Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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記念すべき50話!
何だかんだで、ほぼ毎日投稿で来れたのも日頃応援してくださるみなさんのおかげです。


【真相】最後のピース

「着きましたよ」

 

 レオと夢美の住むマンションまで車で迎えにきた亀戸は、二人を乗せてとあるイタリアンレストランへとやってきた。入口の扉には〝貸し切り〟の看板がかかっている。

 

「ここって芸能人御用達の店じゃん」

「昔、先輩に連れてきてもらったことあったなぁ……」

 

 芸能人御用達のイタリアンレストランに夢美は気圧され、レオはアイドル時代の思い出を振り返りながら店に入った。

 

「手越さんはいらっしゃいますか?」

「はい、奥のお部屋でお待ちですよ」

 

 手越、という名前を聞いてレオと夢美は表情を強張らせた。それは林檎の本名の苗字であり、同じ苗字の人間といえば――

 

「お待たせしてしまい申し訳ございません」

「いいんですよ、亀戸さん。はじめまして。手越優菜の父、手越武蔵と申します」

 

 彼女の父、手越武蔵くらいだ。ちなみに、林檎の母である内藤郁恵はメディアに出演する際は内藤の姓を名乗っているが、戸籍上はきちんと手越郁恵である。

 

「は、はじめまして、林檎ちゃん――優菜ちゃんの同期の中居由美子といいます」

「ああ、君があの〝バラギ〟さんか。娘と仲良くしてくれてありがとう」

「い、いえ、そんな! こちらの方こそ優菜ちゃんには――今なんて?」

 

 まさか自分のネット上のあだ名で呼ばれると思っていなかった夢美は、唖然とした表情で武蔵を見た。

 

「ははっ、Vtuberは時代の最先端だからね。こう見えて、私もU-tubeにチャンネルは持っているし、時代に取り残されないように必死なんだよ」

「そういえば、最近やたらと芸能人の人がユーチューバーデビューしてましたね」

 

 ここ最近、芸能人がU-tubeにチャンネルをどんどん作り始めている。

 武蔵も大御所だからと驕らず、若い世代の行っていることを積極的に取り入れていたのであった。

 

「それはそうと久しぶりだね、司馬君」

「はい……ご無沙汰しております。タケさん」

「前に比べて穏やかにはなったが、相変わらずいい目をしている。どうやら現役時代の獰猛さは完全に抜け落ちてはいないようだ」

 

 かつてドラマで共演したことがある二人は、何か通じ合うものがあった。

 

「さて、優菜のマネージャーであった亀戸さんに二人をここに呼んでもらったのは他でもない。娘の話をするためだ」

 

 武蔵は苦しそうな表情を浮かべると、優菜についての話を始める。

 

「情けない話だが、私は優菜と良好な親子関係を築けているとは言い難い」

 

 そう前置きをすると、武蔵は優菜が生まれてからのことを語り出した。

 

「あの子が生まれたとき、私はハリウッドでの撮影があって立ち会えなかった。妻には相当恨み言を言われたよ。そんなことがあったからか、妻は優菜の教育に関して、ことあるごとに私に口を出すなと言ってきた」

「ハリウッドはまあ、しょうがない気もしますけど……」

「いや、しょうがないで済ませちゃダメでしょ」

 

 日本の俳優がハリウッド映画に出るということは並大抵のことではない。たとえ実力があったとしても、そんなチャンスは人生に一度あるかどうかだ。

 アイドルとしてだけでなく、俳優業にも力を入れていたレオには武蔵の気持ちが少しだけ理解できた。

 そもそも、父も俳優だった武蔵は芸能界でも根っからの役者だと有名だった。

 父の通夜の際も、現場を放り出して駆けつけたら亡き父にどやされると、現場を優先した話は世間でも有名な話である。

 そんな経緯があったため、武蔵は愛娘が生まれる際も現場での撮影を優先して妻の傍にいなかった。

 

「仕事にかまけてばかりで優菜には寂しいをさせてしまった負い目からだろうな。私は優菜が望んだものは何でも与えた。その当時はその行為が余計に優菜を孤独にしているなんて思いもよらなかった。本当に愚かな父親だ」

 

 自嘲するように力なく武蔵は笑う。その姿からは、現場の鬼とまで呼ばれた面影は欠片も見当たらなかった。

 

「妻も妻でピアニストとして多忙だったからか、優菜には〝我儘を何でも聞く〟か〝ピアノを教える〟という形でしか構ってやれなかった。……優菜は、本当は私達を困らせたかったのだろうがな」

 

