『今高希望様
お世話になっております。4DLIVE株式会社 バーチャル学園プロジェクト採用担当でございます。
先日は当プロジェクトオーディションにご応募いただきまして、誠にありがとうございます。
早速ではございますが、今高様には是非とも当学園に入学していただきたく存じます。
つきましては、下記の日時に指定した場所までお越しいただけますでしょうか。
―――――
ご不明な点などございましたら、お気軽にお問合せください。
何卒宜しくお願い致します。
4DLIVE株式会社 バーチャル学園プロジェクト採用担当 原 秋葉』
まさか本当に合格するなんて。
バーチャル学園から合格通知が届いたときはさすがに自分の目を疑った。
私が送った動画は4DLIVEを象徴する楽曲である〝V-Sign〟を、高校生のときの制服を着て4DLIVEのマスコットキャラクター〝シドラン〟の被り物をして歌ったしょうもない実写動画である。
そりゃできる限りの工夫はした。
被り物は買ってきたパーティグッズを塗装したりして自作したし、撮影はグリーンバックを利用して音声は別撮り。
動画上では大量の私が校歌斉唱とばかりに〝V-Sign〟歌っているという絵面だ。
インパクト重視すぎてクソ動画感が否めないことに気づいたのは、データを送った後だった。
どうして合格したかはわからないが、合格した以上は精一杯やるだけだ。
そう思って指定の場所に来てみれば、そこは学園という言葉からかけ離れている裏路地にある怪しげな雑居ビル。
綺麗な校舎を想像していただけに、何度もメールを見返して場所が合っているか確認したくらいである。
意を決して入り口に向かうと、守衛さんに身分証明書と合格通知のメールの提示を要求された。
私がバーチャル学園の合格者だとわかると、守衛さんは笑顔で迎え入れてくれた。
「ここが私のクラス……」
私が配属されたクラスはG組。今は集合時間の三十分前だけど、きっと私のクラスにはこれから共に過ごすクラスメイト達がたくさんいることだろう。
人の第一印象は三秒で決まる。
前職でも挨拶に関してはさんざん叩き込まれた。
これから共にこのバーチャル学園で学んでいく仲間達への挨拶は大切だ。
「初めまして!
勢いよくドアを開けて声を張り上げる。
「……どうも」
「……うっす」
しばしの沈黙の後、帰ってきたのは控えめな挨拶だった。
おそるおそる室内を見渡してみれば、そこにいたのは二人だけ。
背の高い不愛想な男の子と、小柄で目つきが鋭い黒髪ウルフカットの女の子。どちらからも私を歓迎している空気は感じられなかった。
事前に聞いていた話では一クラス十人くらいのはずなのだが、集合時間の三十分前で集まっているのは二人。
「な、何かごめんなさい……」
沈黙に耐えられなくなった私は、自分のネームプレートが置いてある席へと座った。運の悪いことに、目つきの鋭い子の隣の席である。
夢の学園生活の第一歩から躓いてしまった私は、ため息をついてスマートフォンをいじりだした。
何でみんなまだ来てないの、普通わくわくして早く来ちゃったりしない?
ていうか、何で来ている二人もそんなに冷たいの?
私、そんなに圧あったかな……やっぱり大声で挨拶なんて今時良くなかったのかな?
ぐるぐると思考が回る。このまま考え込んでいたらどんどん気分が落ち込みそうだ。
結局、私は集合時間までイシュリーの配信アーカイブを見て心を落ち着けることにした。
それから集合時間が近づいてきたのか、次々に生徒達が教室に入ってきた。
私の右隣の席は目つきの鋭い子だったが、左側にも誰かが腰掛ける。
今度こそちゃんと挨拶をしよう。
そう思って左を向いたら、私は固まってしまった。
「あなたも合格者ですよね? 私、
いかにも清楚な大和撫子がそこにはいた。
腰まで伸びた艶のある黒髪と端正な顔立ち。簪でも差していそうなものだが、意外なことに髪留めは星型の子供っぽいものだった。
あまりの清楚っぷりにクソ雑魚一般女性の私では目が眩むレベルだ。
「あ、あの……英乃尋、す……よろしゃす」
負けじと自己紹介をしようとしたが、蚊の鳴くような声でクソみたいな自己紹介をしてしまった。
「乃尋さんですか。よろしくお願い致します」
飛乱さんはそんな私に変わらず明るく返してくれた。さらっと名前呼びしてきてるし。
それから飛乱さんは私を挟んだ先にいる目つきの鋭い子に話しかけた。
「そちらのあなたは?」
「……
話を振られた大牙さんは淡々と敬語で答えた。
声を張っていないのに聞き取りやすい可愛い声だ。
見た目や名前とのギャップがあるタイプだなと思いながら、私は二人の会話に耳を傾ける。耳を傾けるというか、私を挟んだまま会話されているので会話を聞きながら愛想笑いをするしかないのだ。気まずい……。
「集合時間になりました。みなさん揃ってますね?」
あまりの気まずさに縮こまっていると、先ほどやってきたスーツの人物が入ってきて教壇に立った。
そして、私たちを見渡してから口を開いた。
「みなさん、初めまして。本日からバーチャル学園一期生G組の担任を受け持つことになった亀梨花子です。今後ともよろしくお願いいたします」
「……亀梨、花子」
