『はーい、じゃあここからはスパチャ読みに移ります。一旦おつシュメルでーす!』
[おつシュメルー]
[おつシュメルー]
[おつシュメルー]
『えーと、どこから読むんだったっけな……おっ、あったあった』
[高望みナウ:¥50,000 今日も配信おつシュメルです! いつも元気なイシュリーに元気もらってます!]
『わあ、高望みナウさん! 赤スパテンキュー! いつも愛のある切り抜き動画ありがとね!』
「へあっ!?」
感謝の言葉に加えてウィンクという推しからのファンサに変な声が出た。
私の切り抜き動画を認知、してくれている……!
おいおい、軽率にそんな言葉をかけちゃオタクが死ぬぞ。
衝撃の出会いから早二年。
気がつけば私は立派なシュメルの民になっていた。
今高希望、二十五歳。フリーター。友人はいない。ハンドルネームは高望みナウ、推しは堕女神ことイシュリー・エル・シュメル。
絶対に変わらないと思っていた私のプロフィールも随分とユニークになったものだ。
イシュリーに巡り会ったあの日、私の人生は一変した。
希望なんて見えないモノクロの毎日がカラフルに色づいたのだ。
まず仕事はすぐに辞めた。
上司からは怒鳴られもしたが、一時の我慢と割り切って堪え忍び、ついに退職をもぎ取ったのだ。
小さく縮こまって上司の言う通りに動くことしかできなかった今までの私からは考えられない大きな一歩だった。
不安がないわけじゃなかったが、イシュリーが配信中で言っていた〝人生意外と何とかなる。私でも何とかなるくらいだしね!〟という言葉が背中を押してくれたのだ。
辞めた今だからわかるが、普通に私のいた会社は労基に駆け込めば一発アウトの会社だったし、退職して正解だったとは思う。
もちろん、貯金があるとはいえ無職のままでは生活できない。
そこで私はアルバイトを始めた。
学生時代にお世話になっていたバイト先に連絡をして即採用され、晴れてフリーターになったのだ。
仕事はガラス清掃のアルバイト。
ガラス清掃はキツイとか汚いとか、危険というマイナスなイメージを抱かれがちだが、意外と良いところはたくさんある。
まず時給が高い。
業界的に慢性的な人材不足と高所作業などの危険な作業もあるため、自然と給料は高くなるのだ。
雨が降って当日に中止になった場合でも、給料が発生するから私にとって雨は恵みの雨である。
そして、何よりコミュニケーション能力が低くても働きやすい点が素晴らしい。
清掃作業は大抵の場合、ビルのテナントの始業時間前か始業時間後に行われる。
つまり、人と会う機会が限りなく低いのだ。
ビルの管理会社の方とやり取りするのも現場責任者のチーフスタッフか社員さんだ。
内面ガラスの清掃では、テナント内の方ともやり取りしなくてはいけない場合もあるが、私はゴンドラ作業やロープ作業の方を積極的に希望して、できるだけ内面作業を避けるシフトにしてもらった。
女性で外面作業を積極的に希望するのは珍しく、社員の人や現場のおじさん達にも優しくしてもらえ、飲み会も強制されることはなく、たまにお昼を奢ってもらえたりする超絶ホワイトで天国のような職場だ。
体力面も慣れればなんてことはない。むしろ、筋肉がついて良い感じに体が引き締まったくらいである。
一月の収入も爆増し、推し活にも専念できるようになった。
最低限の家賃、光熱費、生活費を差し引いた全てを私はイシュリーへ注ぎ込んだ。
グッズやCD、ボイスなど、買えるものは全て買った。
おかげで殺風景だった部屋は、現在イシュリーグッズで埋め尽くされている。
イシュリーは配信頻度も高く、メジャーデビューしているライバーのため、配信のアーカイブやラジオなどを追うのは大変だったが、バイトの休憩時間も使って追っていたため、あっという間に最新の配信に追いつくことができた。
それだけでは物足りなくなり、最近ではパソコンを購入し、ネットで調べながら切り抜き動画を作るようになった。
一から機材やソフトの使い方を覚えるのは大変だったが、推しへの愛があればこのくらい屁のカッパだ。
その結果がスパチャ読みでの認知である。
配信文化では、所謂投げ銭と言われるスーパーチャット機能があり、そこでは配信者に日頃の感謝を込めて好きな額を支払うことができる。
普段、私は千円くらいの額を少しずつ投げている程度なのだが、今回は登録者数六十万人記念の配信ということもあり、限度額を投げさせてもらった。
名前を呼んでくれるだけでも嬉しいものだが、それに加えて私の作ったつたない切り抜き動画を見ていてくれたとなれば、その嬉しさは言葉では表現できないレベルだ。
推し活は素晴らしい。
こんなものに高額のお金を投げる人の気が知れない、なんて言ってる人の気が知れない。
素晴らしいコンテンツには無理のない範囲で自分の気持ちの分お金を払う。まったくこんなの常識である。
『はい、スパチャも全部読み終わったと思うので、今日はこの辺りで終わろうと思います。呼び漏れがあったら、教えてね…………うん、大丈夫みたいなので、終わります! みんなおつシュメルー!』
スパチャ読みも終わり配信が閉じられる。
さっそくイシュリーの素晴らしさを布教するためにも切り抜きを作らなければ。