 林檎が我儘な性格になったのは、多忙だった両親に碌に構ってもらえなかったという背景があった。そのうえ、どんな我儘を言っても大抵のことは叶えてしまうほどの力が武蔵と郁恵にはあった。望んだ結果を得られない林檎の我儘が加速したのは言うまでもないことだろう。

 

「いつしか優菜は私や妻を他人を見るような目で見るようになった。当然だろうな、自分のことを見ようともしないで、自分の我儘だけを叶える存在。そんなもの〝便利な道具〟でしかない」

 

 事実、林檎は両親のことを利用価値のある存在としか思っていなかった。

 

「私達夫婦は娘が〝有名人夫婦の娘〟というレッテルに苦しんでいることに気が付けなかった。何も知らず、ただ『優菜は優しい子だ』と形ばかりの言葉をかけていた。その結果、あの子は私達と碌に口を利こうともしなくなった。妻はただの反抗期だと思っていたが、あれはそんな生易しいものではない」

 

 そこまで話すと、武蔵は本題に入った。

 

「優菜が中学生のとき、とても楽しそうな笑顔を浮かべているときがあった。優菜のそんな表情は初めて見たんだ。しかも優菜は渋々といった様子だが、私に友人のためにアイドルについて聞いてきた。私達のことなんて嫌いで仕方ないあの優菜が私を頼ってきたんだ。張り切って関係者各位に問い合わせて養成所の資料を集めたよ……それも無駄に終わってしまったがね」

 

 悲しそうに呟くと、武蔵はレオ達にカリューの一件について確認をとった。

 

「カリュー君との一件は知っているね」

「はい、本人とも会って聞いております」

「そうか……優菜が通っていた学校は、言い方は悪いがボンボンが通うような学校だった。故に一般家庭の生徒は冷遇されやすい環境でね。カリュー君は優菜の鞄を捨てたことや、その他にも嫌がらせをしていたことで、他校への転校という形で退学処分になるところだったんだ。当然、妻も怒り心頭でね。絶対に許さないと荒れていたよ」

 

 当時の様子を思い出した武蔵は、辛そうに表情を歪めた。

 

「優菜が心から笑えるようになったのは、間違いなくカリュー君のおかげで、優菜もカリュー君を信頼していたからこそ私に頭を下げて頼み事してきたはずだった。しかし、妻は優菜がいくらカリュー君を許すと言っても『あなたは優しい子ね』とだけ言って、優菜の話を聞こうともしなかった。それだけ妻も私もあの子に向き合っていなかったのだろうな」

 

 結局、違和感を覚えていた武蔵が説得したことで、郁恵も不承不承という形でカリューの処分を軽くする申し立てをすることを了承した。

 

「今でも思うよ。もっと強く学校側に調査するようにいっておけば、とね」

 

 武蔵はカリューが味わった苦しみを思い、後悔の念に苛まれていた。

 武蔵がカリューの一件に深く関われなかった理由は単純だ。妻への負い目があったことと、カリューが悪くないという結果が出た場合、林檎が意図的にカリューを嵌めたことになってしまうと思っていたからだ。

 実際のところ、武蔵は娘ならばそれもあり得ると思っていた。だから、結局は何もしなかったのだ。

 これまでの武蔵の話に違和感を覚えたレオは、武蔵がどうして林檎についてそんなに理解しているのか尋ねた。

 

「当時は、って言ってますけど、どうして今はそこまで気づけたんですか?」

「カリュー君だよ。彼女と現場が一緒になったときに、いろいろと話をしてわかったんだ。優菜が今までどんな思いで過ごしてきたのかをね」

「だったら、何で優菜ちゃんに本当のことを教えてあげないんですか!」

「カリュー君の一件以来、優菜はますます私達と会話を拒絶するようになってね。取り付く島もなかったんだ」

 

 本当に情けない話だ。と武蔵は何度目になるかわからない自嘲の言葉を零した。

 

「だから、この前優菜から連絡があったときは驚いたよ。『一度、話がしたい』という短いメッセージだったが、これが最後のチャンスと思って妻と共に実家で優菜と食事をしながら話をしたんだ」

 

 レオと夢美は確信した。

 そこで何かがあったから林檎は卒業せざるを得なくなったのだと。

 

「何があったんですか?」

「優菜が聞きたかったこと。それはカリュー君の一件についてだった」

 

 それは林檎が卒業する数日前のことだった。

 

『パパ、狩生さんのこと何か知ってるんじゃないの? 現場で会うんでしょ』

『まあ、な』

『教えて』

 

 今まで見たことがないほど真っ直ぐな視線で自分を睨んでくる林檎に、武蔵はカリューから聞いた話を語ろうとしたが、郁恵がそれを遮った。

 

