それから私達は窓から外が見えないバスに乗せられた。
一体どれだけの時間が経っただろうか。
「到着しましたよ」
イヤホンを装着し、イシュリーの配信アーカイブを見ているといつの間にかバーチャル学園へ到着していたようだ。
指示に従ってバスを降りると、そこは山と森に囲まれた巨大な施設の入り口前だった。
こういう施設は見たことがある。
前にブラック企業に勤めていたとき、研修で連れてこられた施設と構造が似ている。
運動場や講義用の教室がある建物、さらに団地のように立ち並んだ居住区。
閉じられた空間で集団生活を行うために設計されたということがよくわかる。
「バーチャル学園は元々職業訓練施設を買い取り、内部をリフォームした状態になります。外観は古いですが不自由はありませんのでご安心ください」
亀梨先生に先導されて学園内を歩く。
学園内には教室や食堂、レッスン室などもあり、改めて自分はVたれを育成するための施設に来たんだと実感させられる。
入り口には他にもバスが停まっており、私達G組以外にも大勢のバーチャル候補生達がいるんだとわかった。
番号の割り振られた教室に到着すると、亀梨先生はカリキュラムについての説明を始めた。
「次はカリキュラムの内容について説明していきたいと思います」
亀梨先生はまるで何事もなかったかのように淡々と次の説明に移る。正直ありがたい。
「当学園のカリキュラムでは、あなた達がデビュー後に3Dモデルを使用してイベントや番組に出演することのできるバーチャルタレントになることを前提として組まれています。もちろん、最初は動かない立ち絵だけで活動してもらうことにはなりますが」
4DLIVEに所属するVたれは、基本的に2Dのモデルを使用して生配信を行う。
3Dモデルが制作されるのは、登録者数二十万人を超えてからなのだ。
つまり、この場にいるバーチャルタレント候補生は、デビュー後に登録者数二十万人を超えて当然の実力を身に付けなければいけないのだ。
事前に知っていたことではあるが、改めて言われるとその重みがずっしりと肩にのしかかって来るような気がした。
私が目指す道はそこなんだ。他の人に負けないくらいの実力を身に付けないといけない。
気を引き締め直していると、亀梨先生は私達に向かって問いかけてきた。
「この学園では、ボイストレーニング、ダンスレッスン、配信実習、サムネ講座、その他にも多くのことを学んでいただきます」
亀梨先生はカリキュラムの日程や課題に関する説明を進めた。
授業があるのは週五回の平日。
課題も授業ごとに出るとのことだった。
配信実習が始まるのはまだ先らしく、ひとまず何もわからない状態で生配信をすることにはならなそうで一安心だ。
「また生活費は全て学園内で稼いでいただくことになります。方法はシンプルです。この学園では成績に応じた金額がポイントとして給付されます。あとで配布する資料に一覧を乗せておきますので確認をお願いします」
「ちょ、稼ぐってどういうことですか!?」
さすがの私でも声が出た。そんな話、聞いていない。
他のクラスメイト達も退学の件に続き、予想外の事態にざわついている。
バーチャル学園の契約書では、寮生活をする代わりに生活費が出るという話だった。
私だけではなく、仕事やアルバイトを辞めた人間だっているだろう。
「ええ、出ますよ。〝今月分の5万ポイント〟はね」
「っ!」
いくら成績が良くても、元手がなければ給料日まで生活できない。
契約書に記載されていた支給される生活費とはこのためのものだったんだ。
「バーチャルタレントは現在、専業で活動することによって生計を立てている方が大勢います。まず、あなた達にはその次元に行っていただく必要があります」
「専業で、稼ぐ……」
つまり、私達はデビューの座をかけて競い合うだけでなく、自分の生活のためにも好成績を残さなければいけないということになる。
つまり趣味の範囲ではなく、仕事として成り立つレベルの活動をしていかなければいけないということだ。
「最後に当学園での規則について説明させていただきます」
とうとう入学ガイダンスも終盤。亀梨先生は今まで以上に真剣な表情で規則について話始めた。
「まず、当学園のカリキュラムの内容を許可なく外部へ発信することを禁止です。万が一、外部に漏れた場合は然るべき対応をさせていただきます」
4DLIVEは法務部も強いと聞くし、本当にこれに関しては気をつけよう。
「また生徒同士での連絡先の交換は禁止となっています。もちろん、授業の中で連絡は必要になってきますので、これから支給する端末を使用してください」
