翌日、私とリンちゃんはA組担任の原先生から呼び出しを受けることになった。やっぱりか、ちくしょう。
空き教室に私とリンちゃんを呼び出した原先生は圧たっぷりの真顔で告げる。
「どういうつもりですか」
「ひっ、すみま――」
「どういうも何も企画に許可を出したのは原先生ですよね」
反射的に謝ろうとした私の言葉を遮り、リンちゃんは毅然とした態度で反論した。
「あたしはきちんと企画書に書きましたよ。A組、B組両方の生徒が応じてくれない可能性もあるって」
「その場合は視聴者の方に事情を説明して速やかに配信を閉じるべきです。何せその二組以外は初配信前で配信に出演することは不可能なのですから」
原先生は食い下がるリンちゃんへ冷ややかに告げる。
「ルールを守れない方は論外です」
それから今度は私へと問いかけてくる。
「英乃尋さん。あなたはどうなんですか」
「どう、とは?」
「初配信前に配信に出演したことについてです。今までの授業態度からして規則を理解していないわけではありませんよね?」
どうやら授業態度などについては結構信頼されていたらしい。だからこそ、失望したとでも言いたげだ。
そんな原先生に向かって私は自分の考えを述べる。
「た、確かに、私は初配信を行っていない生徒です。でも、だからできないと決めつけるのではなくて、ですね……許可された範囲内で、その、どうできるかを考えました!」
「肉声じゃないからあくまでもルールを破っていない、と?」
「あっ、あの、はい……私はそう判断致しました」
「それを人は屁理屈と言います」
私の意見にも原先生は聞く耳を持たなかった。
「常識的に考えて初配信前にコラボする配信者がどこにいますか」
原先生の言うことは尤もだ。
ルールを破ることになってしまった以上、罰は受けなければいけない。
しかし、私が話している間静かだったリンちゃんは挑発的な笑みを浮かべて告げる。
「ハッ、〝常識的に考えて〟ですか」
「何がおかしいのでしょうか」
引っかかる言い方をするリンちゃんに対し、原先生は眉を顰めた。
「伝説を創れるライバーはそんなこと言わないと思いますよ? 三期生とかその最たる例じゃないですか」
「はぁ……世間的に三期生は賞賛されていますが、その実、運営的には問題児です。彼らが炎上や問題行動をうまく裁けたのはただの偶然でしかありません。当時、彼らのマネージャーだった私の部下達も苦労したようですし」
リンちゃんの言う三期生とは、元アイドルからVたれになった獅子島レオ、4DLIVEの代名詞とまで言われた茨木夢美、バーチャルピアニストとして海外公演も行った経験のある白雪林檎の三名のことだ。
彼らは身バレ、結婚、引退からの復帰、その他数々のトラブルを経験したが、どれも自分達の話題性を高めてから批判的な意見を潰すほどの実績を積み上げてきた。
彼らほどトラブル対応に強いVたれもいないと言われるほどだ。
「何言ってるんですか。偶然なんてもの存在しませんよ」
原先生の圧にも屈せずリンちゃんは毅然とした態度で告げる。
「元マネージャーだったのならわかるんじゃないですか。どんな状況でも最善ではなく〝最高〟のムーブをするから、炎上なんかに負けない伝説の存在になった。違いますか?」
「……燐林さんは今回の件、英さんが最高のムーブをしたと言いたいのですか?」
「はい」
リンちゃんは一切の躊躇いなく私が最高のムーブをしたと言い切った。
怒られている最中だというのに、それがどうしようもなく嬉しかった。
「あなた達の言い分はわかりました。しかし、規則は規則。燐林さん、英さんの二名は罰として――」
「失礼します」
私達にペナルティが科せられようとしたそのとき、空き教室に亀梨先生が入ってきた。
「何ですか、亀梨先生。今は取り込み中です」
「英さんは私の担当生徒です。処分に関しては私にも確認をとっていただかないと困ります」
原先生と亀梨先生の間に張り詰めた空気が立ちこめる。
やっぱりこの二人は仲が悪いみたいだ。
「今回の配信はファンの間でも話題になっています。初配信前にうまく工夫して行き詰まっている燐林さんを助けたと英さんの評判もうなぎ登りです」
「だからといって特例を許す理由にはなりません」
「ならば罰を受けるのは我々の方ですね」
「……何ですって?」
予想外の言葉に、原先生は虚を突かれた表情を浮かべた。
「我々には提出された企画書に目を通し、問題を未然に防ぐ義務があります。今回の件はA組とB組の半数が退学になっている現状では予想できたことです。まさか、耐久配信を失敗で終わらせることを前提に考えていませんよね?」
「それは……」
「あくまでも新人が道を逸れないように修正するのが私達の仕事です。積極的に挑戦する姿勢まで潰すのは好ましくありません」
亀梨先生はどうやら私達の味方をしてくれているようだった。
「彼女達はまだ右も左もわからないバーチャルタレント候補生です。私達の十全なサポートなしに、成長はできません」
その言葉にはただの教師としてではなく、どこかタレント側としての実感が籠もっているように感じた。
この前の喫煙所での会話のときも思ったけど、もしかして亀梨先生は昔Vたれだったんじゃないだろうか。
「……わかりました。しかし、それならば英さんが出演してもよいかの判断をこちらに仰ぐべきでした。その確認を飛ばした件でのペナルティは必要です」
「では、罰として古典的ですが早朝の女子トイレ掃除でどうでしょう?」
「それが落としどころですね」
亀梨先生の言葉に折れた原先生は渋々といった様子で納得してくれた。
何はともあれこれで一安心である。……いや、早朝のトイレ掃除はなかなか怠いけども。
これ以上言うことはないとばかりに、原先生は空き教室を出る。
「十全なサポート。それが出来ていれば何か違っていたんですかね……」
扉を閉める直前、原先生は小さく呟くと退出していった。それを寂しげな表情で見送ると亀梨先生は私達に向き直った。
「そういうわけで、明日から一週間トイレ掃除よろしくお願いします」
「わかりました……あの、亀梨先生。ありがとうございました」
「アタシは担任として、あなた達のサポートをする者として当然のことをしたまでです。感謝の気持ちがあるのならば、最高の初配信をお願いしますね」
「はい!」
せっかくここまで言ってくれたのだ。期待には答えなければ。
「あの、亀梨先生」
私が初配信へと闘志を燃やしていると、リンちゃんが亀梨先生へと話しかけた。
「何ですか燐林さん」
「罰のトイレ掃除って配信でやってもいいですか!」
「……それは原先生に言ってください」
リンちゃんはどこまでも逞しかった。