Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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シリアスゥゥゥ! これでトドメだぁぁぁぁぁ!

てぇてぇ ( 'д'⊂彡☆))Д´) パーン シリアス


【歌ってみた】友へのファンファーレ

 ライバーを辞めてからというもの、林檎は憂鬱な毎日を送っていた。

 やるべきこと。母親から事務所や仲間を守るなんて思いを抱き辞めたものの、そこから先には何もなかった。

 ゆなっしーに戻ることも考えたが、今更配信なんてやる気は起きなかった。

 

「どうして、私は手越優菜だったんだろ……」

 

 手越武蔵の娘じゃなかったら、内藤郁恵の娘じゃなかったらこんな思いもしなくて済んだのに。

 手越優菜だったから、狩生環奈を傷つけてしまった。白鳥まひるの優しさを否定し続けてしまった。

 

「どうして、私は白雪林檎でいられなかったんだろ……」

 

 暗い考えが頭を巡る。

 ボーっとする頭を覚ますため、洗面台へ向かう。

 顔を洗い、顔を上げると鏡の中の自分と目が合う。

 

「っ!」

 

 気のせいだということはわかっている。

 だが、鏡に映った白雪林檎が手越優菜を睨んでいるような気がしてしまったのだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 いつかのカリューのように、林檎――いや、優菜は鏡の中の林檎に向かって詫び続ける。

 

「もっと一緒にいたかったな……」

 

 スマートフォンをつければ、そこには三人で撮った池袋での写真が映っていた。

 頬がくっついて困惑するレオと夢美の間で笑顔を浮かべる自分。きっと、こんな風に笑えるときはもう来ない。優菜はそう思っていた。

 不意に画面上にU-tubeからの通知が表示される。それは、卒業後も残してある白雪林檎のチャンネルの通知だった。

 

「そういえば、スマホはログアウト忘れてたっけ」

 

 いつまでも白雪林檎を忘れられない小人達のため、残していたチャンネル。事務所との契約が終了したため、きっちりログアウトしたつもりだったが、スマートフォンのアプリでのログアウトは忘れていたのだ。

 けじめのため、しっかりログアウトしようとしていた優菜だったが、表示された通知の内容を見て、指を止めた。

 

「バラギの歌ってみた……珍しい。何でまたこんな中途半端な時間に?」

 

 普通、こういった動画は夕方や夜の切りが良い時間に投稿するはずだ。

 怪訝な表情を浮かべつつ、優菜はプレミア公開された夢美の歌ってみた動画を再生した。

 夢美の歌った曲は十年以上前に放送していた、カウボーイが渋谷でギャルと交流を深めていくテレビドラマの主題歌〝HEY! FRIENDS〟だった。

 

『HEY! FRIENDS♪ すったも~んだを♪ 繰り返す日本を~♪』

 

[選曲で草]

[ギャルサーとか懐っ!]

[バラギ絶対二十代半ばくらいだろ]

 

 夢美のまさかの選曲に妖精達も驚いていた。

 それなりに有名なドラマだったとはいえ、今の流行りの曲ではない。夢美がこの曲を選んだのは言うまでもない、林檎に聞いてもらうためだ。

 

『FRIENDS♪ もう一度FRIENDS♪ 自分をし~んじてみないか~♪ 押さえきれな~いほど~♪ 見果てぬ夢があるだろ~♪』

 

[久しぶりに聞いたけどいい曲だな……]

[このタイミングにプレミア公開した意図とは]

[どうしても伝えたい思いがあるからって言ってたけど、まさか……]

 

 夢美の意図は妖精にも伝わり始めていた。

 

『おな~じ時代の~中で生きている~僕ら~♪ 手をの~ば~せ~ば~♪ そこにいるさ♪』

 

[頼むぞバラギの思い、届いてくれ! ¥50,000円]

[バラギが今呼びかける友達って言ったら一人しかいないよなぁ! ¥50,000円]

[曲は終わるが思いを乗せて俺も投げるぞ! ¥50,000円]

 

