地味に書くのが難しかった回
林檎とカリューのやり取りで人が集まってきてしまったため、ひとまず三人は場所を変えることにした。
「拓哉君、待たせてごめんなさいね」
「い、いえ、そんな……」
完全に撤収準備を終えたカリューと三島に居酒屋で合流したレオは、どこか気まずそうな表情を浮かべた。自分の過去で一番迷惑をかけた相手なだけにレオは居心地が悪かったのだ。
「あの、手越さんは放っておいて大丈夫なんですか?」
「あいつには由美子が付いてますから、大丈夫ですよ」
それは夢美に対する絶対的な信頼から来る言葉だった。
かつて燻っていた自分の心を強引にこじ開けた夢美ならば、林檎をうまくフォローしてくれる。そう考えていたレオは、ひとまず落ち着いて話をするためにドリンクを注文することにした。
「それより三島さんはコークハイですよね。カリューさんは何を飲まれますか?」
「えっ、覚えてたの!?」
三島はビールが苦手で、飲みの席ではいつもコーラハイボールを飲んでいる。アイドル時代にそんな話をたびたび聞かされていたレオは、しっかりと三島の飲むドリンクを把握していた。
「あ、ありがとうございます。カシスオレンジでお願いします」
「わかりました。呼び出しボタンっと」
先に個室のある居酒屋に入っていたレオは、手始めに店員を呼んで注文を済ませた。
ドリンクが運ばれてきて乾杯を済ませると、三島は感慨深そうに言う。
「それにしても拓哉君、雰囲気変わったわね。一瞬、気が付かなかったわ」
「あはは……この状態の俺に一瞬で気が付く時点で凄いと思いますけどね」
「人も変わるものね。あの〝人斬りナイフみたいな小僧〟がねぇ……」
「いや、ジンベエかよ」
「おっ、ちょっと昔っぽさが出てきたわねエース君」
「本当、ワンピ好きですよね三島さん……」
昔から少年漫画が好きだった三島は、よくSTEPのメンバーと一緒に週刊少年雑誌を読んでいた。レオだけは、全員の話を聞いて話題についていくくらいだったが。
そんな仲の良さげな三島とレオのやり取りを見ていたカリューは、困惑したようにレオに話しかけた。
「あの……やっぱりあの司馬拓哉さん、なんですよね」
「ええ、以前三島さんが面倒を見てくれていたアイドルグループSTEPの元メンバー、司馬拓哉です。当時とは印象がだいぶ違うとは思いますが」
「ふふっ、元気そうで良かったわ。あなたが事務所を辞めた後、何の音沙汰もないから心配してたのよ?」
「……俺にはそんなことを言ってもらう資格はありません」
レオは唇を噛んで苦し気な表情を浮かべて言った。
「俺のせいですよね。三島さんがシャニプロ辞めたの」
レオがSTEPを抜けた後、一年間ソロ活動をしていたが、その間もSTEPのことは気にしていたのだ。
「俺がSTEPを抜けて、マネージャーである三島さんの悪評が立ったことは知っています。STEPの担当を外されて上からの圧で辞職に追い込まれたって」
「……そうね。確かに圧はかけられていたわ」
レオの言葉を三島は静かに肯定した。
「それだけじゃない。現役時代だって、せっかく苦労して仕事を取ってきていただいたのに、気に入らなければ〝ふざけんな〟ってすぐに癇癪起こしたり、共演者に不満なところがあれば精神的に追い込まれるまでケチをつけまくって共演はNGになる。STEPのメンバーやあなたにだって何度罵声を浴びせたかわからない。〝やる気がないなら辞めろ、足手纏いはいらない〟なんて言葉、間違っても〝努力している仲間〟にかけていいわけがない。その癖、俺のせいでみんなに迷惑をかけているのに、態度は直さない。プライドだけはいっちょ前に高くて、その実自分の失敗を認められない臆病で面倒くさい俺なんて、迷惑な存在以外の何ものでもなかったはずだ」
「それは違うわ」
苦しそうに胸に抱えた思いを吐露する拓哉の言葉を三島は真っ直ぐに否定した。
「あなたの実力は本物だった。態度が問題だったというのならば、それを諫めるのが私の仕事よ。だから、あなたが芸能界で干されたのも、STEPが解散したのも、私が事務所を辞めることになったのも全部私のせいよ」
「……何で、そんな風に思えるんですか?」
「だって、あなたどんな無茶な企画でも一度も〝できない〟って言わなかったじゃない」
しかも本当にできなかったこともないし、と当時の出来事に思いを馳せながら三島は楽しそうに笑った。
「慎之介君、良樹君、三郎君。みんな拓哉君に思うところはあったわ。でもね、〝嫌い〟って思いなんかよりも〝悔しい〟〝追いつきたい〟って思いの方が強かったの。まあ、そもそも慎之介君はあなたに懐いてたこともあって恨み言は言わなかったけど」
かつてのSTEPの元メンバー高坂慎之介、
