姫を罠に嵌め、契約解除された彼女は大勢の仲間の助けがあって改心し、現在はにじライブ――社名変更し4DLIVEとなった会社の専属のイラストレーターになっていた。
「冷静に分析すな!」
「痛い痛いっ……つむじぐりぐりしないでくださいよ」
かつての確執を乗り越え、良好な関係を築いている二人はこうして定期的に会ってはサシで飲む機会も増えていた。
「ていうか、悲しんでる暇なんてないでしょうが」
タマはかぐやの拘束を振りほどくと苛立ったように告げる。
「社名も変更してファンやライバーも大混乱。そんな中で新プロジェクトが難航中なんて転換期にあんたが泣いてちゃ下に示しがつかないでしょ」
「……せやな」
「いや、急に落ち着かないでよ」
スンと涙を引っ込めるとかぐやは自分を落ち着かせるように酒を呷った。
「バーチャル学園。リスナーも巻き込んだ一種の公開オーディションとも言える企画や。正直、批判の声が上がるのは目に見えとる」
「ですよね。何てったって候補生の子達に競い合わせて、一定の結果が出なければ引退。その上、うちへのオーディションを受ける権利を永久に失う。こんなのデスゲームや蠱毒なんて揶揄されるのは目に見えてます」
「それはかっちゃん含めウチらもよう理解しとる。それでも、最近の新人に勢いが足らんことはタマもようわかっとるやろ?」
「上場して保守的になった弊害ですね。業界トップといえば聞こえはいいですが、ライバーの行動に制限が付きすぎて奇人変人集団には向かい風。だからこそ、この〝バーチャル蠱毒〟を制するような個性の塊のようなライバーが欲しい。そんなところですかね」
現在水面下で動いているバーチャル学園プロジェクトは、V界隈が一般層に浸透したこともあって社内でも賛否両論の企画となっている。
裏で行われるオーディションとはわけが違う。
推していたライバーがある日突然消える悲しみをリスナーは味わうことになるのだ。
「正直、ウチは反対や。こないな辛い思い、みんなにはさせられへん」
「だったら止めてくださいよ」
「そうもいかんのや。話題性は抜群。才能を発掘するんじゃなく育てるっちゅう競合他社のやっていないプロジェクト。思考がライバーよりやない社員には好評なんや」
「かぐや先輩達が業務よりライバー活動に専念し始めたことで社内の発言力が低下していることも原因ってわけですか」
「しゃーないやろ。上場して株主の意向も取り入れなあかんし、社員の数も増えとる。もう昔見たいに好き勝手暴れることはできんのや」
渋い表情を浮かべるかぐやだったが、タマは知っている。
彼女が本当は誰よりも後輩達を心配していることを。
そして、彼女もまた今の状況を変えようと必死になっていることを。
「まあ、どっちでもいいですけど……どうしてアタシにこの話が回ってきてるんですかね?」
「乙姫たっての願いや。もしもこの企画が始動したとき、内側に信用できる人間を置いておきたいってな」
「アタシは未来からきた猫型ロボットじゃないんですけど」
買い被りすぎだとタマは深いため息をつく。
確かに昔はにじライブの社員、所属ライバー、視聴者達を手玉にとって立ち回ったこともあった。
しかし、それは悪意を持ってまだ手探り状態のV業界で行ったこと。
現在の一般層にまで浸透した現在のV業界で自分が周囲を動かせるような人間だとは思わなかった。
「それに聞きましたよ。秋葉さんもこの企画に抜擢されてるんですよね?」
「うっ、耳が早いな……」
タマの言葉にかぐやはバツの悪そうな顔をする。
原秋葉。まひるのマネージャーであり、かつて二期生全体のマネジメント補佐をしていた敏腕マネージャーだ。
そうタマもライバー時代、世話になったマネージャーなのだ。
「あなた達の力になれるのならなんだってやります。どんな無茶ぶりだって答えてみせます」
タマは真剣な表情を浮かべると、はっきりとした口調で告げる。
「でも、秋葉さんを傷つけるのは違う。あの人、あなた達の手前我慢してますけど、アタシと同じ空間にいるだけでも吐きそうな顔してるんで。正直、最近は会社行くのだって控えてるくらいですから」
「せやろなぁ。原はタマがバカやらかしたとき二期生のわちゃわちゃに巻き込まれて死にそうになっとったからなぁ」
「あぁ……タイムマシンがあればあのときの自分をぶっ殺してやりたい……」
過去を思い出し、遠い目をするかぐやと頭を抱えるタマ。
「ていうか、何で秋葉さんマネジメント部のリーダー降りてまで、難航中のプロジェクトなんかに……」
「何かあの子も拗らせとる気がするんよなぁ」
酒をおかわりすると、かぐやは深いため息をつく。
「ちゅうわけでバーチャル学園のクラス担任よろしくな?」
「勢いでごまかそうとしても無駄ですよ!」
断固として始動するかも危ういプロジェクトへの参加だけは断るタマであった。
「何か最近のV業界も大変だなぁ」
V業界の歌姫を妻に持つ店員、園山栄太は他人事のようにそう呟くのであった。