……ごめん
「――って感じで、カリューは周囲からいじめられるようになったんだ」
池袋の商業施設の裏手側にある人通りのない場所で、夢美に追いつかれた林檎は、地べたに座り込んで過去を語っていた。
「狩生さんなら、私自身を見てくれるって信じてた。勝手に期待して、勝手に失望して……私が狩生さんの人生を狂わせたんだ」
「あのカリューとそんなことが……」
衝撃の過去を聞いた夢美は、林檎の心情を思い悲し気な表情を浮かべた。
「幻滅したでしょ?」
精気の抜け落ちた顔で笑う林檎に、夢美は神妙な面持ちで問いかける。
「どうしてそんなことに……」
「周りの連中がさ、みんなこぞって言うんだ『狩生環奈が最近優菜さんの持ち物に嫌がらせ目的のいたずらをしてる』ってさ」
「そんなこと信じたの?」
「そりゃ最初は信じなかったよ。私の机が落書きされたり、教科書隠されたりとかはしてたけど、狩生さんじゃないとは思ってた。けど、狩生さんの方の友達が落書きしてる狩生さんを見たって言ってきてさ。しょっちゅう私の陰口叩いてた奴らなんだけど『悔しいけど手越さんと仲良くなってからの環奈は変わった。すごく毎日楽しそうで、このまま二人が離れていくのが嫌なの』って言われちゃってさ。私はともかく、狩生さんのことは好きなんだなって思ったら、邪険にできなくて……」
林檎にとってカリューは自分自身を見てくれる唯一の存在だったため、カリューのことは信頼していた。
故に自分に悪感情を持っていたとしても、カリューのために行動できる者のことも無条件に信頼してしまうきらいがあった。
林檎はカリューに対する信頼どころか〝カリューを信頼する者〟も信頼してしまっていたのだ。
カリューがやってないと思いたい。
だが、カリューを心から心配している人間がやったと言っている。
そして、自分はさんざんカリューに嫌われても仕方ないことをしてきたという自覚がある。
「だから、あいつらに言われるがままに教室に鞄を放置したんだ」
あくまでもカリューがやっていないと証明するため。
プリクラを入れたのは、もしもカリューが犯人だったとしても鞄の中身を見た彼女が思い留まってくれると信じたかったからだ。
「まさか、中身を見た上で鞄ごと捨てるとは思わなかったなー。中には昔一緒に撮ったプリクラの写真もあったんだけどね……」
友達になった証でもあるプリクラ。
それを捨てられたと思った林檎の心は崩壊寸前だった。
林檎がカリューを教室で罵倒したのは、自分の心の平穏を保つためだった。
いつだって真っ向から自分に突っかかってきた友人。
それがいつの間にか、自分に陰湿な嫌がらせをするような人間になっていた。
林檎は一縷の望みをかけてカリューを
別に自分を嫌いでもいい。それならそれで真っ向から啖呵を切ってほしかったのだ。
林檎の言葉を聞いてすぐに土下座をするカリューを見て、林檎は思った――結局この子も周りの奴らと同じなんだ。いや、自分がそんな人間にしてしまったんだ、と。
「私と関わらなければ狩生さんは真面目ないい子ちゃんでいられたんだ。きっと両親とも軋轢なんて生まれなかったし、貴重な青春を棒に振ることもなかった」
「それ以来、誰にも心許せなかったんだね」
「一応、信用出来る子はいたんだけどね。高校に入ってからさ、凄くお節介な後輩がいてさ。天然でアホで子供っぽいのに、妙にお姉ちゃんっぽいとこがあってね。不真面目な私を注意する姿がどこか狩生さんと被って、心を許せなかった」
ま、あんたの憧れのライバーなんだけどね、と林檎は心の中で独り言ちる。
「こんな周りを腐らせる毒林檎。いない方が良かったんだよ。きっとレオもバラギも私の傍にいると――」
「じゃ、毒耐性あるあたしは傍にいるね」
ケロッとした表情でそう言うと、夢美はハンカチを敷いてから林檎の隣に座った。
驚いた表情で隣を見る林檎に笑いかけると、夢美は自分の話を始めた。
「実はさ、あたしとレオって幼馴染じゃないんだ」
「ほ?」
「小学校は同じだったけど、面識はなかったの。むしろお姉さんとしか面識がなかったくらい」
衝撃のカミングアウトに林檎は間抜けな声を零して固まる。あ、これ内緒ね? といたずらっぽく笑うと、夢美は話を続けた。
「だから、前に配信で言ってたみたいに、いじめられているときに助けてくれる王子様みたいな存在なんていなかった。中学時代のカリューと同じで、孤独で辛い毎日だった。唯一の救いは週一回のパソコンクラブで会えるレオのお姉さんと過ごす時間だけだった。そのお姉さんも一年で卒業しちゃったから地獄へ逆戻りだったけど」
「そう、だったんだ……」
夢美から聞かされた過去を林檎は静かに聞いていた。
「もし、あたしが昔自分をいじめてた奴ら――ううん、いじめのきっかけになった奴らに会っても、少なくとも知らない人の振りをする。だって関わりたくないもん」
「っ!」
「でも、カリューは関わろうとした。きっともう一度、林檎ちゃんと友達になりたかったんだと思う。そうじゃなきゃ、たとえいじめの経験が自分の糧になったとしても悪感情が残っちゃうよ。最後の最後に、嵌められたと思っているカリューが林檎ちゃんを許せたのはそういうことなんじゃない?」
「でも、私は……」
さんざんいじめられ、全身びしょ濡れになったカリューの憎悪の籠った視線が蘇る。
『絶対に許さないんだから……!』
そのまま恨んでくれていたらどんなに楽だったことか。
俯く林檎に、夢美ははっきりと言う。
「あたしも、今の林檎ちゃんとは仲良くなりたいと思ってる。我儘で自分勝手だけど、林檎ちゃんなりの優しさがあることは感じるからね」
「違う! 私はそんな人間じゃない! バラギやレオが関わりを持っても百害あって一利もない存在で――」
「それは林檎ちゃんが決めることじゃないよ」
「…………………………ほ?」
予想外の夢美の言葉に今度こそ林檎は脳の回路がショートしたような気分を味わった。
「あたしはレオみたいに優しくはないけど、気に入った人間にはとことん甘いんだ。たとえ、酷いことした過去があっても、今の林檎ちゃんはあたしにとって、ずっと関りを持ちたい大切な友達だよ」
「バラ、ギ……」
「あたしが付き合いたい人間はあたしが決める! 林檎ちゃんにその気持ちを否定される筋合いはない!」
林檎ちゃんがあたしを嫌いならしょうがないけどね、と言って夢美は優しく微笑んだ。
「自分はクズだって言い聞かせて、一人で抱え込んで諦めないでよ。あたしもレオも林檎ちゃんが困ってたら助けたいの。だからさ、あたし達に林檎ちゃんを助けさせて?」
夢美は立ち上がると、満面の笑みを浮かべて林檎に手を差し伸べる。
「バラギ……ありがとね」
林檎は夢美から差し伸べられた手を取った――
[白雪林檎@(ShirayukiRingo)
私、白雪林檎はこの度にじライブを卒業することになりました。
色々悩んだけど、マネージャーさんや事務所の方々と相談してこういう形に落ち着きました。
白雪林檎としての活動はあと少しだけど、それまでよろしくねー!]
――はずだった。
やっと掲示板に追いつきました