「はい喜んでー!」
活気ある居酒屋に誰よりも通る声が響き渡る。
そんな居酒屋の店員の中でも一際元気な男へ同僚が声をかける。
「最終出勤日にこの忙しさは災難だったな司馬」
「何、ビールの飲みたくなる季節だし、しょうがないさ。むしろ働き甲斐があるってもんだよ。今日までここには世話になったし」
季節は既に夏、レオ達三期生が春にライバーデビューしてから既に三ヶ月以上のときが経っていた。
「そっか、そんじゃ俺の分も働いてくれ」
「いや、お前は普通に働けよ」
「はいはい、わかってるって」
レオと同僚である
「……いや、お前がホールやってくれよ」
レオは普段はキッチン担当だが、こうして忙しいときはホールに出ることも多い。
元々コミュニケーション能力が高いこともあって接客をやること自体には問題ない。
しかし、レオは今や十万人以上の登録者数を誇るライバーなのだ。どこに身バレの危険が潜んでいるかわかったものではない。
忙しなくホールを回っていたレオは、客の来店を知らせる音がなったため、慌てて入口の方へと向かう。
「いらっしゃいませ、何名様でしょう、か……?」
「どうも、四人で予約していた蘇我です」
「やっほー!」
「お、お久しぶりです」
「ははは……来ちゃいました」
「はえ……?」
レオの最終出勤日に現れた四人。それは以前カラオケ企画でコラボしたVtuber達だった。
「と、とりあえず、席にご案内しますね」
「うふふっ、宜しくお願いします」
イルカ、友世、和音、サタンの四人を席に案内すると、レオは先に飲み物の注文を取ることにした。
「お飲み物はお決まりでしょうか?」
「生を三つと……司君はウーロン茶でいいでしょうか?」
「お気遣いいただいて恐縮です。ウーロン茶でお願いします」
「かしこまりました。生三つとウーロン茶をお一つですね。すぐにお持ち致します」
伝票に注文を打ち込むと、レオは急いでキッチンの方へと引っ込んでいった。
キッチンに戻ると、興奮気味の園山が鼻息荒くレオに話しかけてきた。
「おい、司馬。誰だあの人達! 美男美女揃いじゃねぇか! って、お前もか」
「ま、新しい仕事の関係者ってとこかな」
レオは周囲に自分がライバーになったことは話していない。同僚である園山や店長には、ただ就職先が見つかったとだけ伝えていたのだ。
にじライブとのライバー契約は、個人事業主としての契約であるため就職とは若干違うが、企業Vという立場である以上、そう大差はないだろう。
「そっかー……お前も就職か。寂しくなるな」
「別に連絡くれればいつでも会えるって」
「同じ立場の人間がいなくなるだけで寂しくなるってもんだ」
園山にとってレオとはフリーター仲間で趣味の話も合う貴重な同僚だった。
休憩時間にはVの話で盛り上がったり、閉店後にそのまま店でバカみたいに飲んで酔いつぶれて店長に怒られたこともあった。
初めて会ったときは見た目も良く、コミュニケーション能力も高いレオに嫉妬したものだが、蓋を開けてみれば自分と同じ将来の見えない同年代の男だった。
あっという間に打ち解けた二人は、バイト仲間の中でもとりわけ仲の良い二人になっていた。
寂しそうな表情を浮かべる園山に、レオは今までと変わらない気さくな雰囲気で告げる。
「変わらないさ」
「ん?」
「今はまだ先が見えないってだけで、園山もやりたいことが見つかればきっと〝立ち止まってた時間も悪くない〟って思えるようになるって」
それだけ言って、レオはイルカ達の飲み物を持ってホールに出ていった。
「……やっぱイケメンは言うことが違うな」
レオの背中を見送ると、園山は両手で頬を叩いて気合を入れ直した。
「――小説、また応募してみるか」
決意を胸に背筋を伸ばすと、園山は手始めに山盛りになった食器類の汚れを落とし始めたのであった。
それからしばらく働き詰めだったレオだったが、時間が経ち忙しさもなりを潜め始めていた。
キッチンに戻ると、そこには穏やかな表情を浮かべた店長が待っていた。
「司馬君、だいぶ落ち着いてきたから上がっちゃいな」
「そんな、最終出勤日なのに悪いですよ!」
「今までさんざん働いてもらったからね。シフトだって結構無茶を言ったのに、一度も断らなかったし、これくらいはさせてくれ」