それでも、誰一人としてSTEPを抜けるようなことはなかったのだ。
「私も同じよ。面倒臭いクソガキ、って思ったことはあるけど、どんな仕事もきっちりやり遂げるプロ意識は心から尊敬していたの。そんなあなたが思い詰めて事務所を辞めるまで私は力になれなかった。だから、こうしてまた元気な姿が見れて本当に嬉しいの」
三島は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべると、今度は悪戯っぽく笑った。
「それに拓哉君を担当していたときの経験は、カリューさんのサポートに役立っているの。プロ意識の面ではお手本になるし、態度に関しては良い反面教師になるのよ?」
どこまでも自分を思ってくれていた三島の言葉を聞き、レオは真剣な表情を浮かべて三島に向き合った。
「三島さん……当時は迷惑ばかりかけて本当に申し訳ございませんでした」
「ふふっ、こんな穏やかになった拓哉君が見られて、一緒に酒が飲めるなら安いものよ」
深々と心からの謝罪をするレオを、三島は穏やかな笑顔を浮かべてあっさりと許した。
「……そんなものじゃ到底釣り合いませんよ」
「あら、釣り合うかどうか決めるのは〝迷惑をかけられた〟私自身よ? それでも許されることが辛いなら、それがあなたの背負うべき罰になるんじゃないかしら」
まるで我が子を見守るような優しい微笑み。
それを真っ直ぐに向けられたレオは目頭が熱くなった。
「ありがとうございます……!」
「釣り合うかどうか決めるのは〝迷惑をかけられた〟私自身、か……」
三島の言葉を聞いていたカリューは神妙な面持ちで呟く。
それから、ずっと二人のやり取りを黙って聞いていたカリューは本題に入ることにした。
「司馬さんは手越さんと友人関係なんですよね?」
「ええ、まあ」
「もしかして、あなたが〝獅子島レオ〟なんですか?」
「なっ」
それとなく濁していた自分の正体を言い当てられたレオは驚きのあまり固まった。
「獅子島レオって最近流行ってるVtuberだったわよね……えっ、マジ!?」
最近の流行りをしっかりとチェックしていた三島は、驚きのあまりレオの方を二度見した。
「手越さん――〝ゆなっしー〟がVに転生したんじゃないかって話を見かけて〝白雪林檎〟の配信を見たんです。声を聞いてすぐにわかりました。この子は手越さんだって」
アイドルになってからというもの、カリューは三島の教えもあって流行りの情報には敏感だった。
情報は武器になる。たとえ体を張るアイドルだったとしても、頭脳をおろそかにしていいわけではない。
むしろ頭が悪そうに見えて時折、理知的な発言をするカリューの様子は、たびたびツウィッターで呟かれていて世間的には好評だった。
そんな彼女が勢いのあるVtuber界隈に詳しくないわけがなかった。もちろん、最初は情報収集のつもりが今はドップリとVの沼に落ちてしまっているが。
「あの〝焼き林檎〟がプライベートで出かけるほど仲の良い相手。そんなの三期生のレオ君とバラギ――んん! 獅子島レオさんと茨木夢美さんしかいませんから」
「いや、そこまで言ったら言い直しても変わらないですから」
「あ、あはは……」
実を言うと、カリューはにじライブ三期生のファンだった。
最初は林檎が気になって見ていただけだったが、見ている内に三人の尊さにコロっとやられてしまっていたのだ。
「というか、見ていたのなら優菜にDMでも何でもすれば良かったんじゃないですか?」
「さ、さすがに、いきなり中身が手越さんなのを前提にDMするのは気が引けて……だからあくまでもお礼を言うのは偶然会ったときか、私の活躍を見て何かしらのアクションを起こしてくれたときって決めてたんです。本当は後者が望ましかったんですけどね」
少しだけ寂しそうに言うと、カリューは笑顔を浮かべた。
「でも、手越さん。やっと心から気を許せる相手ができたんですね」
「はえ……?」
「……拓哉君ってこんな間抜けな顔もできたのね」
カリューの言葉にレオは間抜けな表情を浮かべ、三島はそんな彼の様子を見て静かに驚いていた。
「中学の頃は気づけなかったけど、手越さんって本当は重度の寂しがり屋なんです。だから、レオ君やバラギのような心を許せる相手が出来て安心したんです。私は気づくのが遅すぎたから……」
当時、林檎のことを嫌っていたはずのカリューの不自然な言葉に、レオは怪訝な表情を浮かべて話の先を促した。
「何があったんですか?」
「あれは私と手越さんが中学生の頃――」
カリューはゆっくりと当時のことを語り出した。
というわけで、次回回想入ります。
やべぇ、二章がこの長さだと三章どうなってしまうんだ……。