その後、スマートフォンの設定などを行うと、そのまま今日は解散となった。
VARを立ち上げてみれば、そこには既に振り込まれている5万ポイントの表示があった。貴重な生活費、大切に使わなければ。
「乃尋さん。もし良かったらこの後、ご一緒にご飯でもいかがですか?」
「えっ、私と?」
放課後、荷物をまとめて帰る準備をしていると、後ろの席に座っている飛乱さんに話しかけられた。
人付き合いは得意じゃないから、こういったことは正直苦手だ。食費だって節約はしたい。
しかし、せっかく誘ってくれたので断るのも申し訳ない気もする。
「う、うん、もちろん……あっ、でも、いいのかな。ほら、連絡先とか交換禁止だし」
意気地なしの私は結局それらしい理由を付けて飛乱さんの厚意を断ろうとした。
「連絡先の交換が禁止なだけで、放課後の交流はむしろ積極的にした方がいいですよ」
抵抗虚しく亀梨先生に逃げ道を塞がれてしまった。
「大丈夫のようですね」
「うっ……」
そんなに目をキラキラさせられたら断れないじゃないか。
キラキラオーラに完全敗北した私は飛乱さんに連行され、学園内の食堂で夕飯を食べることになるのであった。
どうしよう、今日あったばかりの人と食事なんて初めてだ。
一人でご飯食べるときにしか来たことなかったのに、どうしたら……。
「乃尋さんは何を食べますか?」
「えっ、あ、若鳥のやつ、ライスセット」
飛乱さんがメニュー表をこちらに向けながら聞いてくるものだから、つい反射的に答えてしまった。
一人で来るときは、メニュー表に指を差して「これでお願いします」と注文しているので正式名称なんて覚えていない。
「わかりました。それでは、注文しますね」
ああ、何から何までやってもらっちゃってる……。
陽キャだったらきっと、こういうのスマートにカッコよくできるんだろうなぁ。
私が一人反省会を開いてると、飛乱さんは食券の前まで行って注文を済ませてしまった。あっ、お金……。
「飲みものはどうしましょう?」
「えっ、烏龍茶」
「ちょっと待っててください」
私が行こうか、なんていう暇もなく、今度はドリンクバーの方へ飲み物を取りに行ってくれた。
なんだか至れり尽くせりで落ち着かない。
そういえば、前職のときは飲みの席でこういう気遣いができなくて上司に怒鳴られたっけなぁ。
過去のトラウマを思い出して遠い目をしていると、すぐに飛乱さんが戻ってきた。
「気を遣わせてごめんね。お金も……」
「気にしないでください。私が呼んだんですし」
そう言って飛乱さんは優しく笑った。
そんなに年も変わらないだろうにこの包容力、末恐ろしい。
「それにしても、一定の実力がなければ退学だなんてデスゲームみたいですよね」
「……うん、正直バイト辞めてまで来たのに退学なんて冗談じゃないよ」
事前に了承していた内容とはいえ、それはこの厳しいシステムを知らなかったから。
退学云々の話は一応契約書にも書いてあったけど、それは精々契約違反の類だと思っていたのだ。
「ですが、これはデビューしたとき最高のネタになりますね」
「ポジティブ過ぎるでしょ……」
てっきり一緒に不安な気持ちを吐露する会になると思っていたのだが、飛乱さんは自分がデビューできると疑っていないらしい。
「デビューできなければ終わりですから。どうせ一かゼロならば楽しまなければ」
「まあ、そりゃそうだけど……」
ただでさえ勢いに任せて応募して合格してしまった身である以上、この状況を楽しむなんて不可能だ。
「私は箱推しなので特定の推しがいるわけではないのですが、Vの体を使って大暴れするライバー達が大好きなんです」
ライバーって呼び方は確か、Vたれって概念ができる前のタレントの呼び方だっけ。
となると、飛乱さんって結構な古参なのではないだろうか。
「私もあんな風に楽しく活動してみたいと思いまして。何度もオーディション受けても、ずっと落ち続けていました。ですので、今回掴んだチャンスは絶対モノにしたいんです」
カッコイイ。
真っ直ぐに夢を語る飛乱さんを見て思った素直な感想だった。
飛乱さんの瞳には強い意思を感じた。
きっと、彼女なら夢を叶えられる。根拠はないが、そう確信させてくれるほどの力がこもっていた。
だからこそ、わからない。
「あのさ、どうして私を誘ってくれたの?」
夢を語る飛乱さんに私は恐る恐る尋ねる。
飛乱さんや他に話しやすい人達はたくさんいた。
それなのに、わざわざこんなコミュニケーション能力に難のある私と二人で食事なんてメリットが一ミリも見当たらない。
「一番話しやすそうだったからですね」
「えぇ?」
一番ないと思っていた返答に困惑せざるを得なかった。私なんて話しやすさから対極にいる人間だというのに。
「だって、乃尋さんって真面目そうだし」
それは誤解だ。私は真面目なのではなく、不真面目な行動をとったときのしっぺ返しが怖いだけなのだ。
「あと落ち着いて大人っぽいし」