亀梨先生が自己紹介したとき、右側から驚いたような声が聞こえた。
視線をそちらに向けてみると、大牙さんが呆然とした表情で先生の方を見ていた。
もしかして知り合いなのだろうか。話す機会があれば、今度聞いてみよう。
「V業界は今やアニメと並ぶ日本が誇るサブカル文化です」
視線を亀梨先生に戻すと、彼女は電子黒板に資料を表示しながら話し始める。
「アングラコンテンツでオタクと呼ばれる人種が熱狂していた時代はもう終わりました。今やVコンテンツは現実を侵食し、街中、SNS上で目にしないことはないほどに発展しました」
確かに今やVが都市の観光大使をやっていたりする時代だ。
冷静に考えると、Vたれを見ていなかった私の方が珍しい人間だったんじゃないだろうか。
「〝Vたれなんか見てる奴はキモイ〟。一昔前まで言われていた侮蔑の言葉はなくなり、もはや〝Vたれを見ていない奴は時代遅れ〟とまで言われるほどです」
時代のトレンドへと躍り出たV業界。こうして聞くと、その業界でトップを走り続ける4DLIVEの凄さを改めて思い知らされる。
「単刀直入に言わせていただきます。我々が育てたいのは〝伝説を創れる〟バーチャルタレントです」
伝説を創る。その言葉は一部の天才にしか許されない領域の話だ。
しかし、4DLIVE所属のVたれはイシュリーをはじめとして多くの伝説を作ってきた。
4DLIVEの看板を背負うというのはそういうことなのだ。
「さて、あなた達は入学試験であるオーディションを突破してここにいます。つまり今日からバーチャルタレント候補生としてこの学園で学んでいただくことになります」
前置きは終わったのか、亀梨先生は淡々と説明を始めた。
「当学園で学び、才能があると判断された方はそのまま当学園の運営元である4DLIVEのバーチャルタレントとしてデビューしていただくことになります。逆に言えば――」
そこで言葉を区切ると、亀梨先生は私達の目をしっかりと見てから告げた。
「バーチャルタレントとしてデビューするほどの実力がないと判断されればそこまで。当学園を去っていただくことになります」
「っ!」
心臓がドクンと跳ね上がった。
胃の底から恐怖がせり上がってくる。息がうまくできない。
「退学ってどういうことだよ!?」
「嘘だろ!?」
「そんなの聞いてないよ!」
クラスメイト達も衝撃の事実にざわつき始める。
喧噪の中、亀梨先生は声色を変えずに説明を続けた。
「退学勧告はその都度、課題や実習前に基準を説明しますので、ご安心を」
全く持って安心できる要素がない。事前に告知するから安心しろなんてふざけてる。
「また退学になった場合、4DLIVEが開催する全オーディションへの参加権を失うことになります」
亀梨先生の言葉に全員が言葉を失う。
この学園を退学になれば、4DLIVE所属のVたれになるチャンスを永遠に失う。一度、実力なしと判断されれば再挑戦することすら許されないのだ。
浮かれ気分はとうに吹き飛び、不安だけが心を塗り潰していく。
「待ってください! そんなのあんまりじゃないですか!」
クラスメイトの誰かが立ち上がって叫ぶ。
それに対して亀梨先生は底冷えするような冷たい声で答えた。
「バーチャルタレント飽和時代で突出できない人間は4DLIVEに必要ありません。Vとして配信がしたければ、別の事務所へ行くか個人で活動をするという選択肢もあります。その際、この学園で学んだことは無駄にはならないでしょう」
うちにはいらないが、余所でのチャンスは消えない。
「おわかりいただけましたか?」
その言葉は希望のようにも見えて、絶望的な言葉でもあった。
うちの事務所にいらないが、余所ではやれる。それは4DLIVEに入りたい人間にとっては何の救いにもならないだろう。
「あなた達を選んだ我々の目も節穴ではありません。入学試験を突破した実力を磨いて是非這い上がってください」
まるで私達を煽るかのように告げられた言葉。
その一言で私の中に渦巻く不安が和らいだ。
そうだ。私は入学試験を合格してここに来たんだ。
だったらそれに恥じないように頑張らないと。
大丈夫、私はやれる。自分に言い聞かせるように何度も胸の中で呟いた。
「やってやりますよ!」
そうだ、私はVたれになりにここに来ているんだ。選択肢なんてないんだ。
「へ?」
何故か、クラスメイト達の視線が私に集中していた。
自分を鼓舞するように心の中で叫んだつもりだったのだが、まさか……。
どっと冷や汗が噴き出す感覚が私を襲う。
恐る恐る亀梨先生の方を見てみれば、彼女は初めて見る笑顔を浮かべていた。
「いい意気込みですね」
「あっ、スゥ――――……す、すみません!」
顔が熱い。大勢の前で何やってんだ私のバカ!
「さて、カリキュラムの説明などは学園についてから行いましょう」
恥ずかしさに悶える私を無視して亀梨先生は話を進める。
てっきりここがバーチャル学園だと思っていたが、違ったようだ。
「事前にお送りした資料にもありましたが、あなた達にはこれからバーチャル学園で生活しながらカリキュラムに臨んでいただきます。もし現時点でリタイアしたい方がいれば遠慮なくおっしゃってください」
そう言って亀梨先生は教室を見渡す。手を挙げた人は誰もいなかった。