Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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超番外編です


超番外編 ~推しのVたれ!~
【今高希望】新たな始まり


 トラックに撥ねられて異世界転生しないかなぁ。

 終電もない深夜の横断歩道を見て真っ先に思いついたことがそれだった。

 

 今高希望(いまだかのぞみ)、二十三歳。安月給で働くOL。友人はおらず、趣味もない。

 きっとこのしょうもないプロフィールが今後変わるとしたら年齢の欄だけだろう。

 碌に友人もできずに大人になってしまったことがこんなに辛いとは思わなかった。

 友達なんていなくても自分は一人で生きていけるとイキり散らかしていた学生時代の自分を殴り飛ばしてやりたい気分である。

 

「はぁ……」

 

 職場と自宅を往復するだけの日々にもいい加減疲れてきた。

 代り映えのない毎日に、ついため息が出てしまう。

 

「ため息なんてついちゃってさー、どうしたのお姉さぁん?」

 

 そんなとき、唐突に酔っ払いらしきチャラい男性に話しかけられた。

 

「お姉さんこんな時間に一人? 彼氏いないの?」

 

 友達もいないのに彼氏なんているわけねぇだろぶっ殺すぞ。

 

「……あ、あの、すみません……」

 

 心の中でどんなに悪態をついたところで、現実では掠れたような情けない声しか出てこない。

 

「えっ、何? 聞こえないんだけど」

「ひっ、だ、だからぁ……その……」

 

 コミュニケーション能力皆無のボッチ女に酔っ払いをあしらうことなどできるわけもなく、ただもごもごと言葉にならない言葉を繰り返す。

 誰か助けて。

 

「おまわりさーん! こっちです!」

 

 そう思ったとき、どこからか男性の声が聞こえた。

 その声を聞いた途端、もう大丈夫だという安心感がかすかに芽生えた。

 夜道によく通る力強い声。

 その声を聞いた瞬間に酔っ払いは慌ててその場から走り去っていった。どうやら、小心者が酔って気が大きくなっていただけのようだ。

 

 それから私はこれ幸いとばかりに自分の部屋があるアパートまで全力で駆けていった。

 顔も知らない心優しきお兄さん、お礼も言えなくてごめんなさい。

 今はただただ安全な場所に逃げ込みたかったんです。

 名前も知らないヒーローに心の中で言い訳をして走っている内に、住んでいるアパートへと到着した。

 都心にあるセキュリティも防音もしっかりしたアパート。安月給の私がこんな良物件に住めるのは、このアパートの管理人が叔父だからだ。

 身内割引ということもあり、2LDKの一人暮らしには贅沢すぎる広さの部屋にも生活が苦しくなることもなく済めてしまっている。

 

 まあ、部屋に呼ぶ友達も飾りたいグッズもないから広い部屋は寂しさを増長させるだけなんだけどね!

 

「マジでなんもねぇ……」

 

 広い部屋に配置された最低限の家具。

 それを見ると先ほどの恐怖で忘れていた虚しさが再び込み上げてくる。

 スーツから部屋着に着替える気力もなく、スマートフォンを乱暴に投げ捨て、床に置きっぱなしだった生温いビールを片手に部屋の隅の壁にもたれかかりながら床に座る。

 

「このまま目を閉じたら異世界に転生してたりしないかな……」

 

 今日はそればっかり浮かんでくる。

 最近サブスクの動画サービスで異世界系アニメばかりを見ていた影響だろうか。

 感性の死んだ私には面白さがよくわからなかったが、内容はただただ羨ましいと思った。

 私みたいなダメダメな人間でも、死んで全てリセットして異世界という地でチートをもらって順風満帆な人生を送っていく。

 そうなれたらなんて羨ましいことだろう。

 でも、異世界に転生したとしても自分はきっと主人公にはなれないだろう。

 チートをもらったところで、私みたいな人間の最底辺にいるゴミクズにはきっと使いこなせない。

 妄想の中でくらい無双したいのに、結局成功する自分をイメージできずに妄想の中でも失敗する。

 アニメを見るのはやめだ。

 