そう告げると先生は一人一人の前にスマートフォンの入った箱を置いていった。すごい最新機種だ。
「こちらの端末は当学園の授業などで使用します。アプリの設定などは全て後ほど一緒に行っていきます」
どうやら本当に学園専用で使用するスマートフォンをわざわざ支給してくれるようだ。
もしかしたら実際に2Dモデルを動かしてみる授業もあるのだろうか。
「生徒間での連絡もこの端末内のアプリ〝VAR〟を使用して行っていただきます」
VARと書かれたアプリをタップしてみると、真っ白な画面に〝Virtual Academy Record〟と表示されたVARとはこれの略だろう。
「先生、何故お互いに連絡先を交換してはいけないのでしょうか?」
今度は隣の席にいた飛乱さんが立ち上がり、挙手して質問をする。
他の生徒もいる中で堂々と質問できるなんて凄いなぁ。私だったら絶対できない。
「あなた達はあくまでもバーチャルタレント候補生。もしデビューが決まった場合、正式に4DLIVE所属のタレントとなり、現在活動されている主ににじライブのタレント達とも交流を持つことになります」
淡々と告げる亀梨先生の言葉にはっとする。ここまで言われれば鈍い私でも気がつく。
「現在活動しているタレント及び今後活動することになる方、この両名と必ず交流を持てる手段として〝バーチャル学園に入学する〟という選択肢ができてしまうのです。もちろん、本気でタレントを目指すことになるのであればきっかけとしては問題ありませんが、好ましくはありません」
それだけじゃない。もしもデビューすることになって調子に乗った人間が、4DLIVE所属のタレントの情報をバーチャル学園の同期に漏らし、そこからさらに情報漏洩が起こる導線を潰そうとしているというのもあるのだろう。
改めて4DLIVEのコンプライアンス意識の高さを思い知らされた。
「納得してもらえましたか?」
「はい、教えていただきありがとうございます」
飛乱さんも納得したようで、綺麗なお辞儀をすると静かに席に着いた。まるで実力がなければ退学になることを考慮に入れていない落ち着きっぷりである。肝が据わり過ぎだろ。
「では、続けますね。当学園で使用するタレント名は、4DLIVE株式会社に先使用件があります。SNSなど、個人で管理しているアカウントで名前を使用することはできません」
先生はバーチャル学園へバーチャルタレント候補生として所属するために必要な契約書を配る。この契約書にサインをしたが最後、デビューできずにバーチャル学園を去ればこの名前は二度と使うことはできないだろう。
「言うまでもありませんが、無断遅刻・無断欠席はもちろん厳禁です。遅れそうな場合や、体調不良の際は必ず担任である私へ連絡をお願いします」
これに関しては、バーチャル学園に限らず常識的な話である。
無断が問題なのであって、理由さえあれば遅刻や欠席も特に厳しいというわけでもなさそうだ。
「そして、最後になりますが在学中、あなた達は常にバーチャルタレントとしての資質を問われることになります」
亀梨先生の視線と声色が鋭さを増した。
私は一瞬にしてその空気感に飲み込まれ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「もちろん、最初から全てできるようになれなど言うつもりは毛頭ありません。ですが、いつまでも成長が見込めないのならば、当学園に在学することはできません」
先生の厳しい言葉に、私の中に辛うじて残っていた緊張感や期待といった感情が全て吹き飛んだ。
「ですので、わからないことがあれば質問し、適宜アドバイスを求めてください。そのための学園です。積極的に学ぶ姿勢のない方はいりません」
少しでも気を抜けば、自分の未来が無くなるかもしれないという事実を突きつけられて、体が震えてくる。
積極的に学ぶ姿勢のない人間は不要。
これまで受け身で人生を生きてきた私にとって、その言葉はあまりにも重かった。
「ようこそ、バーチャルタレントの入口へ」
先生はどこか芝居がかった口調で告げると、悪役のような笑みを浮かべるのであった。
現在こちらの超番外編と並行し、第37回ファンタジア大賞前期 四次選考までいった作品をリメイクして投稿しております。
もしよろしければ、どうぞ!
ちなみに裏話になりますが、主人公とヒロインのモデルは作者の友人とその元カノです。
未来じゃ共依存!
https://syosetu.org/novel/335950/