「うーん、目ぼしいものはないな」
「だねー」
「やっぱりこういうのは秋葉の方がいいのかなぁ」
池袋駅近くの電気屋に来た三人だったが、手ごろな値段で購入できる良質な物はなかなか見つからなかった。
夢美の場合、元々のPCのスペックが足りなくなってきたこともあり、さらにスペックの良いパソコンを探していた。レオは歌配信用にミキサーやより高品質なマイク、林檎は特に欲しいものはなく適当に周囲を見て回っていた。
「配信機材買うならネットや、秋葉のコアな店で買った方がいいと思うよー。自作PC組むときも必要なスペック店員さんに聞けばパーツ選んでくれたりするしねー」
元実況者というだけあって、林檎はその手のことには詳しかった。
「そうなんだ。あたしそういうの全然詳しくないから、今度教えてよ」
「いいよー」
「というか、それならわざわざ電気屋来る必要なかったんじゃ?」
知識豊富な林檎ならばはじめから夢美やレオの目当ての物がないことは理解できたはずだ。
そんなレオの言葉に林檎はわざとらしく肩を竦めた。
「わかってないなー。こういうのはぶらぶらするのも楽しいんだよー。それに、知識がないならこういう店での値段を見てからじゃないと、安いかどうかも判断できないでしょ。ま、そもそもポケセンのついでだからねー」
「……結構考えてるんだな」
「そりゃ今までは一人で全部やってたからねー」
林檎はゆなっしーとして活動しているときは、現在の亀戸がやっているようなマネージャー業務も全て一人で行っていた。
当然、機材関係の知識も、動画編集の技術も彼女が独学で学んで磨き上げたものなのだ。
これに関しては、林檎も胸を張れる自分自身の実力だった。
しばらくレオ達は店を見て回りながらイヤホンなどの音楽機器が置いてあるフロアにやってきた。
「えっ、イヤホン高っ!」
三人がフロアを見て回っていると、高品質なイヤホンの値段を見て夢美が驚きの声を上げた。
「イヤホンの値段ってホントピンキリだよな。昔CM出たとき企業からもらったことあるけど、二万ぐらいの奴だとマジで全然違うぞ」
「私は首掛けスピーカー派だなー。イヤホンって耳の中に入れるから、長時間入れてると外耳炎になる可能性あるし、集中したいとき以外使わないんだよね。使ったとしてもヘッドホンかなー」
「あ、その首から掛けてるやつスピーカーだったんだ」
林檎は基本的にパーカーと首掛けスピーカーという組み合わせで出かけている。林檎は常に音楽を聴いていないと落ち着かないタイプなのだ。
「……今まで何だと思ってたの?」
「えっ、ダサいアクセサリー」
「これお気に入りだったんだけどなー……」
夢美からの指摘に珍しく林檎はショックを受けていた。それだけ愛着のあるスピーカーだったのだ。
「わー! ごめん! そんなディスるつもりじゃなかったの!」
「また失言デッキが増えたな」
「失言デッキ言うな!」
素直に言葉を口にすると夢美は失言することが多い。そんないつも通りの夢美の様子にレオは苦笑しながら肩を竦めた。
林檎がショックを受けるところなど見たことのなかった夢美は、慌てて話題を変えることにした。
「と、ところで優菜ちゃんはどんな曲聞くの?」
「……別にいいじゃん」
お気に入りのスピーカーをディスられたことで、林檎は拗ねたように顔を逸らした。
「ご、ごめんってば。この通り!」
必死に謝る夢美を見て、林檎はため息をつくと、普段自分が聞いている曲を教えた。
「……チャイコフスキーとか、ラフマニノフのピアノ協奏曲」
「ん、誰それ? 最近のアーティスト?」
「由美子……お前、マジか……」
有名な作曲家の名前を聞いたのにも関わらず、頭に?マークを浮かべる夢美を見てレオは戦慄していた。
「由美子、モーツァルトって知ってる?」
「さすがにそれくらいわかるよ。音楽室の人でしょ」
「世界的に有名な音楽家を、音楽の非常勤講師みたいに言うな」
かなりざっくりとした夢美の音楽知識にレオも林檎もため息をついた。
「ま、興味ないならそんなものかねー」
「いや、チャイコフスキーくらいならわかるだろ」
「いやいや、先入観はいけないよー。ゲイボルグは知っててもクー・フーリンは知らないって人、結構いるでしょー?」
「何でその例えを選んだんだよ。言いたいことはわかるけど」
クー・フーリンとはケルト神話に出てくる英雄の一人だが、日本ではアーサー王の方が有名のため、知名度は低い。最近は英雄を召喚して戦わせるゲームないし、その原作のシリーズの影響もあり、知名度は上がってきてはいるが。
それに対し、彼の使っていたゲイボルグなどは、ゲームの武器として名前が使われることもあり、知名度は高い。
要するに音楽でいえば、アーティストは知らなくても曲は知っていることが多いだろう、と林檎は言いたかったのだ。
「なるほどね。確かにクラシック一ミリも興味ないあたしでも、曲名ならさすがに知ってるかも」
「由美子、アヴェ・マリアはわかるか?」
「阿部マリア? ハーフの人?」
「やっぱりかー……」
林檎は予想通りの回答が返ってきたことで諦めたように天を仰いだ。
「……さすがにガボットはわかるよね?」
「ガボット?」
またもや首を傾げる夢美に、林檎は今度こそがっくりと項垂れた。
曲が思い浮かばない夢美に、レオはさりげなく言う。
