広いマンションの一室。
そこでは一人の女性が楽しそうにピアノを弾いていた。
一人暮らしの二十代女性には不釣り合いなグランドピアノ。しかし、ピアノを弾く彼女の姿を見れば、誰が見ても〝似合っている〟という感想しか出てこないだろう。それほどまでに彼女がピアノを弾く姿は可憐だった。
「……ふぅ、どうだった?」
『もちろん最高だったわ! もう海外ロケのときは優菜のピアノがないと落ち着かなくなるかも』
海外ロケ先からビデオ通話を繋げているカリューの返事を聞いた林檎は、安心したように笑顔を浮かべた。
「それはさすがに勘弁してほしいなー」
『えー、いいじゃない。こっちは癒しが足りないんだから』
「ま、環奈がそう言うならしょうがないかー」
勘弁してほしいと言いつつも、林檎は満更でもない表情を浮かべる。
それから林檎はずっと画面に映っている景色が気になっていたので、カリューに聞くことにした。
「それよりずっと気になってたんだけど、後ろに映ってるのはどこ? どう見ても木と葉っぱで出来た家なんだけど……」
『ドゥンババ族のクォンデテさんの家よ』
「いや、誰やねん」
まったく馴染みのない名前を羅列され、林檎は呆れたようにツッコミを入れた。
「そんなとこで電波通るのー?」
『電波どころか普通に冷蔵庫もテレビもwifiもあるわよ。というか、撮影のとき以外は村のみんなもTシャツに短パンだし、買い物は普段バイクで街まで行ってるのよ』
環奈がロケのために宿泊しているドゥンババ族は、思ったよりも文明の利器を生活に取り入れているタイプの部族だった。テレビの撮影などがあるときはそれらのものは片付けるのだ。
もちろん狩猟などの文化もきちんと残っており、撮影のためにそれらしい振りをしているわけではないのだが、テレビ用に大袈裟にイメージ通り振舞っている感は否めなかった。
「マジかー。結構イメージと違うんだねー。てか、私に話しちゃって大丈夫なの?」
『大丈夫よ。私、ネタで隠れ切っていない電子機器にツッコミ入れちゃったし、村長の許可も取れたからそのまま使うみたいよ?』
「……その話はあんま聞かない方が良かった気がするなー」
あまり聞きたくない狩猟民族の裏事情を知った林檎はゲンナリとした。
『そういえば、もうすぐ剣盾杯でしょ? 優菜はどうするの』
「私、あんまバトルは詳しくないんだよねー。練習でランクマッチやってたけどわかんなくてパニクってたら〝ラジコンが慌てるな〟って言われちゃったよ」
『うわぁ……ラジコンて。いや、まあ、的確っちゃ的確なんだけど』
林檎はインターネット対戦に関しては触ったことがなかったため、小人のコメントでアドバイスをもらいながら対戦を行っていたのだが、ほとんど指示通りに動いていたこともあってラジコンと揶揄されていたのであった。
『レオ君や魔王様に教えてもらえば?』
「何で魔王様が出てくるかなー……」
サタンとのコラボ以降、林檎とサタンのコラボを望む声が一気に増えた。
林檎としてもコラボの幅が広がるのは嫌いではなかったため、サタンとのコラボがあれば別に受けるつもりではいた。
ただ林檎はサタンとのコラボにどこか気まずさを感じていた。これは完全に林檎の一方的な感情であって、サタンの方は特に気にしてはいない。
林檎としても、池袋で会ったときから見覚えがあるとは思っていたが、まさかサタンが自分の知っている人物だとは思いもよらなかったのだ。
何でVtuberやってるんだよ! と何度ツッコミたくなったかわからない。
林檎にとって、サタンもまた苦手な人物の一人になってしまっていたのであった。
「ま、嫌いじゃないんだけどねー……」
人懐っこくて負けず嫌い。
そんなサタンの人間性は林檎も気に入ってはいた。
「普通にレオに教えてもらうよー。バラギの邪魔にならない範囲でねー」
『そう? ま、応援してるわ』
そっけない感じを装っているが、このアイドル。配信当日が楽しみで仕方なかったりする。
そこで、カリューは林檎にある提案をすることにした。
『そうだ。今日たまたま色違い捕まえたんだけどいる?』
「アマゾンでスイッチすな」
『六時間も移動してて暇だったのよ』
カリューは海外のロケの際は長距離移動が多い。そんな暇な時間にゲームは持ってこいの代物だった。
『私はあんまりガッツリやらないし、優菜が配信で使ってくれる方がこの子も喜ぶでしょ?』
「そういうことなら喜んでもらうよー」