『まあ、あの優菜ちゃんをいじめた子の話? そんな話をして今更何に――』

『郁恵。優菜の話を聞こう』

『……わかりました』

 

 郁恵を黙らせると、武蔵はカリューから聞いた話を優菜に話した。すると、優菜の顔はみるみる内に青ざめていき、それとは対照的に郁恵の表情は怒りのあまり真っ赤に染まっていった。

 

『あなたったら笑えない冗談を言うのね。優しい優菜ちゃんが友人を嵌めるような真似するはずないじゃない! 娘を信じられないの!?』

『そうじゃない。あくまでも本人から聞いた話だ。ただ両者の話を総合してだな――』

『優菜ちゃんが悪くないに決まっているのだから無駄なことよ!』

 

 冷静に話を進めようとする武蔵とヒステリックに叫ぶ郁恵。何度も見たことがある地獄絵図を終わらせるために、林檎は話をそこで打ち切った。

 

『二人共、狩生さんの件はもういいよ。おかげでいろいろわかったし』

『あら、そうなの?』

『だから、この話は終わり』

 

 林檎はそこで確信めいた表情を浮かべていた。結局、真実を聞きそびれた武蔵だったが、林檎の中で結論が出ているのならそれでいい。武蔵はそう結論づけて、話題を変えることにした。

 

『それにしても優菜。最近、ライバー活動頑張っているそうじゃないか』

『はぁ……まあね』

 

 心底嫌そうな顔をした林檎だったが、自分から話がしたいと実家に帰ってきた以上、武蔵の話題を無下にするわけにもいかなかった。

 武蔵としても、これが娘と話す最後のチャンスだと思って、積極的に林檎に現在の活動について聞いたのだ。

 

『二ヶ月で登録者数10万人なんてすごいじゃないか』

『……100万人超えの大物に言われても嫌味にしか聞こえないけどね』

『そりゃあ、私は元々知名度のある人間だからな。一から集めた優菜の方が凄い』

 

 カリューのアドバイスもあってか、武蔵は林檎自身の成果を褒めるように努めていた。

 その甲斐あってか、林檎は少しだけ武蔵に対して饒舌になった。

 

『にじライブって看板がなきゃこんなに伸びないっての』

『だが、それは入り口に過ぎない。例えば私が〝手越武蔵〟ではなく、ただ有名な事務所に所属しているだけの無名な俳優だったとしたら、大して伸びないだろう?』

『ま、確かに、前は伸び悩んでる奴もいたし。パパと違って個人の面白さの保証はないもんね』

 

 それから林檎と武蔵は今まで冷め切っていた親子関係が嘘のように話が弾んだ。

 どうしたら視聴者が喜ぶのか。

 どういうタイトルのつけ方をすれば人の目に留まるのか。

 どういう配信がバズるのか。

 俳優という表現者である武蔵と同じく、林檎もライバーという表現者としてのプロ意識が高かったこともあり、親子の確執を越えて話ができたのだ。何だかんだでこの親子の本質は似ていたのだ。

 

『でも、優菜ちゃん。無理してるんじゃないの?』

 

 そんな和気藹々とした空気に郁恵は心配そうに割り込んできた。

 

『それに、あんな人達と一緒にいるのは良くないと思うの』

『はぁ?』

 

 大切な仲間達を侮辱されたことで、林檎の頭に一気に血が上った。

 

『ほら、今だって私をこんなに睨んで……きっとよくない影響を受けたのね。ゴミカス死ね、だなんて品性の欠片もないことを言う子と仲良くしているんでしょ? そのせいであなたまでゴミクズ呼ばわりされているじゃない』

『バラギはゲームでイライラすると口が悪くなるだけで、本当は優しい子だよ! よく知りもしないで勝手なこと言わないで!』

『ゲーム如きでそんな口調になる子なんて碌な子じゃないわ。それに同じ事務所には、あの司馬拓哉だっているんでしょう!』

『何でそれを……』

『いろいろと調べさせてもらったの。今の時代、こんな情報探そうと思えば簡単に見つかるわ』

 

 郁恵はVtuberの前世についてまとめたサイトを林檎へと見せた。

 そこには林檎がゆなっしーであることや、レオが司馬拓哉であるという内容の記事が書いてあった。最もレオの方は雰囲気が違いすぎることや、声での判別がいまいち難しいこと、何より〝あのシバタクがこんばん山月などと言うわけがない〟ということもあり、信憑性の低い記事ではあったが。

 

『武蔵さんも常々言っていたものね。司馬拓哉は態度が悪いと』

『いや、共演者への配慮が足りない、と言ったんだ』

『同じことよ』

 

