レオが息子である幸太を相手している間に夢美は林檎とタマにお茶を出していた。
以前は料理下手で、こういったこともレオに任せていた夢美も成長したのである。
「まったく……すみません、うちのバカと子供が騒いでしまって」
「あはは……まあ、騒がしいのは嫌いじゃないかな」
「てぇてぇはいつでもウェルカムだよー」
苦笑するタマとは対照的に、林檎はほくほく顔だった。
「そういえば、夢美。音楽活動縮小するってホント?」
「本当ですよ。子供の世話を両親や義両親に任せっきりってわけにもいかないし、あくまでもあたしはバーチャルライバー。手軽に見れる配信主体の活動方針は崩したくなかったんです」
「ま、オタクなんて辛抱強い生き物なんだから年一のペースでもオリ曲が出れば供給はできてる方でしょ」
特に最近では何の発表もなく自然消滅しているグループもあるのだ。夢美のアーティスト活動頻度は十分といえるだろう。
「そういうタマ先輩はもう表舞台に出ないんですか?」
「やー、さすがに無理でしょ。この時代じゃ尚更ねー」
林檎は自由度が減ってしまった現在のV界隈に呆れたように肩を竦める。
「……アタシはV界隈の歴史上、最悪の事件の首謀者よ。復活なんて誰も望んじゃいないわ」
タマは自分の所業を思い出し、苦虫を嚙み潰したような表現を浮かべる。
「いやいや、魔王軍崩壊させたいわっちには勝てんでしょー」
「それはそう」
林檎が冗談半分で告げた言葉に夢美も乗っかる。
ああ、また気を遣わせてしまった。
タマは光に振れるたび静かに心を蝕まれていく。
契約解除後とはいえ、その後の絡みで三期生もタマにとっては可愛い後輩のような存在になっていた。
当時の三期生も事実を知った当初は吐き気を催す邪悪と感じた。
それでも、過去の罪を悔いて必死に前を向き、ときに自分達を助けてくれたタマを三期生達は〝頼れる先輩〟と認識するようになった。
何よりも被害者である乙姫が許し、タマのことを頼りにしている。ここ数年での目まぐるしい時代の変化で起きたトラブルにもタマは仲間として立ち向かってくれた。
恨みではなくただの嫌悪感だったそれはとうの昔に消え去っていたのだ。
それは自分達が直接的な実害を受けていないことも大きいだろう。
「ま、アタシのやることは変わらないわ。今まで通り、仲間達のために動いて人生を謳歌する。それだけよ」
それ以上を望むなんて贅沢が過ぎるのだから。
司馬家を後にすると、タマは林檎と別れて一人夜の街を彷徨っていた。
「景気の悪い話ばかりで嫌になる」
どうして同じコンテンツを好きなもの同士みんな仲良くできないのか。そんなことはタマが嫌というほど、よく理解している。何せ自分がそれを利用して全てを壊した人間なのだ。
結局のところ、他人に噛みつくような者達は現状に満足していないのだ。
アングラコンテンツは内輪ノリから始まり、表に出たとき叩かれる。そこからコンテンツの整備が起こり、常識は新たなものへと変わっていく。
ファン同士の衝突など日常茶飯事。それをどう収めるかはライバーだけではなく、運営側の手腕も問われていた。
果たして自分はどうだろうか。
自分は今の現状に、満足していると言えるのだろうか。
「バーチャルタレント、か」
にじライブというプロジェクトから始まり、会社になり上場。
そこから海外を意識した〝
あくまでも自分達はバーチャル空間を利用したタレントであり、明確にそこには生身の人間がいる。今後の展望を考えて発表した〝Vたれ〟という概念はまあまあ浸透していた。
いまだに呼び方が安定しないのは、ツウィッターがZという名前に変わったようなものだろう。
「タ――花子さん、忘れ物です」
「司馬君?」
ぼんやりとした気持ちで歩いていたら、つい先ほどあったばかりに人物に話しかけられた。
子供と戯れていたガチライオンこと獅子島レオである。
「たぶん、鞄から落ちちゃったんだと思います」
「これって……」
それはいまだにタマが肌身離さず持ち歩いているもの。
「ファンレターですよね、それ」
「ええ、一番最初に届いたやつよ」
箱根タマの罪の意識、そのものだった。