そりゃ高校生から見れば社会人経験者は大人に見えることだろう。
「それに、なんか可愛いです」
「かわっ……!? けほっ……けほっ……!」
予想外の褒め言葉に驚いて咳き込んでしまった。
ブラック企業をやめたときから身なりに気を遣う余裕ができたことは事実だし、イシュリーを推し始めてから、飲食店のコラボで写真を撮るために自分磨きもした。
それでもこんな大和撫子から可愛いなんて言われるとは思ってもみなかった。
「そんなに驚くことでもありませんよ」
私が慌てふためく姿を見て、飛乱さんはころころと楽しげに笑っていた。
「ですが、一番の理由はあのときの啖呵です」
急に真剣な表情を浮かべると飛乱さんは続ける。
「退学のことで皆さん頭がいっぱいで混乱してたのに、乃尋さんは〝やってやる!〟って言いましたよね」
「あ、あれは、無意識で……」
新たに増えた黒歴史を掘り返すのは勘弁してほしい。
「無意識なら猶更です。きっと乃尋さんは追い詰められると覚醒するタイプなのではないでしょうか。それこそ漫画の中のヒーローみたいに」
「大袈裟だよ」
私は誰かのヒーローになりたいという思いを込めてVたれとしての名前を決めた。
それはそうなれたらいいなという思いであって、今の自分がそんな人間だとは到底思えなかった。
「でも、ありがとう。何かちょっと自信出てきた」
「うふふっ、その調子です」
飛乱さんの花が咲いたような笑顔を見ていると悩んでいるのがバカらしくなってきた。
「飛乱さんと一緒なら、この学園のカリキュラムも乗り越えられる気がしてきたよ」
「何か死亡フラグみたいで物騒ですね」
うん、前言撤回。この子やっぱりどこか感性がズレてるわ。一緒にいて不安しかないよ。
「あれ、そうなると私のポジションは主人公に優しくしたと思ったら最初に脱落する腹黒かませ犬ではないでしょうか……。ほら、盛大に顔芸かまして罵詈雑言吐いて死んでいくアレです」
「いや、何で私がナチュラルに主人公になってるんだよ……」
それと飛乱さんは初手脱落かませ犬じゃなくて、最終戦まで生き残る狂人ポジションだと思う。
「言ったではありませんか。乃尋さんはヒーローっぽいと。なので、デスゲームでは乃尋さんが絶対主人公です。なっちゃいましょうよ、本物のヒーローに!」
「あはは……頑張るよ」
上等じゃん! なってやるよ、本物のヒーローにさ!
喉元まで出掛かった臭い台詞を慌てて飲み込む。
危うくその場のノリで再び黒歴史を増やすところだった。
こうして私達は互いに親睦を深めていった。
しばらく話していると、飛乱さんの頼んだフライドポテトと私の頼んだ若鳥のなんたら定食が出来上がったようで取りにいった。
食事を持って再び席に着くと、飛乱さんは楽し気に話を振ってくる。
「そういえば、乃尋さんはもう三期生記念ライブ見ましたか!?」
「けほっ……あの、えっと……」
「ああ、ごめんなさい! ゆっくり食べてから話してくださいね」
しっかりとした定食を食べながらだと、どうにも会話をしづらい。
バカ野郎、何ガッツリ定食頼んでるんだよ私!
……私がヒーローになれる日はまだまだ遠いらしい。
食堂を出た私達は帰路へと着いた。
食堂や校舎がある学区域から居住区まではそこまで距離が離れておらず、思ったよりもバーチャル学園が広い施設ではないと気づかされた。
明日からこの箱庭の中で私達は蹴落とし合いながら過ごしていくんだ。
「ここが居住区ですか。ついに夢の一人暮らし……!」
飛乱さんは並び立つ団地を見て目を輝かせていたが、都内のマンションに住んでいた私からすれば生活レベルが落ちることへの落胆の方が大きい。
「私は三階の部屋ですね。乃尋さんの部屋は何階ですか?」
「私は四階だよ」
「それでは、ここでお別れですね。また明日!」
「うん、また明日」
私達の部屋はフロアが違ったためエレベーターで別れる。
また明日。その挨拶がいつまで続くかわからないと思うと憂鬱な気分だ。
先生から受け取った鍵を使って自分の部屋を開けると、既に荷物は運びこまれていた。
「荷解きしなきゃ……」
たいへんな一日だった。
玄関に積み上がった段ボールを見てため息しか出ない。
「部屋、狭いな……」
元々私が住んでいたマンションに比べてこの部屋は随分と狭く感じる。
1Kの風呂とトイレが別になった部屋は、親族特権で2LDKに住んでいた私にとっては物足りなさがある。
とはいえ、持ってくるグッズの類は最低限にして実家に送ってるので一人暮らしをするには十分な広さだろう。
「もうここまで来たら引き返せない……」
幸い私には飛乱さんという友人ができた。あの子は絶対最後まで生き残るだろうし、友人が消える絶望感は味わわなくて済みそうだ。
亀梨先生の話を聞いて燃え上がった心の炎。
今にも消えそうなその火を消さないように頑張るしかないのだ。
決意を胸に、私はその日の内に荷解きを終えるのであった。