「白組姉妹の
「あんたね……!」
「いいの、林檎ちゃん」
林檎の追及を無表情でかわすサタンに林檎はさらに怒気を露わにするが、それをまひるが止める。
「……魔王様、コラボ楽しみにしてるよ」
「ええ、こちらこそ」
白々しいやり取りを終えると、サタンは今度こそスタジオを後にした。
拳を握り立ち尽くす林檎をまひるは寂し気な笑みを浮かべて宥める。
そんな二人のやり取りを、レオや夢美を始めとする周囲の人間は黙って見守っていた。
「まひるちゃん……」
夢美は無理して笑うまひるを見て彼女の元へと駆け出そうとする。
詳しい事情は知らないが、推しが悲しんでいるときに黙っていられるほど夢美はおとなしくはなかった。
しかし、駆け出そうとする夢美をレオが止めた。
「ここは白雪に任せよう」
「……うん、そうだね」
林檎から、まひるとは高校からの付き合いだと聞いていたレオと夢美は、この場は林檎に任せてスタジオを去ることにした。
ちなみに、かぐやは多忙な身なのでとっくにスタジオからいなくなっていた。
結局、レオと夢美はいったんまひるのことは忘れることにした。
心配ではあるが、林檎が付いている以上、問題はないだろう。
レオと夢美は林檎のことを心から信頼していたのだ。
「いらっしゃいませ! って、司馬じゃん」
「よっ、久しぶり……ってほどでもないか」
「前は、ほぼ毎日顔合わせてたんだから久しぶりだろ」
レオは夢美を連れて以前勤めていた居酒屋にやってきた。
同僚である園山は、レオとの半月ぶりの再会に心なしか楽し気な様子である。
「それで、そっちの子は……司馬の彼女さん?」
「い、いえ! 違います! ただの幼馴染です!」
それなりに着飾った男女という組み合わせで来店したため、ごく普通の園山の勘違いに夢美はいつもの癖で〝幼馴染み〟と言ってしまう。
「なん……だと……」
そんな夢美の言葉を聞いた園山はガックリと肩を落とした。
「彼女より羨ましい……」
「お前の価値観どうなってんだ」
園山の言葉に呆れつつも、レオは申し訳なさそうに告げる。
「悪い、予約しないで来ちゃったんだけど空いてるか?」
「お前、この時間帯に空いてるのわかってて来ただろ。せっかくだし、座敷使ってけ」
レオは予約をすると、店側が気を遣う可能性があったため、何も言わずに来店したのだ。店の空き具合は長年働いていたため、大体把握している。
「それと、厨房にチラッと顔出しとけ。みんなお前に会いたがってるんだ」
「あはは……後で挨拶にいくよ」
それからレオと夢美は、園山に奥の方にある座敷の方へと案内される。
その途中、見知った顔を見付けてレオは足を止めた。
「あれ、な――宇多田さん?」
「ひゃい!?」
声をかけられた女性――七色和音はレオの声を聞いてビクッと体を跳ねさせた。
徳利を持ったまま固まっている和音は、錆びたネジのように首を動かしてレオ達の方を振り返った。
「し、司馬さん? それに由美子さんも……どうしてここに?」
「えっと、まあ……祝賀会というか……」
「祝賀会って言っていいのかは謎だけどね」
「ああ! なるほど……今日でしたものね」
視線をあちこちに泳がせている和音は合点が言ったように頷いた。
「そういう、宇多田さんはどうしてこの店に?」
「そ、それは……まあ、いろいろです」
和音は困ったように園山の方に視線を向けると、曖昧な笑みを浮かべた。
「ほう……」
二人の間に何があったかは知らないが、レオはその動作だけで何となく事情を察した。
「園山、頑張れよ」
「ん? 何がだ?」
「ま、いろいろだな」
レオは笑顔を浮かべて園山の背中をバシバシ叩く。当の園山は呆けた表情を浮かべていた。
座敷に案内されたレオと夢美は早速生ビールを頼んだ。
園山からジョッキが届くと、レオと夢美は笑顔を浮かべてジョッキを掲げた。
「それじゃあ、拓哉。準優勝おめでとう! 乾杯!」
「サンキューな! 乾杯!」
軽くジョッキを当てると、レオと夢美は一杯目のビールを勢いよく呷った。
「ぷはぁ! やっぱ仕事終わりはこれよね!」
「おっさんみたいだな」
「うるせっ」
軽口を叩き合うと、夢美は前から気になっていたことをレオに聞くことにした。
「てかさー、拓哉って彼女いないの?」
「いたら由美子と半同棲状態になんかなってないってだろ」
「それもそっか。でも、意外だなー。そんな見てくれも性格もいいなら彼女の一人や二人くらいいてもおかしくないのに」
「性格は
「あ、そうだったわ」
レオがアイドル時代に傲慢な性格だったことを思い出した夢美は納得した表情を浮かべた。
そもそもアイドル時代のレオにとって、自分に近づいている女性は警戒するべき存在だった。