「曲名を知らなくても、メロディ聞けば絶対わかると思うぞ」
「えっ、レオはわかるの?」
「メジャーな曲だからな。ほら、ワンピでも必殺技の名前にあるだろ」
「あー、あのガイコツの技か!」
「ガイコツって……いや、ガイコツだけども」
レオとしては某海賊漫画で一番好きなキャラだったため、夢美の雑な覚え方に複雑な表情を浮かべた。レオは漫画こそ買っていないが、バイト仲間に週刊少年漫画雑誌を毎週見せてもらって話は追っていたのである。
結局どんなメロディかはわからなかったため、夢美は林檎にガボットのメロディがどんなものか尋ねた。
「それで、どんなメロディなの?」
「ふふふふ♪ ふふふふ♪ ふっふっふん♪ って感じ」
「あー、何か聞いたことあるようなないような……ま、別にいっか。それがガボットね、うん。覚えた」
林檎の鼻歌を聞いてもまだピンと来ていない上に、まるで興味がなさそうな様子の夢美に、林檎は段々とイライラし始めていた。仕方ないとはわかっているが、そこまで興味なさそうにされるとムカッとくるのだ。
頬を膨らませた林檎は夢美の手を引いて歩き出した。
「もう、しょうがないな―! ちょっときて!」
「えっ、優菜ちゃん!?」
「おい、どこ行くんだよ!」
レオも慌てて二人を追いかける。林檎が夢美を連れてきたのは電子ピアノ売り場だった。
「ガボットのメロディはこれ!」
♪♪♪♪~♪♪♪♪~♪♪♪♪~
林檎は店に置いてある自由に弾いていいピアノでガボットを弾き始めた。
「これならさすがにわかるでしょ?」
「優菜ちゃんピアノ弾けたの!?」
「意外だな……」
夢美は興奮したように、レオは意外そうにピアノを弾く林檎を見ていた。
「まあね。それよりガボットの――」
「ねぇねぇ! もっといろいろ弾けるの!?」
「え、あ、うん」
ランランと目を輝かせてぐいぐい来る夢美に、林檎は困惑したように頷いた。
「あれ弾いてよ。ちゃ~ら~ら~ら~♪ って感じの奴」
「ああ、カノンね。いいよ」
普段なら人から頼まれたところで絶対に弾かないのに、不思議と夢美に頼まれた瞬間に、林檎は二つ返事で了承していた。
♪♪♪♪~♪♪♪♪~♪♪♪♪~
夢美の要望通りに林檎がカノンを弾くと、夢美はさらに興奮したようにはしゃぎ始めた。
「わー! すごい! 優菜ちゃんめっちゃピアノ上手じゃん!」
「その感じだと昔からやってたのか?」
「ま、まあ、物心ついたときには弾いてたかなー」
はしゃぐ夢美に釣られるように、レオも林檎のピアノの腕に興味を示し始めた。
「アニソンとかも弾けるのか?」
「んー、ものによる。リクエストがあればどうぞー」
久しぶりに人前でピアノを弾いた林檎だったが、レオと夢美の反応を見たことで、自分がピアノを弾き始めたときのことを思い出していた。
――そういえば、最初は上手い下手関係なく弾いても、みんな喜んでくれてたっけ。
自分の演奏を純粋に喜んでくれることに、どこか心地良さを感じていた林檎は、上機嫌でレオにリクエストを聞いた。
「マジか! じゃあワンピのオープニングのココロのちずとかいけるか?」
「ワンピといったらウィーアーでしょうが……ま、いいや。ココロのちず、ココロのちずっと」
林檎はレオのリクエストした曲がどんな曲か覚えていなかったため、U-tubeで曲を検索し始めた。
「ふんふふふふん♪ ふんふふふーふふー♪ あー、懐かしい! この曲ねー!」
こんな感じかなぁと、林檎はスマホで曲を聴きながら軽くメロディを弾く。
その様子を見ていたレオは、林檎が何をしようとしているのか理解して目を見開いた。
「えっ、まさかお前……!」
「どうしたの、そんなにビックリして」
林檎が何をしようとしているか、まるで理解していない夢美は驚いているレオの顔を怪訝な表情で覗き込んだ。
「優菜は知らない曲を聞いただけで弾こうとしてるんだよ」
「あははっ、何言ってんの。そんなことできるわけないじゃん」
「いや、できるけど」
「ヴェッ!? できるの!?」
優菜が耳コピで曲を弾けるということを理解した夢美は驚きの声をあげる。
「……別に耳コピくらいでそんな驚くことないでしょー。こんなの絶対音感なくても、練習すればできるようになるよ」
林檎は簡単に言っているが、林檎の言う練習すればの練習量は普通の練習量ではない。
「いや、普通はできないと思うけど……」
「言うほど難しくはないと思うけどねー。そんじゃ弾くよー」
耳コピが終わった林檎は滑らかにレオのリクエストした曲を弾きだした。
♪♪♪♪~♪♪♪♪~♪♪♪♪~
「と、まあ、雑な耳コピだからこのくらいのクオリティで許してねー」
「「す、すげぇ……」」
納得のいくクオリティで弾けなかったため、林檎は不満そうだったが、レオと夢美は完全に林檎の演奏の虜になっていた。
二人仲良く呆けた表情を浮かべるレオと夢美を見て、林檎はどこか吹っ切れたように問いかけた。
「――ねえ、これを配信でやったら盛り上がると思う?」
林檎の問いの意味を理解したレオと夢美は、満面の笑みを浮かべて答えた。
「「もちろん!」」
「そっかー……うん、やってもいいかも」
そんな二人に林檎は、
まだまだ続くよ、池袋回。
何気に音楽が関わるとムキになる林檎は、書いてて「あれ、こいつこんな可愛かったっけ」ってなってます。