Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【学園生活】今日のダイジェスト

 初回の授業がうまくいったこともあり、私はこの学園でやっていく自信が少しだけ湧いてきた。

 しかし、そんな自信はあっという間に消し飛ぶことになる。

 

「はいステップ! ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト! ワン、ツー、スリー、フォー、はいターン! ほら、乃尋ちゃん遅れてるよ!」

「すみません!」

 

 ダンスレッスンでは、クラスの中で一番先生からダメ出しをもらってしまった。

 

「こんな感じですかね」

 

 それに対して飛乱さんは軽快なステップを踏んで先生からも褒められていた。

 体力には自信があっても、ダンスに関しては未経験。いきなり出来るとは思ってなかったけど、周りとの差があまりにもありすぎる。

 

「乃尋さん、大丈夫ですか?」

「あはは、ありがと」

 

 休憩中、飛乱さんがスポーツドリンクを差し出してくれる。生活費が限られている現在、ドリンクだってタダじゃないのになんて優しいんだ。箱入りお嬢様とか心の中で思ってしまって申し訳ない限りである。

 

「昔、習い事でダンスはやっていましたけど、意外と忘れてしまっているものですね」

 

 そんなことを言いつつも飛乱さんはレッスン中、一度も先生から注意されていなかった。しっかり踊れている証拠だ。

 

「私も習い事でダンスやってればなぁ」

 

 私は比較的裕福な家庭で育ったし、両親も優しかった。

 やりたいと言えば習い事は何でもやらせてもらえる環境にいたのだ。

 ……一人だけ不器用で物覚えが悪かったから、周りと差が付いちゃって嫌になってやらなくなったんだけれども。

 

「大丈夫ですよ。まだ初日、ここからいくらでも巻き返せますよ」

 

 飛乱さんは落ち込む私を見て励ましの言葉をかけてくれた。清楚な子だと思ってたけど、本当に心が綺麗な子だ……。

 

「ありがとう、飛乱さん。何か元気でた」

「うふふ、良かったです」

 

 そう、私のバーチャル候補生としての日々は始まったばかりなのだ。何を落ち込む必要があるんだ。

 消沈しかけてた心を奮い立たせるも、それは長くは続かなかった。

 

「さん、はいっ」

「あー……」

「乃尋さん、恥ずかしがらずにもうちょっと声出してみてくれるかな」

「すみません……」

 

 ボイストレーニングでも、私が注意されるたびに練習が止まる。

 カラオケだって一人でしか行ったことない人間が、いきなり人前で声を出せと言われてもうまく出せるわけがない。

 

 それに比べて飛乱さんや大牙さんはすごい。

 二人は人前でも臆することなく伸び伸びと声を出していた。

 大牙さんなんて元々声が可愛いのに、歌までうまいなんて反則だ。

 私なんて声が可愛くないし、歌だってカラオケで知ってる曲なら音を外さないで歌えるレベルだ。

 

 どうしてこうも差があるのだろうか。

 仮に、他のみんなも私と同じレベルなら何も思うところはなかっただろう。

 だけど、ダンスレッスンでは飛乱さんが、ボイトレでは大牙さんが圧倒的な実力を見せつけ、他のみんなも初めてとは思えないレベルだった。

 人間関係にしても、勉強にしても、仕事だってそうだ。

 やればやった分だけ成果が出る人間もいるが、私は人一倍頑張ったものだけが辛うじて並みになるくらいである。

 

「本当にVたれになれるのかな、私……」

 

 初日の授業が終わる頃には、まだ始まったばかりだから巻き返せる、なんて気持ちはいとも簡単に叩き潰されてしまった。

 街頭のない暗い道をとぼとぼと歩きながら居住区に戻る。

 

「乃尋さん!」

 

 声をかけられて振り返る。

 暗いから表情はよくわからないけど、声と呼び方からして飛乱さんで間違いないはずだ。

 

「飛乱さん?」

「暗いのによくわかりましたね」

「声と話し方で何となくだけどね」

 

 こう見えても声の聴き分けは得意な方だ。

 飛乱さんは声こそそこまで特徴的じゃないけど、しゃべり方から滲み出る育ちの良さは他の誰にもない個性だった。

 

「……私に何か用でも?」

 

 わざわざ追いかけてくるなんて、何か大事な用でもあったのだろうか。

 やっぱりスポドリ代返せとか、そんなところだろうか。

 

「ええ、少しお話ししたいと思って」

 

 意外にも、飛乱さんはわざわざ私と話をするために追いかけてきたみたいだった。

 

「えっ、うん、いいけど……どうして?」

 

 こんなゴミカスと話したところで得られるものなんて何もないだろうに。

 

「もっと乃尋さんのことを知りたくて」

「えぇ?」

 