店長はそう言うと、一心不乱に洗い物をしている園山には聞こえないように小声で言った。
「園山君が君の分も働くと言ってくれているしな」
「園山が?」
園山はどちらかというと、言われたことはやるが、積極的に働くタイプではなかった。
「せっかく知り合いがいるのに、最後まで働きづめなのは可哀そうだってね」
「そう、ですか」
そんな園山が自分のために気を利かせてくれた。その事実がレオにとっては何よりも嬉しかった。
「それではお言葉に甘えさせていただきます――本日まで大変お世話になりました。今後は一人の客として顔を出しに来ます!」
「はっはっは、そう言ってもらえるだけで充分さ! 今日まで本当にお疲れ様!」
「はい、ではお先に失礼いたします!」
深々と頭を下げると、レオは颯爽とタイムカードを切るのであった。
「あっ、皆さん。今、上がりました」
「「「「お疲れ様でした!」」」」
制服から私服に着替えると、レオはカラオケ組の四人がいるテーブルへと向かう。
四人から労いの言葉をかけられたレオは照れ臭そうにしながらも席についた。
「蘇我さん、でいいんですよね? どうして俺がここで働いてるって……」
「実は某焼き林檎ちゃんからDMで連絡がありまして。『あの李徴、三人で集まれなくて寂しがってるだろうから、時間があれば店に行ってあげてくれませんか?』って」
「あいつ、ドッキリを仕掛けなきゃ死んじゃう病かよ……」
憎まれ口を叩きながらも、レオの口元は嬉しそうに吊り上がっていた。
「それと申し遅れましたが、
「アタシ、
「わ、私は
「あはは……僕の名前は知ってるから言わなくてもいいですよね」
「改めまして司馬拓哉です。あの記念配信の時はありがとうございました! 本当に嬉しかったです……何か変な感じですね。こうして知っている顔ぶれと自己紹介するのって」
「うふふっ、言われてみれば確かにそうですね」
それから、四人は楽しそうに笑い合うと、談笑し始めた。
「てかさー、拓哉君って3D的な奴まだなの?」
「や、その言い方でもぼやかせてないですから……うーん、どうでしょうね? 先輩方の大半がまだなのに、俺が真っ先にっていうのも難しいんじゃないですかね」
さすがに公共の場なのでぼやかした言い方にしているが、Vtuber界隈に詳しい人間が聞けばわかってしまう内容にレオはため息をついた。
「そっかー、もっとガンガンコラボしたいのに残念だね」
「最悪立ち絵だけでも表示すればいけますけどね」
「おっ、その手があったか!」
友世との会話が弾んでいたレオだった、ある違和感を覚えた。
「というか、沙依さんってプライベートだと結構落ち着いてるんですね」
「まあね。一応あれも素だけど、ああいうときはスイッチ入るからテンションおかしくなるんだよね」
「何かわかる気がします」
どこか納得したようにサタンが友世に同意する。
「そういえば、まっちゃんはロールプレイキツキツだったね」
「まっちゃんて……ええ、まあ、その、かなり……」
「司君はロールプレイ重視ですものね。あれでゲームもやらなきゃいけないなんて大変ですよねぇ」
「あはは……」
イルカの言葉にどこか歯切れが悪い様子のサタンを見て、レオは会話を切るためにイルカのグラスが空になっていることを指摘した。
「蘇我さん、何か飲まれますか?」
「では、ファジーネーブルをお願いできますか?」
「わかりました。宇多田さんも飲みますか?」
「あ、すみません。私はジントニックをお願いします」
和音のグラスも空だったのでまとめて注文を行うと、しばらくして園山が飲み物と刺身の盛り合わせを運んできた。
「ファジーネーブルとジントニックになります。それと、こちら当店からのサービスになります」
「まあ……!」
「うわ、すっご!」
「わわっ、こんなに!」
「凄い豪勢ですね!」
綺麗に盛り付けられた刺身を見た四人は目を輝かせる。それに対して、レオはどこか心配そうに園山に声をかけた。
「……こんなにいいのかよ」
「店長がいいって言ってんだから素直に受け取っとけ。ちなみに切ったのは俺な」