作業の前に一息入れるために、お湯を沸かして紅茶を入れる。
配信アーカイブにチャットのリプレイが反映されるのには時間がかかる。
イシュリーの配信はコメントとのやり取りも魅力の一つだから、見落としはないようにしたい。
三時間は待たないといけないし、イシュリーが前にやってたゲームでもやろう。
「おっ、コメント反映きちゃ!」
キリの良いところまでゲームを進めると、コメントがアーカイブに反映されていた。
私は見知った古参ファンの方が付けてくれたタイムスタンプを元に、今回の配信アーカイブでのおすすめの箇所へと飛ぶ。
このタイムスタンプというシステムは本当に便利で、一時間を超えることの多い生配信において、どの時間にどういった内容のことを話していたかを時間ごとに区切ってコメントしてくれているのだ。
「マジでシュメル環境大臣さんには頭が上がらないわ」
イシュリーの初配信からコメント欄にいた古参ファンであるシュメル環境大臣さんは、毎回配信終了後すぐにタイムスタンプをコメント欄につけてくれている。
切り抜き師をしている私としては、この人がいるからこそ毎日推しの魅力を伝える切り抜き動画を作れるのだ。
本配信をダウンロードし、動画編集ソフトを立ち上げる。
切り抜きたい箇所以外を削除して切り抜きたい箇所にテロップを付ける。
フォントもトークのトーンに合わせ、強調したい部分に合うSEを付ける。
発言内容が過去の発言に言及するものであれば、そちらの配信も参考として差し込んでいく。
なかなか骨の折れる作業ではあるが、これも推しのためになると思えば一円にならなくともまったく苦にならない。
完成した切り抜き動画をアップロードしていると、前回上げた切り抜き動画にコメントが来ていることに気がついた。
「あっ、コメント来てる」
[ナウニキの切り抜きホントすこ]
[編集に愛を感じる]
[布教することしか考えてない切り抜き最高すぎる]
[動画から伝わってくる堕女神への愛]
[堕女神への果てしない愛を感じる]
Vたれの切り抜き動画は、収益目当ての話題性だけを優先した悪意のある切り抜きが多く存在する。
それ故、各Vたれのリスナーは切り抜き師の愛という部分に敏感だったりする。
逆に言えば、愛を込めて動画を作ればそれは確実にリスナーのみんなにも伝わるのだ。
これはバーチャルタレント文化の良いところとも言えるだろう。
私の動画にコメントをくれている人達も、基本的にシュメルの民であり、私なんかよりもずっとイシュリーへの愛を持った人達だ。
名前すらも覚えてしまったそんな推し活の先輩達から評価される。それは私の心を満たしてくれた。
あっ、大臣さんもコメントくれてる。返信しなきゃ。
[シュメル環境大臣:ひゃっはー! ナウニキの新鮮な切り抜きだぜ!]
1件の返信→[私が切り抜きをあげられるのも大臣さんのタイムスタンプのおかげです! 本当にいつもお世話になっております!]
ああ、今日も満たされていく。私の居場所はここにある。
あの地獄のような毎日から救い出してくれたイシュリーは推しであり、女神であり、私のヒーローだ。
「こんな楽しい毎日が待ってるなんて思いもしなかったなぁ……ん?」
今までのことを振り返り、感傷に浸っていたとき、とあるコメントが目に留まった。
[辛いとき、あなたの動画を見ていつも救われています。本当にありがとうございます。]
救われる? 私に?
違う、これはイシュリーの功績だ。私がやったことは彼女の存在を宣伝するためのビラを撒いただけのもの。私の成果ではない。
しかし、救われたという言葉がどうしても頭に引っかかってしまう。
こんな優れた部分など一つもなく、無価値で推しから得る活力に生かされているだけの人間でも誰かを救えているのだろうか。
「いやいや、ないない……」
頭を振り、できるだけ柔らかい言い方になるように返信コメントを書き込む。
1件の返信→[ありがとうございます! でも、それは私ではなくイシュリーさんの功績です。本配信の方も是非見に行ってくださいね!]
こうして釘を刺しておかないと勘違いしてしまう人が出てきてしまう。
切り抜き師が出しゃばるのはNGだ。
推しが評価されるためにやっているのに、切り抜き師の知名度が上がり配信で名前が挙がることになれば配信が荒れかねない。
そんなことになれば、私は躊躇なくアカウントごと全ての動画を削除するだろう。
リスナー同士のノリは、行き過ぎれば新規参入を妨げる要因にもなりかねない。
最近はスパチャを投げるだけでコメント欄に私の名前を出す人もいるくらいだ。
正直、本配信ではそういうノリはやめてほしい。
イシュリーは優しいから笑って流してくれているが、そろそろ本格的にスパチャを控えようかと悩んでいるくらいである。
私に対して言いたいことがあるのならば、切り抜き動画のコメント欄だけにしてほしいものだ。
とはいえ、名前を出しているリスナーさんにも悪意がないことは理解している。
それ故に表立って注意をすることも憚られるのも難しいところだ。
「はぁ……もう寝よ」
切り抜き動画のアップロードも終わったし、もう時間も遅い。
明日もバイトだ。体調は万全にしていかなければ。
私はもやもやとした感情を振り切るように眠りにつくのであった。