 私なんかと話したいなんて、清楚だと思っていたけど飛乱さんも大概変な人である。

 適当な広場のベンチに空間を空けて腰掛けると、飛乱さんは単刀直入に尋ねてきた。

 

「乃尋さんはどうしてVたれになろうと思ったんですか?」

 

 突然の質問にどう答えたものかと思案する。

 クラスメイトとはいえ、私は飛乱さんのことを全然知らない。

 私のことを知りたいからこそ入学理由を聞いているのだろうが、細かい経緯を説明すると長くなってしまうし、仲良くもない相手に面倒臭い身の上話をするのもよくない。

 だけど、Vたれになった理由を教えてと言われて変にはぐらかしたくもなかった。

 

「長くなってもいいかな?」

「構いませんよ」

 

 迷った末、私はバカ正直に全てを話すことにした。

 

「私、こう見えて昔はもっと行動的な性格だったんだ」

 

 昔の私は自信に溢れており、何でも挑戦する行動的な性格だった。

 裕福な家庭で育ち、両親は優しくいつも何かするたびに褒めてくれた。

 

「両親は私がやりたいといったことは何でもやらせてくれたよ」

 

 おかげ様でいろんな習い事をしてきたけど、いつもうまくいかずに途中で投げ出してしまった。

 

「不器用で要領の悪い私はすぐ周りに置いて行かれて、段々と何もする気力が起きなくなった」

 

 優しい両親は特に責めることもしなかったが、期待に堪えられなかったという申し訳なさと周囲への劣等感で無限に湧いてきた根拠のない自信は枯れ切った。

 常に誰かを見ては自分よりも優れている部分を見つけ、自分を卑下する。そんな惨めな人間に私はなっていたのだ。

 

「就活が嫌でとっとと内定もらった企業はブラック企業。正直、もう私の人生が楽しくなることないって思ってたんだ」

 

 辛い気持ちをお酒やアニメで誤魔化し、ただ耐えて逃げるだけの日々。今思えば、ゾッとするほどあのときの私は心が死んでいた。

 

「でも、そんなときイシュリーの配信に出会ったんだ」

「イシュリーってにじライブ五期生シュメル組の?」

 

 さすがに、イシュリーも4DLIVEの中ではベテランタレント。この学園にいる人で知らない人はいないだろう。

 

「うん、あの人の配信見たら久しぶりに心から笑えたんだ。だから仕事もやめてフリーターになって、推し活するようになった」

 

 今思えばかなり思い切った決断だったと思う。

 それでも、この人を追っていればきっと自分の人生は楽しくなる。そんな予感がしたのだ。

 

 考よりGO。いつものイシュリーのポンコツ発言は、私にとって大切な言葉になった。

 この言葉を思い浮かべるとほんの少しだけ勇気が出るのだ。

 

「イシュリーの配信に私は救われた。だから私も自分がしてもらったみたいに、誰かを救えるようなVたれになりたい。そう思ってバーチャル学園を受けたんだ」

「そうだったんですね」

「でも、一念発起したところで私は相変わらずの無能だったよ」

 

 バーチャル学園でみんなと一緒に授業を受け、それを思い知らされた。

 

「大牙さんは声が可愛いし歌がうまい、飛乱さんはダンスもできて清楚で人を気遣える優しさがある。でも、私には何もない」

「そんなことないですよ」

「なら、これから知ってくことになるよ。私はダメな奴なんだ」

 

 優しい慰めなんていらない。事実は事実として受け止めるしかないのである。

 飛乱さんはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「別にダメでもいいじゃないですか」

「え?」

 

 暗くて表情はわからないが、飛乱さんは微笑んでいるような気がした。

 

「大事なのはこれからです」

 

 グッと握り拳を作るような動作をすると、飛乱さんは言葉を続けた。

 

「だって、乃尋さんは下ではなく常に上を見ているじゃないですか」

 

 それは考えもしなかった言葉だった。

 

「……誰でも自分より下の人間を見つけて安心したいものです。ですが、乃尋さんはそれに甘んじることなく常に上だけを見ている」

 

 飛乱さんの口調からおっとりとした雰囲気が消える。まだ彼女のことは何もわからないけど、不思議とその言葉には本心が籠っている気がした。

 

「あなただって私にないものを持っている。それだけは確かなことです」

 

 それは複雑な感情が綯交ぜになったような言葉だった。

 どう返したものかと迷っている内に、飛乱さんはベンチから立ち上がってしまった。

 

「長々と引き留めてしまってすみません。それではお休みなさい」

「あっ、うん。お休み……」

 

 慌てて挨拶を交わし、飛乱さんの姿が見えなくなるまで見送る。

 

「常に上を見ている、か」

 

 ふと、一人残された私はぼんやりと空を見上げた。

 雲一つない夜空には、東京ではお目にかかることのできない満点の星空が広がっていた。

 

 


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