 夢美の動画で高額なスーパーチャットを投げていたのは他でもない、白雪林檎の引退を惜しんでいる小人達だった。

 優菜はいまだに自分を好きでいてくれる妖精達の様子を見て胸が痛んだ。

 感傷に浸る間もなく、今度はレオのチャンネルの通知が来る。

 

「次はレオ……」

 

 レオのプレミア公開した動画もまた、歌ってみた動画だった。

 レオが歌った曲は、高校生の青春模様を描いたアニメ映画のオープニングテーマ〝ファンファーレ〟だ。

 最初から全力で力強く歌い始めると、レオはかつて自分が燻っていたときのことを思い出し、気持ちを込めてAメロの部分を歌った。

 

『暗い暗い暗い部屋を作って目を塞げば~♪ 気付かないチクチクチクチク心は傷まな~い♪』

 

[バラサーから]

[バラサーから]

[バラサーで草]

 

 レオの動画に流れてくるコメントはほとんどが夢美の動画から流れてきた者達によるものだ。

 当然である。中途半端な時間に投稿し、片方の動画が見終わる頃にプレミア公開された以上、何らかの意図を含んでいることは明らか。三期生の動向を気にしていた袁傪や妖精、そして小人達が確認しないわけがなかった。

 

『ah~♪ 夜を越えて~闇を抜けて~♪ 迎えにゆこう~♪ 傷の海も~悩む森も、厭わな~い♪ 毒を飲んでさ♪』

 

[ヘイフレインズにファンファーレ……]

[バラギの曲が終わるとほぼ同時に投稿されたってことは……]

[絶対これあの子へのメッセージだよな]

 

『何度でも迎えにゆくよ~♪』

 

[行ってこい! ¥50,000円]

[あとは任せたぞ! ¥50,000円]

[お願いします! ¥50,000円]

 

 レオと夢美の意図を察した小人達から夢美のときと同様の高額チャットが飛び交う。

 その光景を目の当たりにした優菜は泣きながらその場に崩れ落ちた。

 

「どうして……どうしてそこまで……!」

 

 方法がこれしかないと自分の中で結論を出していたとはいえ、差し伸べられた手を振り払ってしまったのだ。

 それなのに、またこうして手を差し伸べてくる。

 自分の出自や過去など、何てことないかのようにレオと夢美は真っ直ぐに自分に手を差し伸べてくれたのだ。

 インターホンが鳴る。一階のセキュリティを突破できるということは、合鍵を持っているということ。そんな仕事関係で信頼に値する人物は一人しかいない。

 誰が誰をここまで連れてきたか、そんなこと優菜には既にわかっていた。

 ドアを開けるとそこには、優菜が守ろうとした(待ち焦がれた)人物が立っていた。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。もう一度、話をさせていただけませんか? まあ、話をするのはお二方ですが」

 

 亀戸が一歩下がると、今度はレオと夢美が優菜に言った。

 

「よっ、迎えにきたぞ」

「何度拒絶されたって私達は林檎ちゃんの傍にいるよ」

「亀ちゃん……レオ……バラギ……!」

 

 三人の顔を確認した瞬間、再び優菜の目から大粒の涙が流れ落ちる。それを夢美は優しく抱き留めた。

 それから、落ち着いた優菜が三人を中へ招き入れる。

 置いてあるグランドピアノやトロフィーの数々に気圧される三人だったが、優菜に促されるままにソファーに腰掛けると、表情を引き締めた。

 

「白雪、戻ってきてくれないか?」

 

 まどろっこしい話は抜きでレオは単刀直入に言った。

 

「ここに来る前、タケさんから話は聞いた。内藤さんのことなら、心配しなくても大丈夫だ」

「パパと会ったんだ……」

 

 それからレオは優菜の母である郁恵の影響力など大したことはないと語った。

 

「そういうわけで、俺達や事務所のことなら心配ない。タケさんだって、きっと力になってくれる」

「パパはダメだよ……あの人、ママには強く出れないから」

 

 少しは心を開きかけていた優菜だったが、この状況をどうにかしてくれるほどの信頼を置くことはできなかった。

 

「それに関しては大丈夫だ。何せ夢美に正面から〝臆病な自尊心〟を吹き飛ばしてもらったんだ。あのままじっとしてはいないさ」

「……あんたのその信頼感。たまにむず痒いんだけど」

 