「TL漁りでもしよ……」

 

 異世界アニメを見ていても心を病むだけだ。

 そう思って乱暴に投げ捨てたスマートフォンを拾い、SNSのタイムラインを適当にスクロールしていると、とある動画が流れてきた。

 どうやら最近はやりのVたれの切り抜き動画のようだ。

 

「Vたれねぇ……」

 

 バーチャルタレント、略してVたれ。ファンの間ではさらに略されてVと呼ばれることもしばしばある。

 流行りに疎い私でもそのくらいは知っている。

 今や右を見てもVたれ、左を見てもVたれ。どこかしらにVたれの広告やタイアップ商品があるような時代だ。

 Vたれだの、Vだの、Vtuberだの、呼び方が多くてややこしいことこの上ない。

 サブカルコンテンツの知識には明るくないため、内容の半分以上は何を言っていたかわからないうえに興味は全くなかった。

 やっていることだって、要するに動く絵を使ってゲーム実況や雑談、昔のテレビ番組の真似事をするだけ。

 私からすれば、最近の技術ってすげぇなくらいにしか思えなかったのだ。

 

『はーい、シュメルの民のみんなー! こんシュメルー! シュメル王国の女神、イシュリー・エル・シュメルだよ!』

 

「いや、女神って」

 

 ファンの人には悪いが、こんなものに高額のお金を投げる人の気が知れない。

 どうやらこのイシュリーとやらは、生配信で何か面白いことをしてトレンド入りしていたようだ。

 まったく余も末である。

 

 しかし、暇を持て余している私は自然と食い入るように動画を眺めてしまった。

 不思議な感覚だった。

 興味なんてないコンテンツのはずなのに、彼女から目が離せなかった。

 金色でウェーブのかかったロングヘアに、美人のお姉さんという印象の強い端正な顔。

 しゃべらなければ女神と言われても納得できるデザインである。

 見た目のデザインが好みだったということもあっただろうが、それ以上に彼女のトークには自然と惹きつけられるものがあったのだ。

 そして、

 

『口から呼吸できるとか嘘乙。まーたそうやって私を騙そうとしてるんでしょ。口から息なんて――吸えたぁ!?』

 

「ぶふっ!」

 

 彼女は致命的なまでに一般常識が欠如していた。

 あまりの衝撃につい飲んでいたビールを吹き出してしまった。

 気になって確認してみれば、トレンドには〝口呼吸〟という単語が入っていた。

 私にはイシュリーのリアクションが演技だとは思えず、本当に今まで口呼吸を知らずに生きてきたんだと理解できた。

 

『鼻詰まったらどうすんだって……だから、薬があるんでしょ?』

 

「やべぇなこの女」

 

 切り抜き動画はそこで終わっていたが、動画サイトで検索すれば〝イシュリーのポンまとめ〟という動画が上がっていた。

 内容を見てみれば、イシュリーのおバカ度合は想像を優に超えていた。

 奇数、偶数、熟語などの義務教育で習う概念がわからないのは当たり前。

 ひどいときは左右がわからなくなっているときまであり、出世魚はイルカがクジラになることだと思い込んでいたり、彼女のポンコツ具合は教育者が揃って天を仰ぐレベルだった。これでメジャーデビューしてCDを出しているというのだから世も末である。

 それらの動画を見た私は笑いが止まらなかった。それはもうゲラゲラと声を上げて涙を流し、これでもかというくらい笑った。

 楽しい気持ちで笑ったことなんて、生まれてこの方初めての経験だった。

 

 そして、私はまだ笑えるくらいには余裕があるのだと気づけた。

 いや、この画面の向こうの女神が気づかせてくれたのだ。

 

「本当に女神じゃん」

 

 自然と動画の概要欄に記載された元配信のURLに飛び、チャンネル登録のボタンへと手が伸びていた。

 この日、私は自分の人生を変える女神と出会ったのだった。

 

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