 武蔵の訂正を意にも介さずに、郁恵は続けた。

 

『あなたの動画を見てくれる人達にもあんな酷い態度をとったりして……とてもじゃないけど、褒められたものではないわ』

『それは私の配信スタイルの問題だし、そういうスタンスを取ってるけど別に私は元々――』

『いいのよ。事務所に無理矢理やらされているんでしょ。わかるわ。あなたが本心からあんな態度をとったりするはずがないものね』

『ねえ、何言ってるの?』

 

 話を全く聞こうとしない郁恵は、林檎にとって呪いの言葉と化した言葉を放った。

 

『だってあなたは優しい子だものね』

『っ!』

『郁恵、やめなさい。優菜が真剣に取り組んでいることを否定するんじゃない』

『あなたは黙ってて。あんな低俗な文化に染まるくらいだったら、才能のあるピアノを続けた方が良かったのよ。いえ、今からでも優菜の才能ならプロになれるわ!』

 

 昔から優菜はうわべの評価で固まった自分を否定されたかった。しかし、自分の実力で積み上げてきたものや大切な仲間達を否定された林檎はショックを受けていた。

 何故、両親に今まで否定されなかったか。理由は簡単である。自分の意志を持たずに、ただ両親の言うことを聞いて適当に生きてきたからである。

 

『……いいよ。ライバーはやめる。だからさ、事務所や二人には何もしないで』

『優菜、それは――』

『あら、これで万事解決ね』

 

 こうして優菜は大好きだったライバー活動を卒業をすることになってしまったのだった。

 

「……私は父親失格だ」

 

 林檎がにじライブを卒業するに至った経緯を語った武蔵は力なく項垂れた。

 

「どうしてもっと強く林檎ちゃんの味方をしてあげなかったんですか」

「夢美?」

「父親は仕事ばかり、母親は自分絶対主義で林檎ちゃんを見ようともしない。こんなのあんまりですよ。母親が話の通じない人なら、父親であるあなたが味方になってあげなきゃダメでしょうが!」

 

 そこから夢美は堰を切ったように武蔵に思いをぶつけた。

 

「辛いとき、親が傍にいない娘がどんなに寂しいと思っているんですか! あなたはその気になればいつだって会いにいけたはずです! それを林檎ちゃんが拒絶するから話をしなかった!? ビビってんじゃねぇよ! 芸能界で偉そうにふんぞり返る前に、どんなに嫌われようと罵倒されようと、大事な娘に手を伸ばせよこのヘタレ!」

「そう、だな……君の言う通りだ」

 

 途中から敬語などかなぐり捨てた夢美の言葉に武蔵は静かに頷いた。

 

「どうしてこう男性芸能人は李徴ばっかなんだよ、もう!」

「おい、流れ弾やめろ」

 

 誤魔化すように咳ばらいをすると、レオは改めて武蔵に深々と頭を下げた。

 

「タケさん、いろいろ教えてくださり、ありがとうございました。おかげで突破口が見えました」

「えっ、どうするの!?」

 

 解決策が見えた様子のレオに夢美は詰め寄る。

 

「あのなぁ、たとえ内藤郁恵さんが世界的に有名なピアニストだろうと、俺達をどうこうできるわけないだろう? ただ自分の評判が悪くなって終わりだ。だから、それについては放っておけば問題ない」

 

 いわゆるオタクという人種はサブカルチャーをバカにする有名人を蛇蝎の如く嫌う。結局のところ郁恵の影響度などその程度でしかないのだ。

 

「あっ、言われてみればそうだよね」

「問題があるとしたら、再び蓋をしてしまった白雪の心の方だ」

 

 虎の威を借りる狐が何故、虎の威を借るのか。答えは簡単だ。虎の脅威を狐自身が知っているからである。

 つまるところ、優菜は両親を強大な力を持った脅威として認識してしまっていたのだ。

 

「蓋をしたのなら――」

「こじ開けるまで!」

 

 顔を見合わせて二人同時に獰猛な笑みを浮かべると同時に、途中から外へ出ていた亀戸が戻ってきて言った。

 

「車はいつでも出せますよ!」

 

「「さっすが亀ちゃん!」」

 

 タイミングが完璧な亀戸の登場に、レオと夢美は親愛の意を込めて愛称で呼び、店の外へと出た。

 

「……若者ばかりには任せていられないな。私も父親としての責任を果たさなければ」

 

 目の前の障害など物ともしない勢いの三人を見て、武蔵は静かに覚悟を決めていた。

 




もう少し耐えてくれ!
てぇてぇは目前だぞ!

ちなみに余談ですが、やらなきゃいけないことの答えは〝母親から大切な人達を守る〟でした。

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