ドヤ顔を浮かべる園山に対して、レオはいろいろな思いがこみ上げてきた。
「園山、ありがとな」
「これくらい、いいってことよ」
「それだけじゃないっての」
レオにVtuberをすすめたのは園山だった。
おすすめのVtuberとして竹取かぐやをすすめてきたのも園山だった。
獅子島レオのライバーとしての原点がかぐやならば、園山は大きなきっかけを作った人物といえるだろう。
「お前のおかげで俺は一歩踏み出せたんだ。だから、礼を言いたかったんだ」
「んだよ。急に気持ち悪ぃ……俺はキッチン戻るぞ。どうぞごゆっくり!」
照れ臭そうにそう言うと、園山はそそくさとキッチンへと引っ込んでいった。
「彼、良い人ですね」
レオと園山のやり取りを見ていた和音は朗らかに微笑んだ。
「まあ、俺にとっては大きなきっかけをくれた大事な友人ですから」
「そういうの……いいですよね。私にも同じような人がいますから」
「へえ、そうだったんですか」
和音の言葉にレオが感慨深そうに頷いていると、イルカが楽しそうに笑っているのが目に入った。
「うふふっ、懐かしいですね。養成所でのことですか?」
「さ、彩香さん、覚えててくれたんですか!?」
養成所、という言葉を聞いたレオは二人のVtuber以外の仕事を思い出した。
「そういえば、お二人って声優でしたっけ」
「ええ、私は声優事務所の方はやめてフリーになりましたが」
「あはは……こっちの仕事が増えてからはアニメは全然出演してないんですけどね」
イルカと和音の職業は声優だった。
二人共、名前の付いたキャラクターは演じたことはないが、演技力は高い方だったため、それが今のVtuber事務所の目に留まったのであった。
それから、いろいろな話をしたレオ達は、カラオケ組でまたカラオケに行こうということになった。
「ここは私が持ちますね」
「そんな! 悪いですよ」
「あら、私が月収いくら稼いでると思っているんですか?」
「さ、さすが四天王……」
最弱の四天王などと言われてはいるが、イルカの登録者数は百万人目前。そのうえ、企業案件も多数こなしているため、イルカの懐はかなり暖かかった。
「「「「ごちになります!」」」」
こうして会計を済ませたレオ達は、近くのカラオケボックスへと向かい始めた。
しかし、そこでレオのスマートフォンが鳴る。画面に表示されていたのは〝夢美〟の二文字。
イルカ達に断りを入れて電話に出ると、慌てた様子の夢美の声が聞こえてきた。
『レオ、仕事中だったらごめん! もう上がってる!?』
「上がってるぞ。何があった?」
『妹の由紀が家出して帰ってこないってお母さんから連絡があって……!』
「その由紀ちゃんの行きそうな場所に心当たりは?」
『友達の家には行ってないから、いるとしたら私達が住んでるマンション近くだと思う!』
「わかった。すぐに探しにいく」
『ホント、迷惑かけてごめん!』
「気にするな。また連絡する」
短くそう言うと、レオは夢美との通話を切った。
「すみません、せっかく誘っていただいたのですが、カラオケはまたの機会に――」
「何言ってんのさ!」
耳を劈くような友世の声と共にレオの謝罪の言葉が遮られる。
「アタシ達はあの〝もののけ地獄〟を乗り越えた仲間じゃん!」
「そうですよ。水臭いじゃないですか、司馬さん」
「大切な幼馴染の一大事でしょう?」
「わ、私も協力します!」
レオと夢美の通話が聞こえていた四人は、躊躇なく夢美の妹である由紀の捜索を手伝うことを申し出た。
「皆さん……ありがとうございます!」
こうしてレオ達は急いで、レオと夢美が住んでいるマンションの方へと向かうのであった。
実はレオの同僚の園山君ですが、作者が別名義で六年前に書いてコミケで売っていた短編小説に出てくる主人公の名前です。モチーフはもちろん山月記の袁傪、つまり彼は初期袁傪ということになりますね。
古典などを現代風にアレンジした小説だったので、山月記、羅生門、安珍・清姫伝説がモデルになってましたね。
ある意味、この小説の原型ともいえる小説だったので、作者としては園山君は思い入れ深いキャラなので、今回の回は作者的には主人公から主人公へとバトンを渡すような回でもありました。