 レオから全幅の信頼を置かれていることが照れ臭かったのか、夢美は頬を掻きながらそっぽを向いた。

 

「あと、カリューさんにはもう真実は伝えてある」

 

 三島を経由し、レオはカリューに真実を伝えていた。

 レオは三島から聞いていたカリューの連絡先へとビデオ通話で連絡を取ろうとした。

 

「もしもし――」

『はい、カリューで――えっ、ホオジロザメかかった!?』

 

 しかし、カリューが通話に出た瞬間、画面が激しくブレた。

 そして、ようやく画面が止まったとき、映し出されたのは――大暴れするホオジロザメの顔面だった。

 

「ほ?」

「「ホオジロザメ!?」」

「……どういう状況ですかこれ」

 

 成り行きを見守るために黙っていた亀戸でさえ、わけのわからない状況に困惑の声を上げた。

 

『おとなしくしなさい! そぉい! よし摩り下ろせた!』

 

 画面にかろうじて映し出されるカリューは、急いで現地の人間が必死に押さえているホオジロザメに跨ると、持ってた本わさびを摩り下ろした。

 

『思ったよりも擦れないな……ま、いっか!』

『はい、カット!』

『ちゃんと映像取れてます?』

 

 カットがかかり、わさびを回収してホオジロザメから降りると、カリューは真っ先にカメラマンの元へと向かった。

 

『大丈夫ですね』

『うん、リアクションも画角もこれなら大丈夫ですね……ありがとうございます!』

 

 映像をきちんと確認すると、再びカメラが回りカリューはホオジロザメに別れを告げた。

 

『ホオジロザメ君、ありがとう! 海へお帰り! では、いただきます……しょっぱぁ!?』

 

 海の上で釣れた魚を捌き、わさびをつけて食べたカリューは、派手なリアクションと共に咽た。

 そんなカリューの壮絶で、どこか間の抜ける映像を見ていた四人は、何とも言えない表情を浮かべていた。

 

『お疲れ様でした! ん? ヤッバ、ビデオ通話オンのままになってた! すみません、ちょっと外します!』

 

 スタッフに断りを入れると、カリューはスマートフォンのカメラを自分の方へと向けた。

 

『もしもし?』

「何というか、その……本番中にごめんなさい。俺です。獅子島です」

『あー、獅子島さん! どうしたんですか? 私と手越さんが嵌められたかもしれないって話は聞きましたけど――』

「環奈!」

 

 元気そうなカリューの様子を見ていた優菜は、いても立ってもいられず、カリューの名前を呼んだ。

 

「ごめんなさい! あのとき、私が環奈を信じてればこんなことにはならなかった! 下手に遠慮して離れずに、ずっと一緒にいればよかったんだ! 本当にごめんなさい!」

『優菜……』

 

 涙を流しながら謝罪の言葉を叫ぶ優菜に、カリューは驚きつつも、優菜と同様にかつての呼び方で優菜の名前を呼んだ。

 

『私の方こそ、あんな連中に騙されてあなたを疑ってしまってごめんなさい。それに私のせいでまたあなたを孤独にさせてしまった。本当にごめんなさい……今度こそ絶対にあなたの味方で居続ける。断られたって離れてなんてやらないんだから』

「うん……!」

 

 必要な言葉を交わすと、カリューはスタッフに呼ばれて優菜に別れを告げた。

 

『それじゃあ、ごめん。仕事あるから切るわね』

「忙しいのにごめんね」

『いいのよ。レオ君とバラギによろしくね!』

 

 通話が切れ、レオは仕切り直すように咳払いをして優菜に語りかける。

 

「なあ、白雪。カリューさんだってついてるんだ。もう一度俺達とライバーをやろう」

「で、でも……私といると、きっとまたみんなに迷惑がかかる。今までだってそうだったんだ。私が〝手越優菜〟でいる限り、私と関わった人間は不幸になるんだよ!」

 

 いまだに自分が嫌いでしょうがない優菜はレオ達の差し伸べた手を取ることができないでいた。

 だが、レオはそれでも手を伸ばし続ける。

 