どんな罠があるかわかったものではない芸能界で過ごしていたレオにとって、他事務所のアイドルや女優などは、ビジネスライクな付き合い以上の関係にはなろうと思えなかったのだ。
彼女の話題は広がらなさそうだと判断した夢美は、続いて話をもっと昔へシフトさせた。
「じゃ、初恋の話とか聞かせてよ」
「さっきからやけに恋愛方面の話聞いてくるな。急にどうした?」
「んー、拓哉のこともっと知りたいなーって思ってさ。何だかんだであたし達ってお互いのことあまり知らないでしょ?」
「言われてみればそうだな」
レオと夢美はライバーになってからの四か月間、ほとんど毎日顔を合わせて過ごしていた。
トラブルも多く、お互いの兄弟とも面識が出来たわけだが、肝心の当人同士のことはあまり把握していなかったのだ。とはいえ、普通の男女よりもお互いの理解度は遥かに高いわけだが。
「でも、初恋の話はちょっと……」
「えー、教えてよー! あ、同小だったし、知ってる人だと気まずいとかでしょ! 大丈夫大丈夫! あたしは生粋のボッチだったから、小学校のときの奴らなんて顔も名前もほとんど覚えてないからさ」
「……それは大丈夫って言っていいのか?」
レオは闇が深い夢美の小学校時代に心の中で涙していた。
夢美にそこまで言われてしまっては、こちらも話さなければ。
レオは気恥ずかしさを覚えながらも、自分の思い出を語った。
「別に大した話じゃない。俺がアイドルになったきっかけになった女子がいたんだよ。まあ、それが俺の初恋ってやつだ」
「いや、大した話じゃん」
それは人気アイドル司馬拓哉の生みの親とも言える存在だ。
まさかの初だしエピソードに夢美は心を躍らせた。
「えっ、どんな子どんな子?」
「何でそんなに楽しそうなんだよ……小学五年生のときだったかな。生き物係でたまたま一緒になった別のクラスの子がいたんだ。夏でも長袖を着てる子だったから今でも覚えてるよ」
「お?」
夏でも長袖を着てる、というワードに夢美が固まる。
「名前は〝森〟っていうんだけど――」
「ヴェッ!?」
「何だよ」
夢美が突然奇声をあげたことで話が途切れ、レオは怪訝な表情を浮かべる。
「い、いや、何でもない何でもない! 続けて!」
「お、おう……」
明らかに動揺している夢美だったが、本人が何でもないと言っているので、レオは話を続けることにした。
「その子、クラスで孤立してるみたいだったから、出来るだけ優しくしてあげようと思って話しかけたんだけど、めっちゃ無視されてさ。女の子にそんな反応されたの初めてだったもんだから、こっちも悔しくなっちゃってな。しばらくは付き纏ってたよ」
「あ、あぁぁぁ……」
レオが話を進めるたびに頭を抱える夢美。何か違和感を感じながらもレオはさらに話を進める。
「しばらくそんなことを続けてたら〝あたしに付き纏うな!〟って言われちゃってさ。さすがに堪えたよ。同級生の女子に嫌われたことなんてなかったからさ」
「だろうね……」
「でもさ、ウサギの世話をしてるときのその子は笑顔で凄く楽しそうでさ。その頃の俺はウサギに負けたのか、って勝手にショック受けててな。今思えば、あの頃から無駄にプライド高かったよなー」
レオは過去の自分の振舞いを思い出しながらも苦笑する。
「気が付けば俺はいつもその子のことを考えてた。どうやったら笑ってもらえるのかって」
感傷に浸りながらも自分の原点である〝森〟の表情を思い出す。
夢美はいまいち話の繋がりを感じなかったため、単刀直入に本題について聞くことにした。
「……何でそれでアイドルに?」
「う、それはその……テレビに出るくらいの人気アイドルになれば、さすがに振り向いてくれるかと思って……」
「ホア?」
人気アイドルがうまれたきっかけとは思えない理由に、夢美は困惑した表情を浮かべる。
「そんな理由でアイドルになったの?」
「う、うるさいな。あの頃はガキで単純だったんだよ……ああもう! だから言いたくなかったんだよ!」
レオは顔を赤くして恥ずかしさをごまかすようにジョッキに残ったビールを飲み干した。
「マジか、マジかー……」
それに対して、夢美はいろいろと思い出したように頭を抱えていた。
「俺にばっか話させてないで、夢美も初恋エピソード話せよ」
「はっ、あたしにそんな甘酸っぱい思い出があるとでも? いや、あったはずなんだろうな……」
「何かごめん……」
「ガチトーンで謝んな!」
それからレオと夢美は、いつものように他愛もない話をしながら酒を飲み明かすのであった。
レオも夢美もまひるのことは心配していますが、林檎がいれば大丈夫と思っているのでこうなりました。
スピンオフを書くにはまだ早いが……いつかは……!
そして、とっても素敵なFAをご紹介!
【挿絵表示】
これいくらで買えますか! え、売ってない?そうですか……。