「……で、生徒から苦情が来たから来てみれば殴り合いの喧嘩?」
「「こいつが悪いです」」
「はぁ……締め切りも近いのに勘弁してよ……」
深夜に部屋に呼び出された亀梨先生は疲れたようにため息をつくと、痣だらけになった私達の手当てを始めた。
「喧嘩の原因は何?」
「それは……いや、大したことじゃ――」
「亀梨先生でーす」
「英!」
私が正直に答えると、大牙さんは慌てて止めようとする。
だが、時すでに遅し。
察しの良い亀梨先生は私達の喧嘩の原因に思い至ったようで、申し訳なさそうに目を伏せた。
「本人もいることだし、全部言っちゃいなよ。ぬえんさん」
「おま、ふざけ――」
再び激高して私に殴りかかろうとしたそのとき。
「……ぬえんさん? 今、ぬえんさんって言ったの?」
亀梨先生の言葉が大牙さんの動きを止めた。
「大牙さん、もしかしてあなたいつもファンレターくれたあのぬえんさんなの?」
「……まあ、そういう名前だった時期も、はい。認知してくれてたんですね……」
大牙さんはばつが悪そうに俯く。
「あっ、その手紙」
「いろいろ捨てちゃったけど、これは捨てられなくてね」
亀梨先生は懐から手紙を取り出した。それはおそらく、大牙さんが出したファンレターなのだろう。
うっかり本名らしき〝
こういうのは封筒を二重にしないとうっかり推しに個人情報が伝わってしまって気まずくなるから、気をつけないといけない。私も最初はそのまま送っちゃってたなぁ……。
それはさておき、手紙を見た大牙さんは観念したようにぽつりぽつりと語り始めた。
自分がずっと前から箱根タマのファンだったこと。
V業界で活躍する彼女を尊敬していたこと。
いつか自分も彼女みたいな存在になりたいと思ったこと。
そして、仲間もファンも裏切ったことを今でも許せないでいること。
「そう、だったのね……」
話を聞いた亀梨先生はどこか落ち着いた表情を浮かべていた。
「本当にごめんなさい。そして、許さないでいてくれてありがとう」
それから姿勢を正すと、綺麗に頭を下げた。
「タマ、ちゃん?」
「アタシは取り返しのつかないことをして多くの人を傷つけた。謝っても許されないことはわかっている。でも、許されないからこそ謝らなけれないけないの」
「やめてください。ウチは謝ってほしかったわけじゃ……ただ憧れる人がタマちゃんで良かったのか、答えが出ないんです」
大牙さんは戸惑いながらも、自らの想いを吐露する。
その言葉を受けて、亀梨先生は大きく深呼吸をして口を開いた。
「良かったと思えるようにしてみせる」
その言葉に迷いはなかった。
「だから、もう一度だけアタシを信じてほしい」
真っ直ぐな瞳が大牙さんの不安げな視線と交差する。
「……次は、ないですからね」
大牙さんの口から溢れたのは小さな声だったが、確かな決意を感じさせるものだった。顔つきもどこか憑き物が落ちたような表情だ。
「ありがとう。教師として、イラストレーターとして精一杯あなた達をサポートしていくわ」
「イラストレーター?」
「大牙さんは気づいていると思うけど、4DLIVE公式イラストレーターNO NAMEはアタシよ。あっ、これ内緒ね?」
「えぇぇぇぇぇ!?」
「気づいてへんかったんか……」
衝撃の事実に固まっている私を見て苦笑すると、亀梨先生は私達の治療を終えて大牙さんの部屋を後にする。
「それじゃ、殴り合いはもうやめて大人しく寝てね?」
それから亀梨先生が帰った後、私は大牙さんへ声をかけた。
「大牙さん、ちょっといいかな」
「……何?」
大牙さんは私を睨むように見てくる。
明らかに警戒されている様子の大牙さんを見て苦笑いを浮かべてしまう。
「まあ、何ていうのかな。宣戦布告ってやつ」
「はえ?」
私の言葉に大牙さんの口から間抜けな声が漏れ出した。
あっ、今のちょっと可愛いかも。
「大牙さん、言ったよね。人気は自分自身の力で勝ち取るって」
「言うたけど、それがどうした?」
「誰かとコラボしたところで、本人に魅力がなければ人はついてこない。Vたれ同士の絡み自体を楽しみにしている人だっていずれは離れていく」
「……何が言いたいんや」
「結局、見せかけのてぇてぇに人はついて来ないんだよ」
亀梨先生がどうして教師としてバーチャル学園にいるのか。その答えは簡単だ。
彼女に手を伸ばした人がいた。それは彼女を救おうと思う人たちがいたということだ。
ただのお人好しというだけでは、悪辣な行為を働いた箱根タマを助けようなんて思わない。
それは彼女自身、相手を利用しているだけじゃなかったことに他ならない。
偽物のてぇてぇに、本物の気持ちがしっかりと混ざっていたのだ。
「別にてぇてぇ営業しろなんて言うつもりはない。それは大牙さんの自由だよ」
Vたれとしてどう活動していくのかは自由だ。
「でも、私のことをたまたま運よく伸びただけなんて言わせない」
「……ほう」
リンちゃんの〝偶然なんてものは存在しない〟という言葉を思い出す。
大切なのはどんな状況でも最善ではなく〝最高〟のムーブをすること。
「リンちゃんの耐久配信。確かにあれがきっかけで私は伸びた。でも、コラボのチャンス自体はみんなにあった」
いくらチャンスが目の前にあっても、それをものにできなければ意味はないのだ。
「つまり何か? 燐林に寄生しとる今も自分の実力と言いたいんか」
「リスナーさんの需要を汲み取ることだって実力の内だよ」
私の言葉を聞いて大牙さんは小さく息を飲んだ。
「リンちゃんのことは人として好きだし、バーチャルタレント候補生としての姿勢も尊敬している。だから、自分の糧になるところは見習いたいとも思ってる」
私とリンちゃんの関係はてぇてぇ営業なんてものじゃない。それだけは否定させてもらう。
「その過程でリスナーさんが私達の日常が気になるなら小出しにする。ただそれだけのことだよ」
結局タレントという存在は、自分が関わった全てがコンテンツと化すのだ。
人間関係、ルーティン、好きな食べ物、シャンプー。
挙げればキリがないが、私達が飛び込んだ場所はそういう世界なのだ。
「私はVたれとして最高のムーブをこれからもしていく。だから、過去に憑りつかれてうじうじしてた人なんかには負けない」
私の挑発的な言葉に大牙さんは犬歯を剥き出しにして笑い、鋭い眼光で睨みつけてきた。
「……燐林の犬が随分と咆えるやないか」
「犬はそっちでしょ。初配信後に聞ける負け犬の遠吠えを楽しみにしてるよ」
ようやくわかった。リンちゃんとも飛乱さんとも違う。
大牙さんとの関係はきっとこれでいいのだ。
「上等や! お前よりバズったるわ、乃尋!」
「受けて立つよ、鶫!」
ぶつかり合いながらも、初めて私達は心から笑い合えたのだった。