「手越優菜がいたからこそ白雪林檎が生まれたんだろ? 今までの全部が全部悪いものじゃなかったはずだ。俺だってそうだ。司馬拓哉として生きた過去があるから獅子島レオとしての今がある」

「レオ……」

「だから、今まで頑張って生きてきた手越優菜を否定しないでくれ」

 

 手越優菜としての過去があったからこそ、白雪林檎としての今がある。

 当たり前のことではあるが、それを優菜は長らく受け入れらなかったのだ。

 

「そもそも、俺達がそんなことで潰れるほど柔じゃないのは知ってるだろ?」

「そうそう、何せ――」

 

「「我らにじライブぞ?」」

 

「あ、私もついてますからね!」

 

 獰猛な笑みを浮かべる二人に続き、亀戸も立ち上がって優菜の味方であることを宣言した。

 

「でも、いろんな人に心配かけて、復帰なんて勝手が許されるわけがない!」

「許されるか、許されないかじゃない――白雪林檎はどうしたいんだ!」

 

 レオは真っ直ぐに優菜の目を見据える。

 

「私……私っ!」

 

 口元を震わせながら涙を流すと――白雪林檎は自分の胸の内を大声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「私゛、ラ゛イ゛バ゛ー゛や゛め゛た゛く゛な゛い゛!」

 

 

 

 

 

 

「その言葉を待ってたんだ」

「ふふっ、また一緒だね」

 

 林檎がライバーへ復帰したいと望んだことで、レオと夢美は安心したように笑顔を浮かべた。

 そんな様子を見守っていた亀戸は、林檎に歩み寄って鞄から書類を取り出して渡した。

 

「白雪さん。事務所側には自分のやりたいゲームができないから辞めると言っていましたよね?」

「亀ちゃん? ん、これって!?」

 

 書類の内容に軽く目を通した林檎は驚愕の表情を浮かべる。

 

「白雪さんが実況を希望していたゲームリストにあったゲーム。その制作企業との著作物を利用したコンテンツ投稿の包括的許諾は全て取りました! これで言い訳はできませんよね?」

 

「「はあ!?」」

 

 メディア本部から営業部に移っていた亀戸は周囲の嘲笑などには目もくれず、必死に林檎が()()()()()()()()()()()()()駆けずり回っていた。

 

「もちろん、私一人の力ではありませんでしたけど……使えるコネは全て使わせていただきました」

 

 亀戸は親会社の社長令嬢であるが、直接父親にお願いをしたわけではない。

 父が持つ繋がり、それを最大限に活かして営業活動に専念していたのだ。

 亀戸は幼い頃から父に連れられていろんな企業の社長や幹部と会っていたこともあり、ゲーム会社の重役も顔見知りだったのだ。

 しかし、幼い頃から可愛がっていたとはいえ、企業として私情を挟むわけにはいかない。亀戸の持っている肩書では精々営業がしやすくなる程度のものだろう。

 亀戸がこの結果を勝ち取れたのは、ひとえに彼女自身の努力と、その姿に突き動かされた他の営業部の人間の努力の結果である。

 亀戸は、どこか自分に似たところがあると感じていた林檎へと向き合う。

 

「白雪さん。あなたはピアノが自分の実力じゃないと言ってましたね。私はそうは思いません」

 

 かつての弱弱しい姿の面影など、どこにもない。亀戸は強い意志を持った瞳を輝かせながら、林檎に言い放った。

 

「確かに白雪さんはピアノの腕を磨きやすい環境にいたかもしれません。でも、チャンスが目の前にあっても掴めない人は大勢います。今もあなたが高い実力のままピアノを弾けるのは、今日に至るまでの弛まぬ研鑽があったから……だから、それは間違いなくあなたの力なんですよ! だから、見せてくださいよ――白雪林檎の実力って奴を」

 

「はっ、上等……!」

 

 林檎は乱暴に涙を拭うと、レオや夢美の真似をして精一杯、獰猛な笑みを浮かべた。

 




今回使用させていただいた二曲はぜひともフルで聞いていただきたいです。
何せ、二章のプロットを組んだ時点で使用することを決めていた渾身の選曲なので……!

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