今日の私は一味違う。
何せあの孤高でストイックな大牙さんから褒めてもらえたのだ。
しかも他の人とあまり関わろうとしないあの大牙さんと長々とお話もできてしまった。
浮かれすぎて今日はいつもより早起きしてしまったくらいである。
「あれは、亀梨先生?」
スキップしながら学園内を歩いていると、喫煙スペースで気怠げにタバコを吸っている亀梨先生の姿を見つけた。
声をかけないのも不自然だし、挨拶くらいしておこう。
「亀梨先生、おはようございます」
「えっ、ああ……おはよう」
亀梨先生は私が声をかけるまでボーッとしていたみたいで、慌てて挨拶を返してきた。
「あの、眠そうですけど大丈夫ですか?」
今日は一段と目の下のクマが酷い。
思えば、亀梨先生の忙しさは異常だ。
私達のG組の担任としての業務に加え、多くの授業を受け持っている。コンプラに関する授業はA組担任の原先生と持ち回りでやっているらしいが、イラストレーターとのやり取りまであるなんて普通の業務量じゃない。
元ブラック企業社員としては彼女の体調が少しばかり心配になってしまうのだ。
「ふぅあぁ……大丈夫、大丈夫。昔からこんなの慣れっこだったし」
思いっ切り素が出ている時点で大丈夫だとは思えないのだが。
「耐久配信やぁ……締め切り前日のぉ……原稿作業に比べれば、何てことは……」
「えっ、それって――」
寝ぼけた亀梨先生の零した言葉。それはまるで配信業を生業としていた人のような内容だった。
「アッツ!?」
どういうことですか、と続けようとした言葉を亀梨先生が大声でかき消した。
どうやらタバコの火種が指に落ちたらしい。
「あれ、ここは……」
ようやく目が覚めたのか、亀梨先生は辺りをキョロキョロと見回した後、私の方を向いていつものような無感情な声で挨拶をしてきた。
「おはようございます、英さん」
「いや、遺骨に心臓マッサージするくらい手遅れですよ」
今更取り繕ったところでもう遅い。キッチリした仕事人間の印象が強い亀梨先生がここまで素を曝け出すなんてよっぽど疲れが溜まっていたのだろう。
「はぁ……油断したわ」
「お疲れなんですね」
特に亀梨先生はこのバーチャル学園に常駐して業務を行っている。私達と同様に休日も学園内に軟禁されているようなものだ。
ふと、どうして亀梨先生がこのプロジェクトに参加したのかが気になった。
「先生はどうしてバーチャル学園の教師になったんですか?」
「あんまり生徒とプライベートで交流するのはよくないんだけど……まあ、いいわ」
深いため息をつくと、亀梨先生は観念したように告げた。
「大恩ある先輩たってのお願いでね。本当はこういうの柄じゃないんだけど」
紫煙をくゆらせると、亀梨先生は遠い目をして告げた。
「アタシは退学者をできるだけ減らしたい。だから、英さん達には期待してるわ」
意外だった。
てっきり亀梨先生はVたれ育成のためなら私達がどうなろうと構わないと思っている冷たい人だと思っていたのだ。
「それじゃ、授業の準備もあるし行くわね。英さんも遅刻しないように」
「は、はい!」
タバコの火を消して亀梨先生は足早に去っていく。
その背中はどこか寂しそうに感じられた。