さっそくゲームをインターネットに接続すると、二人は通信交換を選択する。
カリューが林檎に渡そうとしていたのは、〝なみのり〟の代名詞とも言えるモンスターだった。
色違いは普段の水色と違って紫色という少しばかり毒々しい色をしていた。
そして、カリューとの通信交換で送られてきたモンスターが届いたことで、メッセージが表示された。
【カンナから しょくあたりが 送られてきた! しょくあたりを かわいがって あげてね!】
「ぶふっ……! あんた何て名前つけてんのさ!」
『小岩井Dが今日変な果物食べて食あたりになったからちょうどいいと思ってね』
「最近、親友の感性がぶっ壊れててあたしゃ心配だよー……」
すっかりネタに全振りな姿勢が体の芯まで染みついているカリューの感性を、林檎は本気で心配していた。
父親とレオとはまた別の形で芸能界の闇を垣間見た林檎なのであった。
『それじゃ、そろそろ明日のロケもあるから切るわね』
「うん、無理はしないでねー」
『別に足で大蛇を釣るだけだから大丈夫よ』
「今何て?」
さらっと言われた撮影内容に林檎は反射的に聞き返していた。
『心配しなくても素足じゃないから大丈夫よ』
「違う、そうじゃない」
『それじゃ、おやすみー』
「おやすみ――じゃなくて、環奈? 環奈! マジで大丈夫なの!? 環奈!」
暗転する画面に向かって林檎は焦って呼びかけるが、通話は既に切れていた。
しばらく呆けていた林檎だったが、カリューならば大丈夫だろうと考えることを放棄した。
「ん、今度は潤佳からか……」
カリューと通話を切ってからしばらくすると、今度はまひるから通話がかかってきた。
「もしもし、潤佳―?」
『もう! まひるって呼んでよ林檎ちゃん』
「ごめんごめん、昔の癖でついねー」
かつて高校時代に林檎とまひるは先輩後輩の関係だった。今ではすっかりそれも逆転してしまっているが。
「で、急にかけてきてどうしたの〝まっちゃ〟ちゃん?」
『ねぇ、わざとやってるでしょ!』
「にひひっ、ごめんって」
今度は実況者時代の名前を出したことで、まひるが怒る。そんな懐かしいやり取りをして林檎は楽しそうに笑った。
「で、用件は司君のこと?」
『……相変わらず察しがいいね』
「ま、あんたとは長い付き合いだからねー」
まひるがどんな用件で通話をかけてきたか林檎には察しがついていた。
「言っとくけど、仲を取り持つのはなしだかんねー。こんな大事にした以上、きっちり優勝してきなー」
『うぅ……やっぱりそうだよね』
何となく林檎の返答がわかっていたまひるは画面の向こうで肩を落とした。
「てか、私は〝白雪林檎〟としてしか面識はないんだからねー? 手越優菜としてはほとんど初対面だし、仲を取り持つもクソもないってのー」
『学校で会わなかったっけ?』
「三年のときの私は実況者活動忙しくて学校さぼりがちだったじゃん。むしろ、あんたはよく学業と両立してたと思うわー」
『あはは……だから私はあんまり伸びなかったんだけどねぇ』
まひるは実況者まっちゃとして活動していた時期は、そこまで有名な実況者ではなかった。
二期生の募集をし出した頃のにじライブも、そこまで有名な実況者を引っ張ってくる余裕はなかったということもあり、そこそこの知名度でライバーとして輝けるポテンシャルを持った人物を探していたのだ。
そこで選ばれたのが高い編集技術を持ち、実況も面白いのにいまいち伸びないまひるだったのだ。
彼女が伸び悩んでいた理由は単純で、視聴者ウケのいいゲームを実況していなかったことや、インパクトに欠けることが原因だった。
「今のあんたは六十七万人の登録者数を持つライバーなんだからもっと胸を張りなよー」
『うん、そうだね! ありがとう林檎ちゃん』
「それじゃ、とっととランクマ耐久配信に戻りなよー……お姉ちゃん」
『っ! うん! じゃあね! まひる、頑張るよ! おやすみ!』
「はいはーい、おやすみー」
林檎の激励を受けたまひるは、普段の明るさを取り戻して通話を切った。
「まったく……こういう苦労人ポジションはお呼びじゃないってのにさー」
林檎は愚痴を零しながらもゲームの電源をつけて、インターネット対戦の練習に明け暮れるのであった。
親名がカンナのラプラスというネタを思いついてしまったため、書きました。
ちなみに、しょくあたりは作者のラプラスの名前です。
というか、今回の話書いてて改めて林檎の人脈やばいなって……